ツーリング日和19(第23話)五百羅漢

 まだ肌寒いけど春になってきたからツーリング再開だ。いつものコンビニ駐車場で待っていると、

「だいじょうぶ?」

 正直なところ自信がないんだよ。とにもくかくにも行ってみるか。とりあえず山麓バイパスから西神中央まで行き、さらに国道百七十五号バイパスに。ここまでは何度も来た道だけど、ここから北上。

「加西って国道が走ってないのね」

 そうなんだよ。地理的には社の、

「加東市よ」

 それじゃ、わからんだろうが。滝野というより社の西側なんだけど、国道一七五号バイパスを下りて直通って道がないんだよな。

「どうして」

 知るか! これじゃ愛想ないか。こんなもの想像の塊だけど、まず加古川がある。この辺でもそれなりに川幅があるけど、まずこれを渡るのが厄介だったのはある気がするな。

「そっか、橋が無いと渡れないものね」

 この辺も主要街道が通っていたら橋なり、渡し場が出来たと思うのだけど、

「なるほど! 国道って昔の街道に作られるのは多いはずよね」

 播磨の主要街道は古代からなら山陽道だし、江戸時代なら西国街道になるじゃないか。だからネットワーク的には他のローカルな街道もまず西国街道を目指した気がするんだよ。

「今なら地方道と高速を結ぶ感じかな」

 ああそうだ。たとえば因幡ぐらいから播磨に入った街道も姫路を目指して西国街道に入っていたはずなんだ。今でこそ中国道が東西に貫いてるけど、江戸時代にはそんな道はなかったからね。

「なるほど姫路ぐらいから加西を目指して来る街道はなかったってことね」

 たぶんだけどね。さらに加古川の存在がある。大きな川だから渡るのも大変なのもあったろうけど、一方で河川交通路でもあったんだ。加古川の水運を使えば河口まで行けるし、そこまで行けば陸路なら西国街道に行けるし、さらに瀬戸内海の海路だって使えたはず。

「そっか、加西から加古川の東岸に渡ってもさしてメリットがなかったぐらいか」

 全部推理だぞ。他人に能書き垂れて恥かいても保証しないからな。そんな事を話しているうちにあった、あった。バイパスを下りて国道三七五号線に入るぞ。ここはまだ良いのだけど国道三七五号は加西市内に行くのじゃなくて、

「北条鉄道の法華口の駅のところに行っちゃうのよね」

 そうなんだ。だからどこかで右折しないといけないんだよ。県道三七一号になるのだけど、

「あれじゃない。加西市内って書いてあるよ」

 良かった見つかった。そのまま道なりに進めば加西市内に着くはずだ。県道三七一号はそのまま県道二十四号になるはずだけど、そこから中国道の側道みたいなところに行くためにどこかで右折しないといけないのだけど、

「目印とかは?」

 信号になっていて向かいに三井住友があって右手にサンルートがあるはず。

「あれじゃない」

 なんにも道路案内がないなぁ。それでも中国道が見えてきたからここを左折して、

「次は」

 ナビには五百羅漢の巨大モニュメントがある角を曲がるってなってるけど、

「あれなのかなぁ」

 えっ、どこどこ。ボクが見えたのは右手の五百羅漢の看板だけど、

「ほら歩道のところよ」

 あれが巨大モニュメントかよ。巨大っていうからモアイ像ぐらいあると思ってた。

「ここの駐車場みたいだよ」

 観光地図の看板もあるし、

「あれってそうじゃない」

 土塀の向こうに五百羅漢みたいなものも見えるものな。バイクを停めて、たぶん南の方に入り口があるはずだけど、

「あそこだよっきっと」

 みたいだな五百羅漢のレプリカみたいなものも置いてある。

「ここも久しぶり」

 ボクもだ。北条五百羅漢は小学生ぐらいで配られる県内の産業観光地図みたいなものに必ず出てくるぐらいの名所だったもの。そういうところって小学生ぐらいの遠足で行きそうなものだけど地域が微妙にずれてたのか行かなかったな。

