ツーリング日和18(第20話)急行

 たくこの連中はモタモタ話をしやがって、肝心な話を後回しにしてどうするんだよ。よくそんなんでエレギオンHDの社長や副社長が勤まるものだ。その程度の会社なのかよ。ここはちょっと冷静に考えよう。

 大三島から東京に今から向かうならなにが一番早いかだ。う~んと、う~んと早いと言えば新幹線だ。たしか尾道には新幹線の駅があったはず。時刻が二十時を回ってるのがネックだけど終電までにはまだ時間はある。

「今からだったら二十一時三十二分に乗れるかな」
「ちゃうちゃう、そんなもんに乗ったかて新大阪で朝まで待つだけや。東京行きの最終は十九時四十八分や」

 もう終わってるじゃないの。あのねナビだって新大阪に夜中に着いて、そこから朝まで駅で待つプランを提示してどうする気なのよ。だいたいだよ、駅だって終電が終われば閉まるじゃないの。そうなったら新大阪の駅前で野宿になるよ。

 それはともかく新幹線では無理か。新幹線が無理ならエエっと、エエっと、そうだ、そうだ。四国から東京まで行ける寝台列車があったはず。あれに乗れば寝ているうちに東京に到着するはずだ。

「あれは高松発二十一時二十六分や。今からどないして高松まで行くつもりや」
「それにあれって東京着は明朝の七時八分よ」

 むぐぐぐ。どいつもこいつも役立たずが。鉄路はダメなのはわかった。鉄路が駄目でも海路がある。フェリーで東京にGOだ。

「東京まで行くフェリーは新門司行くか、徳島に行かんとあらへんわい」
「フェリーも東京に着くのは明朝だよ」

 そうなのか。だったら。だったら、一番早いのを忘れてた。空を使えば良いじゃない。そう空路が一番早いはず。東京なんてあっと言う間に着くじゃないか。空路となると空港だけどここから一番近い空港はどこなんだ。

「広島空港も松山空港も直線距離なら良い勝負かもしれないけど」
「広島空港なら二十一時三十五分が最終で、松山空港なら十九時四十分が最終や」

 松山空港は終わってるのか。そうなると消去法で広島空港になるけど。今から行くとなるとダックスでいくら頑張っても、

「もう飲んでるやろうが」

 そうだった。ダックスがダメならクルマだ。レンタカーも飲んでるからダメなのは同じだからタクシーしかない。つうかレンタカーを借りるにもクルマの免許は持ってなかった。タクシーなら高速を使えるから、

「タクシーで飛ばしても一時間は余裕でかかるわ」

 じゃあすぐに出てもギリギリじゃない。いや、搭乗手続きもあるからぎりぎりアウトになるかもしれない。だってもう一時間半もないもの。チケットは空港で頑張るしかないかもしれないけど、今からならそれしかない。とにかくタクシーを呼んで・・・

「待たんかい。コトリらかってアリスがそうなってまうのは予想しとるわ」
「まさかのんべんだらりんと飲んで食ってしてただけと思ってるのじゃないでしょうね」

 それ以外にどう見るって言うのよ。あれだけ馬の様に食べて、牛の様に飲みまくってたじゃない。アリス相手に暇潰ししてた以外にどうやって見れば良いのよ。他に見え方があるのなら、そう見れる人を連れて来なさいよ。

「失礼なやっちゃな。タクシーは呼んである」

 広島空港に急行だ。

「広島空港には行かん。行くのは松山空港や」

 最終便が出てしまった松山空港に行ってどうしようって言うのよ。朝まで空港で待てとでも言うの。そりゃ広島空港に行ったって間に合うかどうかわかんないし、間に合わなければ朝まで待つしかなくなるけど松山空港に行くよりマシでしょ。

「タクシーも松山空港まで行かへん。行くのは今治北高校の大三島分校や」

 そんなところに何をしに行くのよ。あっ、わかったぞ、そこにエレギオンHDの秘密の転送装置があって東京まで一瞬で移動出来るんだ。あの会社ならそれぐらいやりかねない。それが高校にあるのが妙だけど、とにかく近いのはラッキーだ。

