ツーリング日和19(第29話)チサの過去

 直球勝負では無理か。これで決まって欲しかったな。チサの過去には秘密があり、その過去がチサに翳を落としている。けどさぁ、それを知ることに何の意味があるかは疑問なんだ。ボクは再会してからのチサを見てプロポーズした。

 ボクが結婚したいのは今のチサで、それで十分じゃないか。チサが話さなければボクは知らずに済む。どんな過去があろうとも今からボクがチサを幸せに出来ればそれがすべてじゃないか。でも世の中そこまですんなり行かないよな。

 チサの返答からすると、どうしたって正面から受け止めさせられそうだ。もっとも天橋立で話すって言ってたからな。これはかなり厳しくて辛い時間になりそう。そしたら俯いていたチサがポツリポツリと話し出した。

「離婚したのはホントだし、それがチサの不妊症から始まって旦那の浮気になったのもウソじゃない。でもね、浮気したのは旦那だけじゃなくチサもそうだったのよ」

 ダブル不倫の末の泥沼の離婚騒動だったのか。そんな予感はしていた。たしかに婚家はややこしい家なのは知っているけど、やっぱり実家から追い出され勘当状態になったのはやり過ぎだと感じていたんだ。

「あの時は家から追い出されたというより、不倫相手の男のところの転がり込んで呆れられて見放されたのが真相だよ。ついでに家の金を盗んでいたから、そんな出来損ないの尻軽娘に二度と家の敷居を跨がせないと激怒され勘当されたのよ」

 ここも、もうちょっと根は深かったみたいで、不倫している時にその相手に完全に溺れこみ貢いでいたのか。そういう時には縋っても捨てられるケースも多いはずだけど、

「不倫だから慰謝料も発生したのだけど、その男はそれを払ってまでチサを受け入れた」

 本気だったとか。

「チサは結婚もしてたし、結婚する前だって男性経験は何人かある。でも果てるとこまで感じたことはなかったのよね。その男はチサに女の喜びを教えてくれた事になる。だから夢中になったし、離婚しても追いかけたし、結婚だってする気だったのよねぇ」

 えっと、えっと、

「でもね、すべてが罠だった。男は慰謝料こそ払ってくれたけど、それはすべてチサが背負わされた。それもだよ、どう聞いても筋が悪いところから借金だったのよね」

 ヤバイ流れだぞ。その借金を返すために風俗で働かされたのか。

「今から思えば、そっちだったらどんなに良かったかと思うよ」

 風俗で働かされる方が良かったって・・・

「まずチサは徹底的に狂わされた」

 なんだって! エクスタシーを使ったキメセクをされたのか。

「ヤクって怖いよ。本当に狂わされてしまうからね」

 そうなってしまうぐらいは聞いたことがあるけど、

「あれはね、もうそれしか考えられなくなるのよね。わかんないだろうな、男を与えてもらい、果てたい以外は頭からすべて消し去られてしまうの。それがこの世のすべてになり、そのためならなんで差し出すというか、命じられるままにすべてを差し出した」

 そんなに効果があるものなのか。

「あると思う。この辺は個人差とかエクスタシーと言ってもあれこれ種類があるけど、あのヤクではチサはそうなった。それとヤクの効果も大きいけど男の手腕も凄かった」

 そうだった。チサはその男にヤク無しでも女の喜びに溺れさせられてた。その上にヤクの効果が加わったから狂ってしまった部分もあったのかもしれない。

「男を与えてもらうためならなんでもやった。男を喜ばすテクニックも徹底的に叩き込まれたけど、あれだって懸命になって身に着けたもの。あれも出来なきゃ、男をお預けにされるからね」

 なんてことに、

「男が欲しいばっかりにあの契約書にだってサインしたし、そうなれたことを感謝する宣言もビデオに撮られた」

 その契約書ってまさか、

「ご想像の通りだよ。奴隷契約書ってやつ」

 でもそんな契約書なんか無効のはずだ。

「法的にはそうなんだけど、チサは狂わされてたからね。ああいうものは屈辱のサインじゃない。でもチサはそうじゃなかった。サインさえすれば男を与えてくれるしか頭になかったし、奴隷宣言だってそれさえすれば男にありつけるから進んでやったぐらい」

