ツーリング日和11(第8話)木曾十一宿

 泊ったのは妻籠宿だったけど、馬籠宿からが中山道の木曽路になるのだそう。中山道にも難所があって、京都から見れば、

 ・太田の渡
 ・木曽の桟
 ・碓氷峠

 太田の渡しは美濃加茂にあったんだけど、京都から来ると木曽川を渡るところになるかな。今は橋でひょいと渡るだけだけど、

「東海道の大井の渡しみたいなもんでっせ」

 碓氷峠はさておき、木曾の桟ってなんになるかだ。木曽路は木曽川に沿ってあるのだけど、両岸が切り立った崖の谷間のルートなんだよ。だから崖に杭を打ち込んで、その上に板を渡して作った木道だったで良さそう。

 これも時代とともに桟の下に石垣を積んだりして改良されたそうだけど、中山道の難所として有名だったそう。その改良は今でも続き、

「国道十九号は木曾高速とも呼ばれとります」

 つまりはクルマがビュンビュン飛ばせるぐらいになってるぐらい。とはいえ加藤さんは仕事だから、三留野宿、野尻宿、上松宿、福島宿と取材をして、

「これが宮ノ腰宿本陣や」

 ここも明治十六年に火事に遭って主屋部分は焼失したそうだけど、客殿部分が残り整備して公開してるんだって。さらに薮原宿、奈良井宿に来たのだけど、

「ここも宿場としてよく残ってるところや」

 これ凄いよ。妻籠より凄いかもしれない。

「奈良井宿は中山道どころか日本一高いとこにある宿場町で、往時は奈良井千軒と呼ばれるぐらい栄えとったらしいわ」

 千軒! 本当に千軒だったかはともかく五十軒ぐらいの妻籠や馬籠と桁が違う規模だったのはそうかもしれない。

「宿場の長さも1キロで日本一や」

 それと奈良井宿は京都と江戸の中間点でもあったそう。さっき千軒って言ったけど、記録では四百九軒あったそうだけど旅籠が五軒だけって、

「他の宿場町は宿屋で栄えとってんけど、奈良井はそうやなくて木曾漆器とか、曲げ物みたいな木工業で栄えとってんて」

 なるほど木工業の街だったんだ。だから中山道が街道としての機能をなくしてもこれだけの街並みが残ったのかも。ここに木工製品の買い付けに来てたんだろうな。

「ここや、あったあった」

 奈良井宿で食レポみたい。これって鍋ものなの、

「とうじ蕎麦って言うてな・・・」

 とうじは冬至じゃなくて投じるから来たものだそうで、つゆを入れた鉄鍋に山菜やきのこ、季節の青菜、鶏肉等を入れ、火にかけて温め、

「このとうじ籠に蕎麦入れて温めて食べるんや」

 あははは、そばしゃぶみたいなものだね。これならかけ蕎麦みたいに途中で麺が伸びる心配はないかも。店の雰囲気も宿場町って感じがして最高かな。

「ホンマによう笑いはるからビックリしますわ」

 そんなによく笑うかな。それともいかにも笑わないように見えるのかな。美味しいものを気の合う友だちと食べたら笑顔になるのは当たり前じゃない。もっと笑ってやろ。

「その笑顔見ただけで死んでもエエ」

 加藤さんもお世辞が上手いよ。でもちょっと過剰じゃない。エルは仕事の邪魔になっていないか心配なんだけど。

「邪魔だなんて畏れ多い事を。この世に生を受けて最高の時間を過ごさせてもらってま」

 言い過ぎも良いところだ。そこまで言われたらこっちが照れ臭くなるじゃない。それはそうと奈良井で中山道の中間点なら、

「木曽十一宿と塩尻までがとりあえずの目標ですわ。もうちょっと付き合うて下さい」

 木曾十一宿とは馬籠から贄川宿までだそう。だけど贄川で切ると中途半端なところになるから、塩尻までの取材が加藤さんの今回の予定みたい。奈良井で早めの昼食を済ませた後に、贄川、本山、洗馬と進んで、

「塩尻で終わりや。エライ付き合わせてもてゴメンですわ」

 ううん。全然そんなことないよ。ああやってモトブロガーが取材して番組を作っているのが見れて楽しかった。こんな事、加藤さんと一緒じゃなかったら一生経験出来なかったもの。

 うん、えっ、塩尻で取材が終了ってことは、もしかしてここから帰るとか。そりゃ、帰るよね。塩尻を取材範囲の区切りにしたの長野自動車道の塩尻ICしか考えられないもの。なんか寂しいな、これで終わりになってしまうのが。

