ツーリング日和19(第37話)結婚式の思い出

 当面の二人の焦点は結婚式をどうするかなんだ。まずチサの家族も友人知人も呼びにくいと言うより呼べたものじゃないから、そういうタイプの結婚式だとか披露宴はしないことにした。

「再婚同士だものね。フォトウェディングで十分よ」

 口ではそう言ってるけどチサには結婚式へのこだわりと言うか、後悔があるのだよ。チサも初婚の時には結婚式も披露宴も挙げてるのだけど、あれはかなりレアな体験だと思うな。世の中にそういう結婚式が存在してるぐらいは知ってるけど、

「お寺さんの結婚式ならしょうがないと思うけど・・・」

 チサが挙げたのはなんと仏前式だったんだ。嫁ぎ先の家が檀家筆頭だからって理由らしいけど、いくらなんでもと思わなくもない。

「でしょ、でしょ、チサだって仏前式だって聞いて、それはなんだと思ったもの」

 だろうな。結婚式はやっぱり花嫁が主役だし、結婚式にあれこれ憧れとか夢を持つ女性は多いはず。スタイルとしてキリスト教式、神前式、今なら人前式なんてのもあるけど、仏前式と言われたらテンション下がるよな。

「日取りだって仏滅よ」

 ありゃ、そうだったのか。六曜なんて普段は気にもしないけど、さすがに晴れの門出になると避けたいよな。チサに聞くとわざわざ仏滅を選んだのじゃなく、お寺さんの宗派のためらしい。浄土真宗だったみたいだけど、あそこは親鸞聖人が、

『吉良日を視ることを得ざれ』

 中興の祖の蓮如上人も、

『如来の法のなかに吉日・良辰をえらぶことなし』

 こうしてるとかで、単に式場であるお寺さんの都合を優先して決めたらしい。浄土真宗ってそんな教えだと初めて知ったよ。

「いきなりお経が始まるから葬式か法事だと思ったもの」

 新郎新婦が入場していきなり始まったのが阿弥陀経だったのか。あれって結構長いし、お経だから陰気になるしかないだろ。

「讃美歌とは大違い」

 気持ちはわかる。

「指輪の交換もなくて、数珠もらうってなんなのよ」

 浄土真宗の仏前式でも指輪の交換をしても良いらしいのだけど、やらなかったのか。

「誓いの言葉だって、

『今夫婦となりたる上は、いかなる苦しみも楽しみも分かちあい、信心決定の大益を獲るまで、夫婦そろって聞法に精進する事を如来聖人の御前に誓います』

こんな感じだったもの。なんか頭剃られて坊主にされるんじゃないかと思ったぐらい」

 チサなら尼さんだけど、結婚式の感動には遠いよな。

「でさぁ、法話までやりやがるのよね」

 結婚式に法話はテンション上がりようがないよな。

「そのくせさ、三々九度はあるんだよ」

 あれって神道の作法だと思ってたけど、浄土真宗の解釈として古来からの作法だからOKなのか。その辺はわからんな。

「トドメは出席者による恩徳讃の大合唱。棺桶に入れられて焼き場に連行されるんじゃないかと思ったぐらい」

 チサも言い過ぎだと思うけど、気持ちはわかる気がする。とくにチサはロマンティストだから、あれこれ結婚式に夢を持ってたはずだもの。仏前式が一概に悪いと言う気はないけど、他の式を選べるのなら避けたいよな。

「というかさぁ、誰がわざわざ選んでやるものか」

 チサの仏前式への憤懣はそれこそ一から十までの勢いなんだけど、その中でとくにとなると、

「仏前式も嫌いだけど神前式も嫌だ」

 チサは白無垢だったんだよな。神前式だって披露宴になればウェディングドレスへのお色直しはありだとは思うけど、やっぱり着たかったんだと思う。なんだかんだと言っても女の晴れ姿だもの。

 チサなら白無垢だって良く似合うとは思うけど、ウェディングドレスならなおさらの気がする。問題はお互いがバツイチである点になるはず。ここなんだけどウェディングドレスが白なのは欧米でも大昔からそうではなかったらしい。

 イギリスのヴィクトリア女王の結婚式と言うから一八四〇年になるけど、この時にヴィクトリア女王が白のウェディングドレスを着たことで、誰もがこれにあやかりたがって今に至るってな話があるそうだ。

 この辺も異説はいくらでもあって、中世の喪服は白だったそうで、それを避けるために黒っぽいウェディングドレスが主流だった時代もあったらしい。喪服みたいな色を着て結婚式は変だものな。

 白が復活したのはスコットランド女王のメアリー・スチュワートからの説もあるけど、メアリー女王はエリザベス一世と激しく争って殺されてるから、個人的にはそこから広がったものとは考えにくいと思ってる。

