ツーリング日和18(第30話)新婚初夜奇譚

 なんだかんだで三回目の阪九フェリー。勝手知ったる他人の家って感じもあるけど、じゃじゃ~ん、なんとだよフェリーにたった二部屋しかないロイヤルだ。そりゃもうってぐらいリッチで、応接四点セットがある広々としたリビングあって、トイレだけでなく窓付きのバスだってある。ベッドだってセミダブルに少し足りないぐらい広々してる。

「言っとくが新婚旅行の代わりじゃないからな」

 考えてみなくてもわかるのだけど、アリスだって売れっ子の仲間入りしたシナリオライターだし、健一だって専務だ。これぐらいの贅沢はやろうと思えばできるってこと。もっとも根が小心者だから、

「次はデラックスぐらいで良いかもな」

 ロイヤルも一度は泊まってみたかったけど、一度泊まって知れば十分かな。さすがにスタンダードは避けたいけど、スタンダードシングルを二部屋でも十分かな。

「スタンダード洋室の上下はありだろ」

 せめて向かい合わせがイイと言いたいけど、スタンダード洋室は大部屋でのカプセルホテル形式で男女は別なんだ。

「だったらボクの性自認は女だって事にすれば」

 その話題はもうお断りだ。さっき新婚旅行の話を健一が出したけど、とにかくバタバタで結婚式だけ挙げたようなものなんだよね。披露宴はなかったし、新婚旅行に行くヒマもなかったんだよ。

 さらにだよ結婚式と言えば夫婦になった大事な仕事である初夜でさえまだなんだ。あの怪我じゃエッチ禁止だもの。初夜に健一の傷口が開いて入院騒ぎはアリスもゴメンだからね。新婚初夜っていえばあの話はホントなのかなぁ。

「都市伝説と言いたいけど、実際にもありそうなリアリティは否定できないよな」

 それは新婚初夜が上手く行くかどうか心配で、心配で、両方の親が一緒にホテルに泊まってたってやつ。まずだけど親が同宿するのはありえるシチュエーションではある。これは必ずしも初夜の成否を心配してのものじゃない。

 結婚式って迎え入れる方の地元で行われることもあるだろうけど、それより新郎新婦の仕事場に近いところが今だったらポピュラーじゃないのかな。職種にも依るだろうけど上司を仲人にしたり、職場の同僚を呼ぶのは多いと思うもの。

 そうなった時に両親は遠方から来るケースだってあるはずなんだ。遠方だから結婚式当日に帰るのが無理で新郎新婦が泊まっているホテルに泊まるってパターン。違うホテルに泊まる選択だってあるだろうけど、東京みたいに近所にホテルがゴロゴロあるところばっかりじゃないものね。

 だから新郎新婦が初夜を迎えたホテルに両親が同宿しているのはあり得ると思うんだ。でもこの話は単に同じホテルに泊まったのじゃなく、初夜の成否を心配して新郎新婦の部屋のドアに張り付いて聞き耳を立ててたって言うのよね。

「その挙句、上手く行かなかった新郎新婦が泣きながら部屋から飛び出して、それを慰めるために双方の親の部屋に引き取ったって話だろ」

 アホちゃうかって話だよ。そんなもの即離婚だ。新婚旅行から帰って来ての成田離婚は有名だけど、これが本当の話なら初夜離婚だ。

「でも、もし実話なら、それが起こる前提が必要になるだろ」

 そうなんだよな。初夜が不首尾になるのはまず新婦がヴァージンのはずだ。それだけじゃなく新郎だって童貞のはずだ。だけどだよ、結婚式の夜までやってないのは不自然すぎる。結婚前の同棲なんてそのためにするようなものじゃないか。

 もちろん結婚前に誰もが同棲するわけじゃない。だけどさぁ、結婚式まで決まっていてやらないのはあり得ないだろ。いや、そもそも論で言えば婚約前にやるのが当然だ。恋人関係が深くなり、やっているうちに結婚へのボルテージを高めていくものだ。

 恋人関係でボルテージが高まれば、結婚まで遥か距離がある高校生カップルでもやるぞ。中学生の話はさすがに置かせてもらう。つうかさ、やらずにどうやって恋人関係から結婚にボルテージを高めようって言うんだよ。まさかと思うけど、健一の様に中学生のアリスの裸を妄想するだけで高めたって言うのかよ。

