ツーリング日和18(第24話)あのクソ親ども

 毎日のように健一の病室に通ってるのだけどアリスの懸念がやって来ないんだ。来たら来たで厄介なんだけど、あれだって親だろうが。実の息子がこれだけの大怪我で入院していると言うのに不自然じゃない。

 そりゃ、神戸から東京は遠いけど、新幹線だってあるし、飛行機だってある。少なくとも大三島から夜の八時に東京を目指すより簡単だ。健一の病状は命に関わるようなものじゃないから、泊まり込みで看病する必要はないにしろ、一度ぐらいは様子を見に来るものだろうが。

 アリスだってもし来やがったら、どんな対応をしてやろうかあれこれ考えてたし、とにかくいつ来るかわからないからピリピリもしてた。どう考えたって嫌味の応酬の修羅場になるのは間違いないもんね。そんな日々を送っていたら、

「うちの親なら来ないよ」

 どういうこと。重傷で入院している息子のお見舞いだよ、

「命に別状はないって言ったら、それで終わりだった」

 それでも親かよ。そう言われたってお見舞いに来るのが親だろうが。

「今ごろはハワイのはずだよ」

 どうも健一のクソ親どもはハワイ旅行を計画していたようなんだ。それ自体は問題ないのだけど、健一が負傷させられたのが出発の前日だったんだ。もうちょっと言うと健一は救急車で病院に担ぎ込まれたのだけど、入院となると家族との連絡が必要になるんだって。

 これは入院費用の保証とかの意味もあるそうだけど、急変時に家族に連絡が取れないと困るからも大きいそう。他にも手術の同意書とかが必要な時も家族の同席が求められるとか。この辺はイメージとしてアリスにもわかる。

 だって、家族の同意が不十分だとかで裁判になっているマスコミ記事ぐらい読んだことあるもの。だから緊急入院であっても病院がなんとか家族に連絡を取ろうとしたんだろうな。この辺は家族の大怪我だから知らせてやらない方がむしろ不自然だろ。

 健一の傷の手当は時間もかかったから、連絡を取ったのは病院の人だったみたいだけど、健一の言う通り、命の別状がないと聞いた瞬間に。

『よろしくお願いします』

 これで電話を切られたのは本当だ。これはその日に電話をした看護師に直接聞いた。こういうことは医療情報にあたるだろうから、ホントは他人に話してはいけないのだろうけど、アリスは健一の婚約者となってるから口が滑ったんだと思う。いや、あれは口が滑ったというより憤慨してたものな。

 その看護師は相手が神戸に住んでるのを知って電話してるから、病院に東京駅なりからどうやって来るかの情報もバッチリ用意してたそう。東京ってとにかく広いものね。知らずに来たら迷子になっても不思議無いよ。

 だけどだよ、病院側から病院名こそ名乗ったけど、住所どころか電話番号も聞かずにガチャ切り状態だったんだって。そんな対応をされたら頭に来ると思うよ。もちろん健一のスマホにも連絡など無しだ。

 それにしてもだよ、ハワイ旅行に行ってしまったにしても、もう一週間だ。とっくに帰って来てるはずだから連絡の一つぐらいするものだろうが。

「まだ帰ってないよ。旅行は二週間の予定だ」

 なんてリッチな旅行だ。よくそんなおカネがあったもんだ。そうしたら健一は寂しそうな顔をしながら、ポツリポツリと話してくれたのだけど、

「アリスもある程度聞いてるけど、ボクの家は複雑でね・・・」

 複雑と言うより毒親家庭だろうが。出来の良さそうに見える弟を偏愛して、出来の悪そうな健一を冷遇しまくったクソ親だ。

「毎日のようにオタクは人生の敗北者だとか、無駄飯食いとかね」

 でも兄弟の人生は変転してしまう。弟は高校までは優等生の地位をなんとか保っていたものの大学受験で挫折を味わい、社会人になっても鳴かず飛ばずでニート化してしまう。一方の健一はイラストで挫折を味わったけど神戸アート工房で見事な成功をしている。

 そうなると弟の成功に将来の安泰を夢見て来たクソ親どもの人生設計に狂いが出る。つうかさ、子どもに将来を託そうとする親もどうかと思うけど、それはとりあえず置いといて成功した健一に目を向けたんだ。