 なんてこったよ。人は異常な環境に置かれると、それに過度に適応してしまう事があるとされる。チサの置かれた状態は常に人として、女としての誇りとのせめぎ合いになるはずだけど、誇りより覚えさせれられてしまった体の喜びに完全に屈してしまったぐらいなのか。

「そいつはチサだけを食い物にするヒモ男じゃなかったんだよね。それが目的なら本番専科の奴隷ソープなりで働かされるぐらいで済んでたのかもしれないけど、あそこまで手間ヒマかけてチサを狂わせ性奴隷にするのが本当の目的だったのよ」

 それって、

「そいつの商売はチサの心も体も快楽に漬け込み性奴隷に堕とし売り飛ばすこと。そうだよ、チサはそうなっていた。あの最低野郎はその点だけで言えばプロ中のプロだったな」

 プロってなんだよそれ、

「チサも最初はヤクで狂わされた。だけどさぁ、そいつはチサをヤク無しでも狂う状態にまでしたのだよね。そうだね、究極の淫乱にされてしまったってこと。そこまでにしたのも理由があって、ヤク無しで狂った奴隷の方が高く売れるらしい。ヤク代の節約かな」

 ヤク代の節約って・・・

「異常すぎる世界の話だからね。そこまでにされて売り飛ばされたのだけど、ヤク無しで狂いまくれる淫乱にされたから生き残れたのはあると思う」

 異常なんてものじゃないレベルの世界の話だけど、その売り飛ばされたところって、本当にこの世に実在するのかよ。

「実在してたよ。カネと権力を持つ狒々親父達の趣味の権化みたいな地下秘密クラブぐらいを想像したら良いよ。秘密クラブと言ってもビルの一角みたいなものじゃなくて、高い塀と大きな門もある立派なお屋敷みたいなもの」

 絵に描いたような性奴隷屋敷みたいだ。

「そこで監禁されてひたすら男の相手をした。とにかくああいう連中はひたすら強い刺激を求めるし、相手が性奴隷だから情けも容赦もなくすべてやらされたかな」

 さぞかし悔しかったんだろうな、辛かったんだろうな。こんなもの女の生き地獄そのものじゃないか。

「辛いこと、苦しいこと、屈辱的な事はいくらでもあったよ。でもさぁ、とにかく異常過ぎる世界じゃない。チサは契約書付きの性奴隷だし、売られたところだってモロみたいな性奴隷屋敷じゃない。淫乱に狂わされていたチサはさらに狂って開き直ってた」

 そんなところでどう開き直れるのだよ。

「チサは淫乱だからとにかく男が欲しいじゃない。あそこはチサが欲しくてたまらない男を次々に与えられるところよ。そういう世界だと思うと楽しめるって思っちゃったぐらいかな」

 女の生き地獄を楽しむのが開き直りって・・・チンケな想像を超え過ぎる異常世界だ。そうでもしないと気が狂いそうだけど・・・えっ、男と寝るだけじゃないのか。

「だからいくらでも刺激が求められるって言ったじゃない。あそこでは週末になると女の生き恥をさらすショーが行われていたのよ。それに興奮した男たちが品定めをして性奴隷を買うって流れで良いと思う」

 女の生き恥って、

「ショーの見世物として果てる姿を見せること。無理やりみたいに果てさせられたり、自分で果てることを強制されたりかな。とくに無理やりは色んなバリエーションがあって感心したぐらい」

 バリエーションに感心って、

「そうなのよね。毎週のように舞台で果てさせられるのだけど、えっ、こんな事までやらされるのって手法が毎回のように出てくるのよ。そういうアイデアを次から次へと編み出せるプロっているものね」

 まさかそれも楽しめたのか。

「チサはヤク無しだったから、舞台で客の目の前で果てさせられるのに羞恥心が残ったのよね。だから人気が出たのは皮肉だったけど、ショーも辛かったけど、その後の方がキツかったな」

