ツーリング日和21(第5話)旅行の誘い

 瞬さんはクルマを持ってるだけで、なんの役にも立たないから二人のお出かけはバイクだ。そんなツーリング中に二人は出会ったし、恋に落ちたし、なんとなんと同棲にまで進んでる。

 バイクのツーリングは好きだし、そのためのバイク女子にもなっている。だから瞬さんとのマスツーは楽しい。ヨタハチと違ってちゃんとエンジンはかかるし、故障だって滅多にしないはず。

 だけどモンキーにもネックはある。小型バイクだから高速どころか自動車専用道も走れない。だから緑の道路案内は通行止めのサインと同じになる。

「ボクも無料の加古川バイパスや姫路バイパスが走れないと知って驚いたもの」

 そうなのよ。新しいバイパスにもちょくちょくあって、ウッカリ走ってると、ここはダメだったになるんだもの。だからツーリング前に自動車専用道かどうかの確認は欠かせないぐらいかな。

「ツーリングの王道は下道だよ」

 そうは言っても下道ではどうしても距離が稼げないから、ツーリングの範囲に限界が出て来る。道路状況によって変わる部分はあるけど、だいたいで言えば一時間に三十キロぐらいが目安になる。

 一時間に三十キロって遅く感じるかもしれないけど、時速三十キロではない。信号で停まったり、昼食を食べたり、コンビニ休憩をする時間も含めての一時間に三十キロってことだ。マナミももっと走ってるはずと思ったけど、実際にはそれぐらいになるのは実感してる。

 そうなると一日に六時間走っても百八十キロになってしまう。田舎道ならもうちょっとペースが上がるけど、それでも二百キロぐらいかな。波賀へのツーリングで二百六十キロ走ったけど、あれぐらいが下道の一日の限界の気はしてる。

 とは言っても中型やましてや大型に買い替える気はない。モンキーはお気に入りだし、免許だって小型自動二輪しか持ってないものね。

「信州とか行って見たいけど、道のりを考えるとさすがに遠すぎる」

 というか、高速なら名神走って、中央道走ってぐらいはすぐに思い浮かぶけど、下道でとなると、どこをどう走ってのイメージすら出来ないよ。

「そこで相談なんだが、お蕎麦は好きか」

 どこに質問が飛ぶんだよ。そりゃ、好きだよ。二人が初めて出会ったのは篠山の蕎麦屋だったじゃないの。まさか忘れたの。

「忘れるものか。あそこの蕎麦屋も良かったけど、兵庫県の蕎麦と言えばどこになる?」

 兵庫県は広いし、美味しいものもたくさんあるんだけど、麺類はあんまり強くないイメージだな。

「そんなことないよ。揖保乃糸があるじゃないか」

 そうだった、そうだった。素麺は奈良の三輪素麺とか、香川の小豆島素麺が有名だけど、実は兵庫県がダントツの一位なんだよね。

「長崎が二位なのは意外だったけど」

 いやいや、話は素麺じゃなくて蕎麦だ。うんと、うんと、兵庫県の蕎麦で有名なのは・・・わかった、出石の皿蕎麦だ。皿蕎麦ってなんだになるけど、簡単に言えばざる蕎麦の一種で、蒸籠じゃなくてお皿に盛ってある。

「いくらなんでも簡単すぎるぞ」

 他で似ているものなら、あてて挙げれば盛岡のわんこそばかな、

「ちがうと思うぞ。近いのなら割子蕎麦だろうが」

 そ、そうだよね。割子蕎麦って、三段ぐらいの筒型の重箱みたいなものに蕎麦が分けられて盛ってあって、そこにツユを入れて食べるけど、出石の場合はそれが小皿になり、蕎麦猪口のツユに入れて食べるんだ。

「出石の皿蕎麦も割子蕎麦から変化した説があるよ」

 らしいね。割子は洗うのも大変だった説もあるけど、マナミはそうじゃない気がしてる。あれはお蕎麦をより多く食べると言うか。

「より食べさそうと工夫したとはボクも感じることがある」

 お蕎麦ってね、量としては、そうだね、せいぜい並盛と大盛りぐらいじゃない。だけど出石の皿蕎麦には上限がないのよね。食べたいだけのお蕎麦を注文できるのよ。その注文単位がお皿なんだ。

「だから大食い大会までやってるものな」

 お店にも、これまでどれだけの枚数を食べたかの記録を張り出しているところもあったもの。お店の方もたくさん食べれる人こそ蕎麦通だと扱う感じかな。似たようなシステムに盛岡のわんこ蕎麦があるけどだいぶ違うのは瞬さんの言う通りかも。

「盛岡のは店によって違うかもしれないけど、あれって最初から無制限一本勝負みたいなところがあるものね」

 マナミも出石に行ったことあるけど、あそこの皿蕎麦は美味しかった。変なことを思い出させないでよね。食べたいけど、あんなところまでモンキーで行けるものじゃないでしょうが。そっか、バイクじゃなく電車で行くつもりなんだ。

「いやツーリングで行きたい」

 はぁ、出石って豊岡の近くだよ。豊岡ってどこにあるか知ってるでしょうが、あそこは但馬なのよ。出石も今は豊岡市になってるらしいけど、神戸から何キロあると思ってるのよ。

「ざっとだけど百三十キロぐらいかな」

 往復で二百六十キロか。一日の限界に挑戦しますの世界だな。

「それに出石まで行けばコウノトリだって見れるぞ」

 コウノトリは見てみたいな。絶滅状態からだいぶ数が増えたらしいけど、さすがに見た事ないのよね。出石のお蕎麦を食べて、コウノトリを見るのは悪くないプランだけど、往復の距離と時間を考えると無理あるよ。

「そうだそうだ、マナミさんは玄武洞に行ったことがある?」

 無いな。あれも一度ぐらいは見てみたいけど・・・ちょっと待ってよ。どれだけ回る気なの。それだけ回ったら帰りは夜になっちゃうじゃない。モンキーにも当たり前だけどライトはある。けどね、あれって暗いのよ。あんなもので夜道なんて、それこそ事故するぞ。

「ボクも夜道は避けたい。だから城崎はどうだ」

 まだ回る気なの。近いと言えば近いけど、城崎温泉と言えば外湯巡りじゃない。そりゃ、ツーリング先で足湯どころか日帰り入浴するツーリング動画もあるけど、あんなところでそんな事をやらかしちゃったら帰れなくなるじゃないの。

「だから帰らないんだよ」

 乗った! そうだよ、泊まってしまえば良いんだ。それだったら片道百三十キロって言っても四時間ぐらいのはず。七時に出れば十一時ぐらいには出石に着くはずだ。そこからコウノトリを見て玄武洞に寄れば、

「夜は城崎温泉だ」

 それ良い。絶対良い。温泉なのがとくに良い。武田尾温泉も気持ち良かったけど、城崎温泉だって負けてないはずだ。ツーリングの疲れを温泉で癒し、夜は御馳走だ。なんかワクワクしてきた。