ツーリング日和(第29話)あの二人の正体

 それにしても二人の表情がチビり上がりそうなぐらい怖くて迫力がある。コトリさんは微笑みを残しながらも冷淡に、ユッキーさんに至っては声も出せないぐらい怖い顔だ。ふと見ると越後屋社長の顔が真っ青を通り越して土気色だ。

「誰がこの場に相応しくないかぐらいわかるやろ。それもわからんぐらいの脳みそしかあらへんのか」

 コトリさんがそう言うと、越後屋社長はすっころぶように店から逃げて行っちゃった。コトリさんは店内に向かってよく通る声で、

「お騒がせしてすみまへん。お詫びに皆様にシャンパンを御馳走させて頂きまっさ」

 そしたらディレクトールが慌てたように、

「そんなことをさせるわけにも、して頂く理由もございません。お詫びのシャンパンは当店からさせて頂きます」

 コトリさんたちは、

「ゴメンな。サプライズの予定やったんや。今日は普通の夜とちゃうやろ。そんな夜の二人を肴にメシ食うのを楽しみにしとってんよ。そやのにあの野郎、ぶち壊しにしやがって。タダではおかんで」
「ここまで恥をかかされたお礼はきっちりしとくから、それで許してね」

 それだけ言って自分のテーブルに戻っちゃった。それにしてもコトリさんと、ユッキーさんって何者なんだ。猛り狂っていた越後屋社長が二人の姿を見ただけで震え上がったじゃない。

 顔も態度も迫力満点だったけど、それだけであそこまで越後屋社長が震え上がるかな。まさか、ヤ~さん関係の人だとか。極妻とか、愛人とか、組長の娘だとかね。あれっ、健一の様子もおかしいぞ。震える声で、

「極妻とかヤ~さんの愛人じゃない。考えようによってはそれよりもっと怖い人だ」

 あれっ、健一は知ってるのか。どこで知り合ったの?

「お二人は麻吹先生のお友だちで、遊びに来られた時に紹介してもらった」

 オフィス加納での話だな。ここでツーリングで出会った知り合いだって言ったらビックリしてた。

「えっ、そうなのか・・・」

 絶句状態になったけど誰なんだよ。

「月夜野社長と如月副社長が来られていたとは」

 そう言えばコトリさんは月夜野って名乗ってたよな。コトリさんの苗字が月夜野って初めて知ったけど、社長で月夜野って聞いたことがあるぞ。如月副社長もだ。まさか、まさか、その会社って、

「エレギオンHDだ」

 はぁ、えっ、ウソでしょ、冗談でしょ。あのエレギオンHDの社長と副社長だって! だったら越後屋社長が真っ青になるのはわかるけど、あんなに若いじゃないの。

「あれがエレギオンの女神だよ」

 エレギオンの女神とはエレギオンHDのトップフォーに付けられたあだ名みたいなもの。あだ名と言うより敬称とした方が良いかも。エレギオンHDは世界一とも呼ばれるエレギオン・グループを率いてるけど、なぜかそこのトップフォーは常に女性なんだよね。

「それが入れ替わっても、その能力は前任者とまったく変わらないと言われてる」

 それも聞いたことがある。エレギオンHDはエレギオン・グループから選り抜きの精鋭を集めた会社らしいけど、そんなバリバリのトップエリートを顎で使ってしまうのがエレギオンの女神らしい。

 エレギオンの女神は能力だけでも女神級だけど、女としても女神級って話なんだ。腰が抜ける程の美人なだけじゃなく、ウソかホントかわからないけど、エレギオンの女神は歳と言う物をまったく取らないって言うんだもの。

「アリスも一緒にツーリングしたから見ただろう」

 そうだった。どう見たってアリスより綺麗なのは置いといても若いもの。えっ、いくつなの。

「月夜野社長で七十歳を越えておられるはずで、如月副社長でも四十歳ぐらいだったはず」

 ひぇぇぇ、まさに魔女だ。でも実在するのは自分で見たから信じるしかない。二人の経営手腕は卓越していて、月夜野社長は稀代の策士、如月副社長は氷の女帝と呼ばれて恐れられてるし、その信じられないエピソードは本が書けるぐらいらしい。