「チサもヴィクトリア女王説にしたいかな」

 起源はともかく花嫁が純白のウェディングドレスを着るのは常識なんだけど、花嫁が再婚の時はどうかの意見も分かれているところがある。この辺は純白に込められた意味合いが、清楚、純粋、純潔があり、純白のウエディングドレスを身にまとうことで、

『私は穢れなき、清らかな体です』

 これを体現しており、再婚者になるとそうは言えないから遠慮すべきの考え方らしい。だから純白じゃなくクリーム色とか、薄いベージュとか、微妙なグレーならなお良いとかする意見もある。

「だったらチサはブラックね」

 そんなもの誰が着させるか! とはいえ別の考え方もある。今どきだから離婚も再婚も珍しいとはとっくの昔に言えなくなってる。だから純白への考え方として、

『リセット』

 この考え方もあるってことだ。そうだな、再婚するから再び真っ白な気持ちになるぐらいの意味合いで良いと思う。極論すれば結婚式に何を着るかも当人の自由だもの。ただ社会的制約の部分はあるとは思う。

 さっきの再婚の時のウェディングドレスの色だけど、あの考えの大元として再婚は恥ずかしいものがあると思うんだ。恥ずかしいものだから華やかさをなくし慎み深くあるべしぐらいで良いと思う。

 こういう考えを持つ参列者がいて、なおかつ声が大きいタイプなら、せっかくの結婚式も披露宴も台無しにされかねない。なぜかわからないけど、そういうケチをつけるのが出てくるのも結婚式なんだよな。

「あるあるだ、ご祝儀返し一つにも何年もぐちゃぐちゃ言うのはいるもの」

 披露宴の料理とかもな。

「だからフォトウェディングだ」

 その手もあるけど、ボクはチサのウェディングドレス姿を見たい。もちろん純白だ。幸いなことにボクたち以外に誰も出席しないから文句を付けるやつなど心配する必要もないからな。

「それにチサだって白くなれる方法を見つけたもの」

 余裕で色白だけど、

「そうじゃなくて、チサの体の中身だよ。いくらコウキに言ってもらっても、どす黒く穢れてるのは間違いない」

 チサが穢れてるものか。

「でもね、白くは出来るのよ。コウキの白で染め直してもらえば白くなれる」

 だからまだ真昼間だって。もちろんそれでチサが白くなれると思うのなら命を削ってでも頑張るからな。結婚式のウェディングドレスも重要なのだけど、それより重要なことが二人にはある。それは入籍だ。結婚式と入籍はセットみたいなものだけど、式と入籍の前後関係はカップルによって様々なんだ。

「チサの時は先だったな。コウキは後だったんでしょう」

 まあそうなんだけどチサとの場合はまず入籍だ。チサに逃げられないようにするのも無いとは言えないけど、それよりチサを安心させたい方がはるかに大きい。だから天橋立の二人の初夜でもなんとかチサの返事を取ろうと懸命だったもの。

「だったよね。あそこまでされるとは思わなかったもの。だってだよ・・・」

 それを言うな。ああなってしまったのは段取りをしくじったんだよ。抱く前に返事を聞くべきだったけど、チサがさっさと脱いじゃったから頭に血が昇りすぎて、

「頭だけじゃなかったよ」

 それも言うな。ああなってしまったから、返事を聞くより始めてしまったんだよ。あんなものどうしようもないじゃないか。

「そうだったんだ。コウキって女をああさせて返事をさせるのが趣味だと思ってた」

 どんな趣味なんだよ。入籍の話は何度か持ち出しかけてはいるのだけど、チサは先延ばしにすると言うか、その話から逃げようとする気配があるんだよね。

「そんなことないよ。同棲経験をもうちょっと楽しみたいだけ」

 やっぱり過去に拘ってるんだろうな。

「そうじゃないって。あんなもの紙一枚の差で変わらないじゃない」

 変わるよ。今は同棲とはいえ親密な恋人同士に過ぎないじゃないか。これが入籍したら国家公認の夫婦になれる。これは戸籍上のことだけど、ボクがチサを幸せにする契約書でもある。これほど重要な契約が他にあるか。

 チサは言葉では結婚を了承しているけど、公式の妻になるのを避けて、セフレとか愛人程度で逃げようとしていると感じてる。やってることは夫婦同然だけど、ボクとの関係をいつでも終われるようにしているはずだ。

 そんなものを許してなるものか。ボクに逃げ場はいらない。天橋立でチサと結ばれた瞬間に決めたことだ。だからチサが逃げたくても逃げられない状況に追い込んでサインさせてやるんだ。