 ここだって健一はそんなクソ親と縁を切ってしまう選択はあったはずなんだ。縁を切ると言っても法的になんとか出来るものじゃないけど、たとえ頼られても冷たく突き放すってやつだ。

「情けなかったと思ってる」

 健一はあれだけ冷遇されながらも親からの愛に飢えてたんだよな。この辺になると、よそ様の家庭事情とか、健一の性格とかあるけど、

「歳の差が三つあるだろ」

 そこか。クソ親は弟を偏愛したけど、それは弟が生まれてから、それもある程度成長してからになる。その間は健一も親の愛を受けていたはずだものね。

「笑って良いよ。いつの日にかってずっと思ってたんだ」

 ある種の承認欲求ぐらいかな。だからか。

「ついにと思ってしまったんだよ」

 長年、弟にのみ向けられていた親の目が自分に向けられて喜んでしまったのか。この辺の心理はアリスにはわかんないよ。だからあのクソ親どもへの挨拶の日も、

「あれは本当に悪かった。いくら謝っても許してくれないよな」

 健一はアリスをクソ親に認めて欲しかったんだろう。でもクソ親はどう見ても、どう聞いてもアリスを気に入る様子はなかった。それどころか論外の却下で良いだろう。それでも健一はなんとか認めてもらおうと頑張ってたのか。

「アリスの耳には届かなかったみたいだな。ああなれば、そうなるって誰よりわかっていたはずなのに」

 でもそれって、最後の最後に無理があるんじゃ。

「アリスの言う通りだ。あの時のボクはアリスにもボクの親にも良い顔をしようとした愚か者だ」

 それぐらいクソ親どもの態度はあからさまだったってこと。そうじゃなきゃ、親父の事をあそこまでボロクソに貶すもんか。えっ、あの時のクソ親どもの態度は他にも理由があったのか。

「あれはアリスだけが認められないのじゃなく、誰を連れて行っても同じ結果だと思う」

 なんてこった。クソ親どもは健一の結婚相手まで決めていたってか。その女と見合いさせ、結婚させるつもりだから他の女は単なる邪魔者で排除の対象としか思ってなかったのか。ちなみにその女って、

「有名な資産家の娘さ」

 その家なら名前だけは聞いた事がある。よくまあ、そんなところのお嬢様との縁談なんて作れたものだ。

「人を知りもせずに貶すのは良くないが、縁談が出来た理由だけはわかる」

 健一よりも十二歳も上で、大学こそ卒業しているものずっと実家でニート暮らしって。

「体重はボクより重いそうだ」

 なんだって! まともに歩けるのかよ。これって、嫁ぎ遅れて始末に困った娘の在庫処分のような縁談じゃない。

「在庫処分か。そこまでは言いたくないけど、かなりの持参金が約束されてるよ」

 そういうことか。健一は新興とは言え業界有名企業の専務だ。それも会社の将来が有望ぐらいは調べればすぐわかる。ああいう家は在庫処分であってもバランスは重視するから、最低限の釣り合いは取れるぐらいに健一を評価したんだろう。

 でもさすがに女の方が一回りも年上となると引け目を感じるはず。それを補うのが持参金って計算か。なんか釣り合いが取れてるような取れてないような話だけど、どう考えたって無理がテンコモリだ。

 そうだよ、本人の意思がどこにもないじゃないか。一回り年上だろうが、健一より体重が重たかろうが二人が愛し合っていれば結婚したってかまわない。そういう組み合わせだってあるのが男と女だ。

 でもこの話って、持参金目当てに健一を売ってるのと同じだ。こんな縁談が成立するはずなんてあり得るか。

「うちの親はその気だよ。その気どころか決まったものとしてる。だから沖縄旅行さ」

 なんだって、なんだって、なんだって。近いうちに手に入るはずの持参金をアテにして豪遊をしてるって言うのかよ。それが親のすることか。

「実は伸二とも話をしたんだ」

 伸二って高慢な弟じゃない。しかも挫折してニート化して廃人同様になってるんじゃ、

「伸二も変わったよ。余程辛い経験だったようだが、伸二はそれを受け止めて成長した」

 廃人じゃないのか。

「伸二も信じなりの辛さがあったで良いと思う」

 伸二は高校時代に優等生のプライドが保てなくなってしまっている。簡単に言えば成績は低迷してるんだよね。それでも親からは伸二なら東大や京大ぐらいは当たり前だと決めつけられ、他の大学の受験さえ許してもらえなかったのか。

