ツーリング日和14(第8話)女神への依頼

 その人とは知り合いではあるけど、なんでも頼めるほどには親しいとは言えない。あくまでもコトリさんやユッキーさん経由で知り合っただけだものね。そうなるとコトリさんやユッキーさんに連絡を取って相談しないといけないんけど、

「あの人たちも二面性があるものね」

 あり過ぎなんだよ。ツーリングで出会う時はフレンドリーで、優しくて、親切で、仲間思いで、楽しい人たちなんだけど、本業の時は、

「稀代の策士、氷の女帝だものね」

 そう、あのクラスの人間となると会うのにもアポは必要なんだけど、そのアポを取るのさえ途轍もないハードルがある。

「さすがにエッセンドルフ侯爵様でもね」

 たった五万人の小国で、日本でだって知っている人が少ないぐらいの小国だもの。世界の大国に数えられる大統領や首相でさえ、

「会うのに一苦労って言われてるものね」

 それぐらい多忙らしい。ツーリングの時は休みを取って出かけてるのだけど、その休みを大事にする姿勢は、こっちの常識を覆してしまうぐらい。ユリの時はウィーニスの追手がいたり、拉致されていたお母ちゃんの奪還作戦までしてくれたけど、それだけの事をしておきながら、

「ツーリング・スケジュールは殆ど変更していないのじゃない」

 あくまでもツーリング中の片手間で、なにがあってもツーリングは楽しんでやるって感じだったもの。もしツーリング自体を邪魔する者が現れたりしたら、エレギオングループを挙げてでも排除しそうだった。これは旅の仲間との集まりの時に他の人に聞いても同じような話だったもの。

「頼めたの」

 そんな二人に比較的コンタクトを付けやすいのがコウなんだ。亜美さんが、

「どなたですか」

 ユリの婚約者だよ。コウは今では世界的なピアニストだけど、元はストリートピアノを弾いていた人で、その才能をユッキーさんに見いだされ、壮絶なレッスンを受けてジュリアード音楽院に送り込まれてるんだ。

 その時に、なんとあの三十階で特訓を受けていたとか。コウに言わせれば監禁状態みたいなもので、逆らったりしようものなら、それは恐ろしい罰を情け容赦なく下されたとか。

『あの頃はヤンキーピアニストだったからね』

 相当どころでないぐらい生意気で腕っぷしにも自信があったそうだけど、そんなものを粉々にするぐらい強烈だったとか。具体的に何をされたかは、

『これはユリにも話せないことになっている。でもあれでボクは変われたから感謝してる』

 ヤンキーピアニスト時代の写真は見せてくれたことがるけど、あれは引いたよ。まるで絵に描いたような街のチンピラだったもの。あんなコウをよく拾い上げて育てる気になった方にかえって驚くぐらい。

 三十階と言えばエレギオンの女神の住処なんだけど、夢前専務や、霜鳥常務とも親しいらしくコウに言わせれば、

『ユリはツーリングを一緒にした旅の仲間だけど、あの二人にはそれとは別に三十階のメンバーと呼ばれる女神の仲間たちがいる。ボクはそうだね、自分では準メンバーぐらいに思ってる』

 というか、ユッキーさんと個人的に親しいぐらいかな。コウから連絡があって、

「食事をしながら相談に乗りたいから、亜美さんも一緒に連れてきて欲しいって。それと悪いけどボクは東京の仕事があるから失礼させてもらう」

 そりゃ、抜けられないよ。国立劇場でリサイタルだもの。そういう人たちとの食事だから、ウルトラリッチな高級レストランって思っていたのだけど、

「ユリ、久しぶりやな。元気しとったか」
「駆けつけ一杯よ。生中持ってきて」

 指定されて来た店は居酒屋。よくもまあ、こんな店を知ってるものだ。

「なに言うてるねん。居酒屋はサラリーマンの明日への活力源や」
「美味い、早い、安いの最高の店よ」

 こういうのを見てると稀代の策士とか、氷の女帝が信じられない時があるのよね。

「こっちが亜美さんか。コトリや」
「ユッキーと呼んでね」

 そこから亜美さんに起こったこと、北井本家の様子なんかを説明したんだけど、

「福井の北井か」
「あんなところとユリが親戚とはね」

 さすがに知っているに感心した。そこから亜美さんにあれこれ聞いていたのだけど、

「なんやその課題」
「レポート百枚って高校生にあり得ないよ」

 ユリもそう思った。変な教師もいるもんだし、逆らえない生徒は可哀想だ。

「ほいでも金ヶ崎の退き口か」
「ちょうど良いのじゃない」

 なにがちょうどなんだよ。

「ほいで尻啖え孫市か」
「鯖寿司にぴったりじゃない」

 どこがだ! こいつらの考えてることはわからん。関係ないだろうが。そんな事より本題なんだけど、

「都合付けといた」

 さすがだ。

「わたしたちも行くからね」

 そこまでと思ったけど、

「行くことに意義があるや」

 そういうことか。ここで、

「ユリも来てや。亜美さんと一緒にツーリングや」

 あのね、亜美さんはまだ高校生でバイクの免許なんかもってないでしょうが。

「中型以下やったら十六歳から取れるで」

 だから、今だって高校生が二輪の免許を取るのはあれこれウルサイのは常識でしょうが。

「そやからユリもや」
「わたしたちのバイクじゃタンデム出来ないのよ」

 だからユリだって言うの。でも仕方がないか。こっちからお願いしてるのだから、これぐらいは聞かないと。でもタンデムするならコウの方が、

「フィアンセやろ」
「しっかりしなさいよ」

 対決日はその日なの! その日ってシドニーのオペラハウスでシドニー交響楽団とピアノ協奏曲を弾く日じゃない。あれをキャンセルに出来るはずがない。コウが海外で演奏するのは珍しいのだけど、それこそ何年越しかで頼み込まれてのものだもの。

 ユリの願いならコウならキャンセルしかねないけど、そんな事をすれば楽しみにしているシドニーの人に悪いし、ユリだって身内のこんな下らない問題にキャンセルさせる気は毛頭ない。