「あの御二人の機嫌を損ない、あまつさえ怒りまで買った越後屋社長に同情したくなるぐらいだ」

 それってもしかして『女神に逆らった者の末路は悲惨』ってことなの。

「ああそうだ。都市伝説みたいに扱われる事もあるけど、ボクでも知っている実業界の常識みたいなものだ」

 女神の能力の怖ろしさは、いかなるウソや誤魔化しでも即座に見破ってしまうそう。おべっかとか、ゴマスリも一切通用しないとか。そんな女神に逆らったりすれば、

「逆らうと言う意味が誤解されやすいみたいだけど、競争はあくまでもフェアだそうだ。もっともそんな単純なものじゃないそうだが、それ以上のことはボクではわからない」

 その影響力は財界はもちろんだけど政界にも強大で、首相の首でも挿げ替えられるぐらいだって言うものね。

「アメリカ大統領だって逆らえないって話だからな」

 それもこれも本当のところは誰もわからないし、女神の謎に迫るのもマスコミのタブーになってるらしい。そこまでの超が付く大物に較べたら越後屋社長なんて小物過ぎて話にならないのか。

 アリスでも良く知っている話もある。神戸で二十世紀の終わり頃に大震災があったんだ。阪神高速は倒壊するわ、線路や駅舎が崩壊するわ、ビルだって数えきれないぐらい傷んだって言うもの。それだけじゃなく、大きな火事が幾つも起こって、焼け野原を幾つも作ったっていうぐらい。

 そこまでの大被害を受けて、神戸は衰えて行った時代があったそう。だけどエレギオンHDがずっと本社を神戸に置き続けたんだ。そのお蔭で関連企業だけではなく、エレギオン・グループと取引や関係を深めたい企業が、日本だけでなく世界中から集まってきたそう。

 それをテコにして大規模な都市再開発を行い、今の日本一オシャレな街にするのに成功したのは有名だものね。言ってみれば神戸の大恩人みたいな会社だよ。

「その話は神戸市民なら誰でも知ってるはず」

 エレギオン・グループが作ったホールだとか、施設もたくさんあるもの。言い方悪いけど神戸の主要な施設でエレギオン・グループの息のかかっていないところを探すのが難しいぐらい。

「エレギオン財団は有名だものな」

 そんな二人がバーに飲み来てたり、そこでたまたま知り合ったアリスを誘ってツーリングに出かけたりするのは不思議だ。

「それも聞いたことがある。ただし完全に女神伝説みたいなもので、これこそどこまで本当の話か誰にもわからないとされてるけど」

 港都大考古学部にエレギオン学科があるのはアリスも聞いたことがある。エレギオン・グループとは関係なくて、古代エレギオン文明を研究するところらしい。

「そこに行ったやつの話を聞いたことがあるのだけど・・・」

 エレギオン学の神髄ってのがあるそうなんだけど、それが笑ったらいけないけど、

『永遠の女神を信じること』

 古代エレギオン王国では不死の永遠の女神が君臨していたそう。それだけじゃなく、その女神は現在も生きているって、ちょっと待ってよ、それって、

「そうなるらしい。ただ女神は永遠の生に倦み疲れ、定命しかもたない人との関りを出来るだけ少なくしているそうだ。だが、そんな女神でも人と関わりたくなる時があって、ごく少数の限られた者のみが仲間として認められるのだとか」

 まさかアリスも仲間に選ばれたとか。

「おそらくな。そうじゃなかったらツーリングに誘わないだろう」

 そりゃ、そうだけど、

「女神は仲間として認めたら恵みを施してくれるそうだ」

 だから旅行代金をおごってくれたのか。