 そう言えばショーは品定めとか言ってたけど。

「そうなのよ、ショーでは二十回ぐらいは余裕で果てさせられるのだけど、そうなった体で興奮した客の相手をしないといけないからね。朝までかかって大変だったもの」

 それこそ女の生き地獄だろうが。ショーで果てさせられるだけ果てさせられるだけでも想像を絶するのに、そうされてしまったチサに興奮した男どもが群がるんだぞ。

「チサは淫乱の男狂いだったから男を与えられるのに不満はなかったけど、あの状態から引き続きであれだけの相手をするのは、さすがに過ぎたるはなんとかだったもの。ショーの日が来るのはホントに憂鬱だった」

 ああ、なんてこった。

「チサはヤク無しで狂えたけど、他の女は必ずしもそうじゃなかったのよね。そうなるとヤク頼りになるけど、あれだけ毎日使われると影響が出ないはず無いじゃない。入れ替わりが多かったのよ。入れ替わりと行ってもあそこから解放される訳じゃないでしょ」

 ヤクを使われ過ぎると廃人になって性奴隷として役に立たなくなったり、それこそ死ぬのも多かったそうだ。死ななくても廃人になってしまえば用済みとなり、

「やつらは処分と言ってたけど殺されてたと思うよ。あそこは十人ぐらい常に性奴隷が飼われてたけど、一年もしたら殆ど入れ替わってたもの。チサだっていつまで生き残れるかの不安は常にあったのよ」

 でも生き残り助け出された。

「ドリームクラブ事件って聞いたことはないかな」

 えっ、あんなところにチサはいたのか。あれは猟奇殺人事件から始まり、チサのいた性奴隷屋敷の拉致監禁事件へと発展し、そこで婦女暴行なんて甘いレベルではない狂ったような性の饗宴が繰り広げられているのがわかり、ワイドショーとかで興味本位で連日のように大騒ぎしていた。

 それだけでも余裕のスキャンダル事件だったのだけど、そこに通っていた客に政財界の大物がいて何人も逮捕され、それこそ世紀の大スキャンダル事件になってしまったぐらいだ。あれだけ報道されればボクだけじゃなく知らない人の方が少ないと思う。

 それにしてもあれが良く表沙汰になったものだ。あそこまでの大物が関与してると警察だってそうは簡単に動かないはず。そうだな、せいぜい猟奇殺人事件で留められ権力者が関わる性奴隷屋敷への捜査は控えられたりするのが世の中なんだけど、

「たぶんだけど死体処理に不手際があったんじゃないかな。とにかく数が多いものね。警察は失踪事件なら、なかなか動かないけど死体が見つかればさすがに動くじゃない。他にも政治がらみの複雑な事情があったらしいけどわかんないな。チサは中にはいたけど、男の相手をしてただけだもの」

 週刊誌程度の情報だけど、政敵の追い落としに利用されたとかなんとかは書いてあった。あの事件だけで政権が結局倒れたようなものだったから、裏舞台はドロドロなんてものじゃなかったぐらいは言えそうな気がする。

 チサは女の生き地獄を体験させられ、なんとか生き延びたのか。でも救い出されたのは本当にラッキーだ。耳を塞ぎたくなる気持ちに何度もさせられたけど、そこからなんとか生還できてホントに良かった。

「それは言える。チサはヤクで死ぬ心配こそなかったけど、あそこの賞味期限は短いのよ。廃人や死人にならなくても、人気がなくなればお払い箱になって処分されていたはず」

 客層が客層だから奴隷の転売みたいなものは秘密を守るためになかったらしい。

「女にとってあそこは、入り口はあっても出口のないところ。その中で生き残るためには、男の相手をしているだけではダメで、その男を喜ばせ、また買いたいと言う気分を持たせなければならないの」

 なんてところだよ。

「それも聞かされていたから男が望むならなんでもやったよ」

 時間の問題でチサも人知れず殺されていたかもしれない。まさに命の瀬戸際の状態にいたことになる。ドリームクラブ事件が起こらなかったら、こうやって再会することも出来なかったはずだもの。そこから今に至るだよね。

「そうは簡単に行くものか」