ツーリング日和18(第31話)宇佐神宮ロマン

 新門司から健一が目指したのは国道十号。それに乗って目指したのが国東半島だ。アリスも知らなかったのだけど、古代から山岳宗教が栄えてたようなんだ。

「六郷満山って言ってな・・・」

 国東半島を覆いつくすような感じだったらしい。山岳宗教と言えば修験道になり山伏の世界になるけど、

「そこは詳しくないけど大峰山とか熊野三山とは少しだけ色合いが違うと思ってる」

 修験道とは山岳宗教の古神道と仏教が融合した神仏混淆の宗教だけど、大峰山とか熊野三山は比叡山や高野山の密教が深く入り込んでるそう。国東半島もそういう面はあるそうだけど奈良から平安時代は宇佐神宮の荘園だったみたいで、

「神仏混淆のミックス度合いが微妙に違うぐらいかな」

 そう言われたってよくわからないけど、最盛期の平安末期には六十五の寺院と千を超す伽藍があったと言われるから驚くしかない。その気風は今でさえ残ってるらしいけど、

「ボクはそれだけの人を惹きつけるパワーが国東半島にあったと考えてる」

 なるほど。健一らしい割り切り方だ。学問になると、どういう経緯で国東半島の宗教が形作られて行ったかの力点が置かれるけど、そっちじゃなくてこの地に秘められたパワーがすべてを形作っていると見るのか。そういう見方は好きだ。

 国東半島に向かう途中に中津市があるのだけど、ここの名物は唐揚げだそうなんだけど、さすがに朝の七時に新門司に到着して、しかもフェリーの先頭付近が二輪車置き場だから中津市まで来たってまだ八時半で食べれなかったのは惜しかった。

 中津市から宇佐市に来たけどここが宇佐神宮か。ここをどうしても訪れたいというのが健一の希望だったんだ。これは立派な神社だけど、宇佐神宮と言われても思いつくのは道鏡の陰謀を打ち破った和気清麻呂の話ぐらいだけど、

「その話は日本史の教科書に出るぐらい有名だけど、ちょっとおもしろい話があるから見に来たんだ」

 宇佐神宮も由緒がある古社で良いみたい。まずだけど神社じゃなくて神宮となってるんだ。神宮は神社の中でも天皇を祭神とした神社のはずでそれだけで格式が高いらしい。有名なのは伊勢神宮とか、熱田神宮とか、明治神宮かな。

 だから主祭神は天皇なんだけどこれは一之神殿に祀られている応神天皇になる。応神天皇は八幡大神でもあるから、宇佐神宮は全国にウジャウジャある八幡神社の総本家ともされてるそう。だから宇佐八幡とも呼ばれることも多いようだ。

 ここが本殿か。本殿の中に右から一之神殿、二之神殿、三之神殿と並んでるスタイルは珍しいかも。宇佐神宮って名前だけは知ってたけどここまで立派なのに感心したよ。ここの参拝スタイルも変わっていて、二拝四拍手一拝となってるけど、これって、

「通常は二拝二拍手一拝で宇佐神宮と同じ参拝形式で有名なのは出雲大社がある」

 そうなっているのに何か理由があるはずだけど今では良くわからないみたいだ。

「それに関連するかはわからないけど、昔から言われてる説があってね」

 本殿には一之神殿、二之神殿、三之神殿と横に三つ並んで建っているのだけど、この配置なら真ん中は二之神殿になるんだよね。その二之神殿に祀られているのが比売大神。この比売って姫の事なんだけど誰の姫かははっきりしないところがあるのか。

「特定の神の名前じゃなくて、神社の主祭神の妻とか娘、あるいは関係の深い女神ってことにはなるらしいのだけど」

 主祭神が応神天皇なら皇后は仲姫命だそうだけど、それはそれで、

「三之神殿が神功皇后だからバランスが悪い気はしないか」

 神功皇后は応神天皇の母だから祭神として祀られても良いような気はするけど、応神天皇と神功皇后は言わば古代のスーパースターみたいなもの、そんなスターに挟まれた二之神殿が応神天皇の無名みたいな皇后は釣り合いが良くないよな。それを言えば誰だかわからない比売大神ならなおさらだ。えっ、それってもしかして、

「いつから一之神殿とかの名が付けれたかは知らないけど、原初の本殿の祭神は一つで、神殿も一つじゃなかったかと考えてる人もいるんだ」

 それって左右の神殿はカムフラージュのためだとか。

「もしくは乗っ取るためとかね」

 この地で篤い信仰を集めてる比売神、ここはストレートに女神で良いと思うけど、その女神信仰を打ち消し乗っ取るために左右の神殿を建てたって考え方だね。でも女神って女だよ。その話ってもしかして、

「月夜野社長から聞いたのか」

 御名答。日本最古の歴史書である日本書紀に神功皇后の話はもちろんある。有名な三韓征伐の話もあるのだけど、神功皇后の経歴には卑弥呼の話が混ぜ込まれてるそうなんだ。コトリさんも最初は日本書紀の制作者が年代の辻褄を合わせようとしただけと考えていたみたいだけど、