「仕事は終りでっけど、ツーリングは終わりって言うてまへんで」

 ホントなの、やったぁ、まだ加藤さんと一緒にいられるんだ。ここからツーリングで走るとなれば、

「ビーナスラインは行ったことありまっか」

 無いない、あそこはバイク乗りの憧れのツーリングコース。でも本当に良いのかな。

「言いましたやんか。エルさんが望むなら地の果てまでお供しまっせ」

 嬉しいな。塩尻からは完全にツーリングモードにチェンジ。でも、そうなるとカップルツーリングだよね。ぶっちゃけデートじゃない。なんかわくわくが止まらなくなってきた。これこそ出会いだよ。

 間違いなく加藤さんに魅かれてる。そりゃ、加藤さんは元カレに較べたらイケメンじゃない。でもさぁ、負けてるのはそこだけじゃない。後は余裕で圧勝だもの。アレが馬並かどうかは置いとくけどね。馬並に大きいのはOKになってるはずだけど、できれば馬並は堪忍、人で良い。

 とにかく一緒にいるだけで楽しいし、面白いし、それでいて紳士なんだよ。どこに行ってもちゃんとエスコートしてくれるし、取材中もエルが退屈しないようにどれだけ気を使ってくれてるかわかるもの。

 とにかく心優しいの。一緒にいるだけでエルの心までほんわか温かくなるんだもの。なんかさ、気取らなくとも素のエルのままでいれそうだし、素のエルをすんなり受け止めてくれそうな気がする。

 加藤さんは地の果てまでお供するって言ってくれたけど、エルは、エルは、あの、その、もっとずっと同じ時間を過ごしたい。それこそツーリングが終わってもずっと、ずっと。それでね、もっと加藤さんのことを知りたい。とりあえず家はどこなの。

「ああ東温です」

 それどこなの。

「悪い、悪い、愛媛の松山の隣ですわ」

 愛媛なのか。ちょっと遠いな。エルは加藤さんが好きになりかけてるけど、ここで高校生でもアラサー女でも定番の大問題に直面している。そう加藤さんがエルをどう見てくれてるかだよ。

 加藤さんがエルをどう想っているかを知るにはとにかく一緒にいること。その時間をたくさん取ること。でも愛媛は遠いんだよ。さすがに気軽にデートできる距離じゃない。そうこのツーリングが終わってしまえば次にいつ会えるかわからないじゃない。

 ならばこのツーリングが勝負だ・・・独りでいきがってもしょうがないのが恋。しょせんはアラサー女だものね。歳こそ釣り合ってるけど、釣り合ってるのはそこだけ。いや釣り合ってるとさえ言えないよ。

 やっぱりさ、男は年下を選ぶじゃない。女だって年上を選ぶけど、このカップルの年齢の釣り合いは女の方が絶対不利だもの。男は三十歳を超えても余裕で結婚相手を選べるのよね。たとえば歳の差が五つなら、男が三十五歳で女が三十歳って普通じゃない。

 でもさ、女が三十五歳なんかなろうものなら、男は四十歳になっちゃうもの。それでも愛があればと言いたいけど、四十の独身男って完全に売れ残りだよ。そう、売れ残ってるだけの訳あり商品ってこと。

 もちろん女だってそう見られるところはある。アラサーもそうだけど、三十路の半ばまで行ってしまったら、難ありとか、会社ならお局のレッテルを貼りまくられても文句が言いにくいと言うか、勝手に貼られまくられてる状態だもの。

 ギリギリ二十九だけどエルも崖っぷち。今年の誕生日が来てしまえば三十路に突入だもの。加藤さんほどの人がわざわざエルを選ぶかに尽きるのよね。だいぶマシにはなったとはいえ、元が陰キャの地味子のブスだもの。

 でもこの恋は逃したらダメだってエルの第六感が叫んでいる気がする。元カレとの婚約破棄は辛い体験だったけど、その代わりに男を見る目を養ってくれたはず。養われた目で見る加藤さんは最高の相手に見えるもの。

 男と女のどちらから告白するかに決まりはない。そりゃ、理想は両想い状態から男から告白されるのが良いと思うけど、女からしたって悪いわけじゃない。そう告白は武器にさえなるはず。

 たとえばだよ、加藤さんがエルに好意を抱き始めていたとして、まだ恋愛まで微妙な状態だとする。そこに告白を投げ込めば気持ちが好意から恋に変わることだってある。もちろん玉砕もあるけどね。

 そんなことを考えているうちに塩尻ICから高速に乗り諏訪ICで下りた。ビーナスラインってどこからなんだ、

「初めてやったっら出来るだけフルコースにしまひょ」

 へぇ、国道一五二号もビーナースラインなんだ。市街地を走って行くと、

「次の信号を左に行きまっさ」

 うんビーナスラインって書いてあるし、白樺湖や蓼科高原に行けるってなってる。ひやぁって峠道を登ると、

「あれが白樺湖」

 そうなんだ。白樺湖からはまさに高原ロード。そうだよ、こういう道を走りたいからバイクを買ったんだし、ツーリングもしたかったんだ。霧の駅まで行って一休み。