「苦労したんだから」

 苦労? やっぱり転送装置の設置しかないだろうが。でもあれってそんなに簡単に設置なんて出来るのかな。

「スタートレックの見過ぎ。あのグランドを借りる交渉が大変だったのよ。だからここまでかかっちゃったかな」
「高校に行って来い。ヘリを回しといたわ。それで松山空港に行ったら、うちのプライベートジェットを待たせとる。羽田まで一飛びや。ダックスはなんとかしとく」

 アリスは高校にタクシーで急行したらそこに言葉通りヘリが待っていた。松山空港に着くとそのまま案内されて小型ジェットに乗り込んだ。羽田までの間に聞いたのだけど、大三島どころかしまなみ海道にもヘリポートはないそう。

 だからヘリが停められる高校を借りる交渉をあの時間にしたのか。そんなものあの時刻から良く出来たものだ。ヘリだって無理やりみたいに借りたみたいだし、プライベートジェットだって神戸から急遽飛んで来たみたい。

 そういう準備が整う間にアリスを不安がらせないように、何食わぬ顔で夕食を食べて、飲んでたって言うの。よくそんな事が出来たものだ。やはりタダ者ではない。さすがはエレギオンの女神として畏れられるはずだ。

「羽田に着くまでにお着替えをどうぞ」

 あちゃ、頭に血が昇り過ぎて浴衣で来てた。冷静に考えてたつもりだったけど、恥しいったらありゃしない。ここまでこんな格好で来たのも恥ずかし過ぎるけど、こんな格好で東京なんて歩けないからありがたく着替えさせて頂いた。

「靴もこちらのものをどうぞ」

 旅館の下駄だった。よくこんな格好で歩いてたよ。それにしても浴衣と下駄をどうしよう。返さなきゃ良くないよね。

「こちらでお預かりさせて頂き、責任を持って旅館にお返しさせて頂きます」

 羽田からの手配も完ぺきだった。まるでリレーの様にアリスは運ばれて病院に到着。大三島で焦りまくったけど、よくこんな時間で東京まで来れたものだ。これは奇跡に近いんじゃないかな。

 これも聞いて驚くしかなかったのだけど、健一が負傷して入院になったのを知ったのは十八時もだいぶ回っていたで良さそう。これだって良くそんな情報を手に入れられたものだ。そこからたった二時間足らずでここまでの手配を済ませてしまってるんだよ。

 でも奇跡じゃないのはアリスが一番よく知っている、これだけの手配をあの時刻から、あの時間で整えてしまったのはエレギオンの女神の力だ。こんなものエレギオンの女神以外に誰が出来るものか。

 病院に着いたは良いけど、どうやって健一に会おう。それ以前に健一の病室を教えてくれるかも問題だ。もう時刻は面会時間なんてとっくに終わっていて消灯時間になってるもの。こんな時間に面会するだけでも大変だ、

 もちろんこんな時間でも事情によっては面会は出来る。それは患者が重症だとか、それこそ命が危ないとかだ。それでも誰でも面会できる訳じゃないはず。ここも家族とか親族ならOKだろう。家族とか親族と同行している友人知人も面会できると思う。

 でもアリスは家族でも親族でもないし、言うまでも無く一人で来ている、なんて言えば病室を教えてくれて健一と面会できるのだろう。いや、それ以前に面会なんて出来る状態なんだろうか。おそるおそる面会希望の旨を伝えたら、

「徳永様の婚約者の四葉様ですね」

 ここも話が通っていたのに驚かされた。女神の手配ってここまでするものなのか。怖いぐらいだ。でもさぁ。婚約者で良いのかな。プロポーズを了解したら婚約者で良いとは思うけど、健一の両親には認められてないのよね。エエイ、細かいことは置いておこう。ウソも方便だ。教えられた病室に行った。

 ここも懸念材料がある。健一が入院となると駆けつけて来る人物がいる。言うまでも無い健一のクソ親どもだ。病室で鉢合わせするのはさすがに気まずいよ。ここもエエイだ。こんなに苦労して駆けつけたんだ、これで会わなきゃ意味がない。

 根性を決めて病室の扉を開けたらベッドに眠ってる健一が見えた。生きてる、間違いなく生きてる。もうたまんないよ、見栄もヘッタクレもあるものか。

「健一・・・」