「中学時代の話は時効にしてくれ。結婚式前のエッチはそう考えるのが常識だけど、極端なのがいる可能性だけは否定できない」

 う~む、そこか。まずだけど一人っ子の比率は高くなってる。一人っ子の半分は一人息子になるからな。二人だって男女の組み合わせなら息子は一人だ、それを言えば三人いても半分ぐらいは息子は一人になるはずだ。

 そういう家庭の場合、母親の愛情が息子に異常に注がれるケースが一定の比率で出てくるとされている。母親が子どもに愛情を注ぐこと自体は良いとしても、問題は愛情の質だ。こんなもの信じるしかないが母親としてではなく女として愛情を注ぐとされている。

 それでも反抗期が来ると息子は普通は親離れする。だけど反抗期に親離れし損ねるケースはあるんだよな。そうなれば出来上がるのはママン大好きマザコン息子であるだけなく、息子を恋人として囲い込もうとする子離れ出来ない母親のコンビが出来上がってしまう。

 そんなコンビのママン大好きマザコン息子が果たして性体験など出来るかの問題は浮上する。そりゃ、性体験がしたければ相手が必要だ。ここで母親が筆下ろしをするケースはさすがに反吐が出るから避けさせてもらう。そんなものエロビデオでもエロ小説でも取り上げないよ。

「無いは言い過ぎだろう」

 妙なところに絡むな。口にすらだけで穢らわしい。反吐しか出ない母親の筆下ろしは置いといて、まずマザコン息子はマザコン息子であると言うだけで女から忌避される。誰がマザコン息子に恋心など抱くものか。あんなのは道端に転がっている犬のウンコより汚らわしい。

「でも結婚までしてるのはいるじゃないか」

 むぐぐぐ。居るんだよね。あれは女が騙されてペテンにかけれたようなものだ。聞いた話なら結婚前は息子にも母親にもそんな影を感じなかったとされてる。本当に影が無かったかどうかなんか確認しようも無いけど、結婚に浮かれすぎて見抜けなかったんだろうな。

 だがそういうケースなら新婚初夜の騒動は起きないんだ。当たり前だが婚前交渉は十分だからだよ。そうなるともう一歩進んだ重度のマザコン息子であると考えないといけなくなる。息子が異性と付き合うのを徹底的に阻止してしまうケースぐらいになるけど、

「それはわかるよ。伸二がそうだった」

 そこまで干渉されてたのか。ホント真性のクソ親どもだ。これだってその干渉に反発して親離れ出来るケースもあるはずなんだが、マザコン息子はママンがとにかく大好じゃない。この干渉さえ嬉々として受け入れてしまうケースがあるはずなんだ。

「かくして、マザコン息子はママンが認めた女とだけしかやる事が出来なくなり、童貞のまま初夜を迎えてしまうだな」

 そうしか言いようがない。あえて付け加えれば、認めて許可をされた女だろう。というのもママンは子離れできない息子ちゃんラブだ。その愛情は男への愛情だ。さすがに実の息子とやるのは控えるとしても、

「やっぱりあるんじゃないか筆下ろし」

 そこは触れるな! とにかくママンの本音は可愛い可愛い息子ちゃんが他の女となんかとやって欲しくない。だけど世間体として結婚は認めざるを得ないとしても、ギリギリまで童貞を守るために初夜まで許可を与えないぐらいでどうだ。

「結婚初夜まで童貞なのはそれで説明できるとして、女が処女だったのはどうしてだ」

 裏返しのファザコン説も皆無とは言えないけど、それは女の数が少なすぎる気がする。女の反抗期の男親への反発は男の比じゃないからな。女のマザコンだっているだろうけど、娘ちゃんラブの母親もレアケースだろう。

 と言うかさぁ。マザコン息子の結婚相手はママンが探し出してるんだよ。そんな女を可愛い可愛い息子ちゃんに宛がうものか。だからここはもっとシンプルに考えて良いはずだ。そうだよ、処女を守り抜いて初夜を迎えたのではなくて、処女が初夜まで残ってしまった女だ。

「どういうことだ?」

 簡単な話だよ。息子ちゃんラブのママンの本音は、マザコン息子を他の女とやらせたくない。でもそれが出来ないから結婚を認め初夜まで来てしまっている。結婚まで認めてしまってるからその女とやるのは防ぎきれない。当然だが結婚後の事だって考えてるはずだよ。