「それだけじゃない。やりたい事だって殆どが禁じられているようなものだ」

 伸二は健一が羨ましかったのか。健一は親から殆ど期待されていなかったから、自分で選んだイラストレーターの夢を目指して専門学校に進んでいる。残念ながらその夢は叶わなかったけど、今では立派な専務さんだ。

 これ較べると伸二は完全な籠の鳥状態で、進めるのも親が敷いたレールから一歩どころか、半歩も外す事を許されない生活を送っていたことになる。高校時代までは親の尻馬に乗って健一をバカにしていたけど、

「泣いて謝ってたよ。なんにもわかってなかったってね」

 もしかしたら、伸二にも結婚話が押し付けられようとしていたとか。

「あったよ。伸二が最終的に引きこもりニートになったキッカケだ」

 意に染まない縁談から逃げるために引きこもったのか。それにしてなんちゅうクソ親だ。親が子ども将来を思いレールを敷こうとするところまでは認めるよ。それぐらいどこの親だって多かれ少なかれするものだ。

 でもね、レールから絶対外れないように徹底監視はやりすぎだ。親ってね、子どもが期待していたレールから外れたって見守るものだと思ってる。見守って。それでも困り果てたら助けてやるのが親だろうが。

 ここももっとシンプルに言えば、親が願うのは子の幸せであり、子がどんな道に進もうとも最後の助けになる存在じゃないのか。これじゃ、わかりにくいか。親ってね、子のために存在するとアリスは思ってるよ。

 その辺の関係は百組あれば百組の親子関係があるとは思うけど、親のために子がある関係は絶対に異常だ。親だって歳を取るし、取れば弱って来る。これは人だから逃れられない宿命だ。

 その時に子が親を助けるのはもちろんアリだけど、それを当たり前だと思ったらいけないと思ってる。それは期待であって義務じゃない。親はね、子にそういう迷惑をなるべくかけないようにする義務があるとさえ思ってる。

 アリスだって親父が本当に困ってたら助けるぐらいはするつもりはあるよ。でもね、最初っからアリスが助けるのを当然とされても困るって話だ。そこら辺は親子の阿吽の呼吸もあるだろうけど、

「アリスも手厳しいな」

 アリスの考えが正しいかどうかはわからないけど、それこそ生まれた時から子に頼って暮らそうと考えている親なんか認めるものか。子はね、親の所有物でも、ましてや道具なんかじゃない。健一のクソ親どもは子をなんだと思ってやがる。

 あれは異常な子育てだ。自分の都合の良い型にガチガチにはめ込もうとしたなれの果てじゃないか。たぶん、最初は健一にもやろうとしたはず。だけど子どもの頃の健一は嵌めようにも嵌められないハズレだと判断されたはずなんだ。

 だから弟の伸二に熱中したはず。その時点で健一は欠陥品として扱われ続けたはずだ。でも伸二にも限界が来てしまった。その結果が引きこもりのニートだ。だから知らないうちに成功していた健一に目を付けた。

 目を付けたと言っても完全に道具扱いだ。健一と言う道具を使った金儲けの道具だよ。持参金だってね、親へのものじゃないんだよ。あれは結婚のはなむけであり、嫁ぐ娘の結婚のスタートが少しでもスムーズに行って欲しい親心なんだ。

「アリス、今さら言っても遅いかもしれないけど、やっと目が覚めた」

 ここまでされたらね。で、どうしたいの。

「もう縁は切らせてもらう。可能な限りの縁は切る」

 口で言うのは簡単だけど、そう簡単に切れるものじゃないよ。ああいうクソ親は執念深く粘着するに決まってるもの。だって健一は道具でもあるけど、道具機能の中で最大限に期待されているのがATMだ。

 終身保障のATMをちょっとやそっとの事で手放すものか。カネヅルそのものだから、死ぬまで食らいつこうとするよ。健一だってわかってるはず。

「ボクにも考えがある」