「チサもそうよ。学生の時に初めて行ったけど、なんだこれって思っちゃった」

 ああそれわかる。ボクも同じようなものだよ。とにかく五百体もあるって言うから広いところに点在してるのかと勝手に想像していたら、

「あんなところにビッシリ並んでるんだもの。それとだけど、お世辞にも良く出来た石仏と言いにくいじゃない」

 素朴ってよく解説されてるけど正直な感想はヘタクソだったもの。

「でもさぁ、この歳になって見ると・・・」

 ボクもそうだ。このヘタクソさがなんとも言えない味に感じてしまうんだよ。巧まざる技巧とまで言わないけど、

「児童画の良く出来たものぐらいかな」

 そんな感じかもしれない。子どもの作品にも傑作はあるじゃない。子どもの作品だから技巧なんてないけど、その作品になんとも言えない魅力を感じてしまう感じにちょっと近いかもしれない。

「この羅漢像を彫った人の気持ちが伝わるとかね」

 でもさぁ、そう感じれるようになってしまったのは。

「やだよ。お迎えまでまだ時間はあるはずよ」

 時間か。これはボクには重い言葉だな。ボクの大腸癌はステージ2Aだ。ハイリスクグループになってるけど、術後ケモもしたから五年生存率で九十五%ぐらいはあるはずなんだ。これが患者相手ならだいたい治るって思うよ。

 だけどさ、自分のことになると見方が変わってくる。九十五%が治ると見るのじゃなく五%は死ぬとどうしたって見えてしまう。五%って言ったら二十人に一人だもの。こんなもの数字遊びみたいなものだけど、賭けられているのが自分の命なのがなんともやりきれない。

 癌は難病なのは百も承知だけど、自分が患者になるとホントに厄介な相手だと良くわかるもの。医療は進歩してるけど、それでも再発したらまずダメだ。これもデータで知っている。だけどさぁ、どこで治ったのかの検査の区切りがある病気じゃないんだよ。

 ボクの場合は原発巣を完全に摘除は出来ているしリンパ節転移も確認されていない。だけどさぁ、このリンパ節転移の有無も確率論みたいなものなんだ。あれって、郭清されて確認されたリンパ節に転移が無かっただけの話だもの。

「それって、取り残されたリンパ節に残ってる可能性があるとか?」

 そういうことだ。だからリンパ節転移の有無の判断は取り出されたリンパ節の数で評価されるところがある。多く取るほど見逃しが減るって理屈で良いだろう。だいたい十個ぐらいが目安になるけどあくまでも確率論だ。

「だから定期的に病院で検査してるんだよね」

 あれだって限界があり過ぎる。CTだって画像に確認された頃には再発確定だよ。癌マーカーだってアテになるものか。この辺ももちろん研究はあれこれ進んでいて、より精度の高い癌マーカーを使えるようになる可能性も出ては来ているようなんだ。

 これが本当に実用化されたら癌の治癒判定に使えたり、術後ケモの必要性の有無だけじゃなく、どこまでケモが必要の判定にまで使える可能性も出てくると担当してくれた腫瘍科医は話してたよ。

「その検査は受けられないの?」

 だから実用化されたらの話だって。この手の話は先端医療をやっていたら周期的に出てくるけど本当に実用化されたのは本当に少ないんだ。たとえ実用化されても謳い文句ほどの精度がなかったり、それ以前に消え去ってしまったものいくらでもある。ちなみにだけどその癌マーカーの話だって順調に実用化されて十年後ぐらいだってさ。

「十年・・・」

 医学に限らず研究なんてそんなものだよ。

「コウキは助かるに決まってる。チサが保証する」

 ありがと。今のボクに出来ることは待つことだけだけど、まだ死にたくないからな。生きて何をしたい訳じゃないけど、

「チサを頑張って満たすはどう?」

 そんな目標があれば再発しないかも。

「そんなもので良ければ今から頑張りに行こうよ」

 あのな、頑張ったから再発しないんじゃないのだから。チサさんと頑張れば再発しないのなら死にもの狂いで口説き落としてるし、全身全霊を込めて頑張りまくるに決まってるじゃないか。

「それってチサ相手でも頑張れるってこと」

 当然だ。そんなもの癌関係なしに無限に頑張れるに決まってる。残りの人生がそれだけであっても何の後悔もあるものか。そんなことはともかく次の難題に挑もうか。

「あのね、チサと頑張れるかどうかを『そんなことはともかく』は失礼でしょ」