「息子夫婦の幸せだろ」

 そんなもの息子ちゃんラブのママンが考えるわけないだろうが。ママンの次の主戦場は、息子ちゃんの童貞を奪った女からいかにして息子ちゃんを奪い返すかだ。奪い返すためには敵である嫁は可能な限り魅力的じゃない方が都合がよい。

「それが処女さえ欲しがられなかった女ってことか」

 そんな組み合わせだから初夜が不首尾に終わるんだよ。ママンにとっては思わぬ戦果に小躍りしたんじゃないかな。息子ちゃんの童貞は無事守られ、このまま離婚してくれたら自動的に手元に取り返せるからな。

「なんか地獄のような世界だな」

 ああそうだ。親が子を育てるのはその自立を願ってのものなんだ。その一つのゴールが結婚だ。いわゆる親元の手から離れるってやつだ。それを何が何でも手元に置き続けようとして育て上げてどうする気なんだってやつだよ。

「その息子の将来に光が見えないな」

 そういうこと。そんなマザコン息子にまともな結婚など出来ない。いつまでも独身で燻り続け腐って行くだけだ。そうだよ息子の人生を自分のワガママでぶち壊してるだけの存在ってこと。

「そんな息子の末路を見る前に死ぬだろうしな」

 健一がママンの筆下ろしの話を持ち出しやがったけど、本番まではともかく近いところまで行ってるクソママンはいるはずなんだ。

「あれだろ大人になっても同じ布団で寝るとか」

 ああそうだ。布団どころか風呂まで一緒に入るからな。

「その時に・・・」

 その話はやめてくれ。想像するだけで地獄絵図そのもじゃないか。

「だったら新婚旅行に同伴する親なんてまだ可愛いものとか」

 論外の最低レベルの中ではな。でもマシと言っても女がマザコン息子に騙されたって気づかない方がおかしいだろ。それこそ成田離婚だ。人は色々だからおもしろい人間模様のシナリオが書けるけど、現実社会ではお知り合いになりたくないな。

 そういう点で伸二はかなり危なかったし、健一ですらそうだ。アリスだってあの結婚の挨拶に行った時に衝撃を受けたもの。まさか、まさかで健一がまだ親離れ出来ていなかったんだよ。あれで別れていたってなんの不思議もなかったぐらいだよ。

 人生って不思議なものだ。あれだけの衝撃を受けたのに健一とは夫婦になってしまってる。汚部屋の女王とまでなっていたアリスが今や専務夫人なんて信じられる。もちろん健一だって成長した。

 体じゃないよ。これ以上逞しくなったら本気で格闘技界からスカウトが来てしまう。いや、今でもか。そうじゃなくて、最高の形で親離れを見せてくれたと思ってる。クソ親なのはクソ親だけど、あれでも健一の実の親なんだからよく頑張ってくれたと思ってる。

「ボクだってアリスが妻なのが夢みたいだ」

 かもね。男は初恋の人と結婚できるのが究極の夢だって言うものね。もっとも初恋の中学生のアリスをさんざんセルフのオカズにしやがったのは許せないけど。

「その話こそもうやめてくれ。まるでボクが変態みたいじゃないか」

 違うのかよ。中学生のアリスの裸を妄想してたんだろうが。裸だけじゃなくその先をフルコースで妄想していなかったとは言わせないよ。セルフで果てる先に何を妄想していたか言える物なら言ってみろ。それもだぞ、いったい何発ぶっ放したって言うんだよ。

 中学生の女を妄想でも対象にした男はそれだけでロリコンじゃ、ロリコンは変態以外の何者でもない。だいたいだぞ、妄想される身にもなってみろ。

「今なら良いのか」

 今って再会してやるまでの間の事か? う~ん、あの逞しい体に妄想されたら息が出来なくなって死んでしまいそうだ、でも許してあげるよ。健一は大事な大事な旦那様でアリスは古風な女の奥さんだもの。

 おいこら、どうしてそこで知らん顔してトイレに行く。どうして古風な女のセリフが出るたびに無視して逃げようとするんだよ。ちょっと待たんかい。アリスがそうでないとでも言いたいのか。このロリコン変態野郎が。