「宇佐神宮の左右の神殿の祭神から、故意にそうしたのではなかって考え出したって話だろ」

 もちろんこれはコトリさんのオリジナルじゃないけど、そういう説に傾いたぐらいだ。だってだよ、それ以前の女神信仰を打ち消したいだけなら神社を潰せば済む話じゃない。だけどそれが出来ない理由があるはずだって。

 国東半島の山岳宗教の起こりは古神道だけど、その始まりは役の行者レベルじゃなく、もっともっと古いと見るわけか。古代なんて宗教と政治が殆ど一体化していたはずで、その象徴的な人物が卑弥呼だったとか。

「日本には古来から祟り神信仰があるだろ。だからあれだけの建物が後世に残された部分はあるけどね。ここでなんだけど卑弥呼の信仰は怖れたけど、安易に破壊して祟り神になられるのをもっと怖れたんじゃないかな」

 ここもザックリで言うと神功皇后にしろ応神天皇にしろ卑弥呼から見れば後世の人物になる。だから比売大神が卑弥呼ならまずこの地に卑弥呼を祀る神社が作られて、後から応神天皇やら神功皇后を同じところに祀った可能性が出てくる。それってひょっとして、

「あくまでも説の一つだよ。ここまで大和王権が気を使ったのは卑弥呼最大の聖地である墓地があったんじゃないかとしてる説だ」

 これもまた歴史ロマンだ。卑弥呼の邪馬台国は未だに所在が不明だし、卑弥呼が大きな墓に葬られたのは魏志倭人伝にも目撃者の記録が残されてるけど、これまた所在不明だ。魏志倭人伝でも北九州が大陸との交通の窓口になっていたのは間違いからこの宇佐に卑弥呼の墓があり、卑弥呼の死後も篤い信仰を集めていたっておかしくないもの。

「もし宇佐八幡が卑弥呼の墓所であり、このあたりが邪馬台国であれば、その力の源泉の一つが国東半島への山岳宗教であった可能性が出て来るじゃない」

 さすがは歴女のコトリさんだ。受売りの健一から聞いても説得力がある。

「まあそうなんだけど、ここまで来たら本物を見たいと思ってね」

 コトリさんの話はいつものようにスノブだったんだけど、そもそも卑弥呼をなんと読んでいたかがはっきりしないところがあるそう。中国語は漢字なんだけど歴史的変遷でその読み方は変わっているんだって。

 そもそもみたいな話になってしまうのだけど、古代の中国語は書き言葉と話し言葉が別物ぐらいになっていたで良さそう。そうなったのは今の中国でもそうだけど方言の差が別言語ぐらいの差があるからだろうって。

 だから中央政府は共通語として書き言葉を確立したぐらいかな。お役所の通達文みたいのが読めないと困るものね。この書き言葉の読みの基礎になっているのが中古音と分類されるもので隋の時代からのものらしい。

 だけど魏志倭人伝時代と隋では三百年以上離れているんだ。中古音の前は上古音になるそうだけど、上古音となるとはっきりしないところが多いみたいだし、魏ではどうであったかになると確証的なものはないとか。

 わかっているのは邪馬台国が女王を呼ぶ音を聞いて魏の使者が卑弥呼って文字を当て嵌めてる。字がヘンテコなのは中華思想で蛮族にそういう文字を使うのが伝統的な風習だったからだよ。

 コトリさんもあくまでも仮にってしてたけど、卑弥呼を『ヒミコ』と読むのなら名前じゃなかったと考えてるようなんだ。もし日本語にしたら『日御子』で、これは太陽の子ぐらいの意味なり王の呼び方じゃなかろうかぐらいだ。

 これは妙に説得力があった。邪馬台国ではどうだったかなんて確認しようがないけど、日本語の敬語感覚では相手の実名を呼ぶのを出来るだけ避けると言うのがある。今の天皇にだって名前はあるけど面と向かって実名で呼ぶ人なんていないんじゃないかな。

 その感覚が邪馬台国時代もそうであれば魏の使者に卑弥呼の事を聞かれたときに『王様です』って感じで答えたはずなんだ。もし卑弥呼が日御子であればこれはこれで話が広がる部分が出て来るとしてた。

 古代の天皇の皇太子は日嗣皇子とも呼ばれていたんだ。日嗣皇子が天皇になれば日御子になってもおかしくないじゃない。もちろん古代の天皇は大王となってるけど、大王のさらに古い呼び名が日御子であった可能性も出て来るってことになってしまう。

 宇佐神宮の東側にあるのが国東半島になる。ここが卑弥呼時代から聖地であってもおかしくないじゃない。宇佐神宮から見れば太陽は国東半島の方から上がるはずだから、これに神秘を感じるのはアリだと思う。

 もっとも推測どころか全部憶測なんだよね。コトリさんの持論みたいなものだけど、歴史ってピースがごっそり抜け落ちたジグソーパズルのようなものとしてるんだ。残っているパズルの間にどんなパズルを当てはめるかを考えるのが歴女の楽しみってこと。

 でも一つだけは言っても良い気がしてる、今ならどうして宇佐にしか思えないけど、この地をヤマト王権時代からずっと重視していたんだって。重視していたからこれだけ立派な社殿があるはずなんだ。そんな歴史ロマンを感じながら宇佐神宮を後にした。