ツーリング日和14(第7話)ママンの猛威

 ユリの家にいる限り亜美さんに北井本家は手を出せないのだけど、ユリの力では北井本家を抑え込めないのよね。いくら大使だ、侯爵だと言っても北井本家にしたら聞く必要もないぐらいの関係だもの。お母ちゃんも、

「北井本家から見ればうちなんて分家の果てみたいなものだし」

 こんなことで日本政府を動かしたくないし、そもそも動いてくれるとは思えない。だからと言って、いつまでも亜美さんをいつまでもうちに匿っておくわけにも行かないのよね。

「学校もあるものね」

 にらみ合いの籠城戦は亜美さんにとって良くないのもわかる。こうなると大学卒業したての小娘とエロ小説家では手に負えないとこはあるのはたしか。そうこうしながら数日が経った時にお母ちゃんに電話があった。

 電話の相手は従兄弟叔父の道夫さん。やっぱり本家に連れていかれて、実質的な監禁状態になってたようだ。なんて言うか亜美さんの問題で北井本家から吊るし挙げの尋問状態にされていたみたい。

「まあそうなんだけど・・・」

 北井本家は古臭い家だし、考え方も何時代の人間かみたいなところがあるけど、さすがにそのままでは北井グループの経営はできないぐらいで良さそう。まあ、そうだよね。男尊女卑の女性蔑視一辺倒じゃ倒産するよ。

 だから今回の問題の本質はママン大好きロリコン男の三男坊である晋三郎と、そのお袋さんの悪魔タッグになるで良さそう。とくにママンであるお袋さんの北井本家での発言力が大きいそう。もしかして、こういうタイプって、

「そうなのよ。気に入らない事があればヒステリーを起こして逆上しまくるから、誰も逆らえないで良いよ」

 いくら男尊女卑の世界と言っても親子関係は別物のところがある。夫婦関係もまたそう。それだけじゃなく、ママンの結婚はある種の政略結婚。北井グループより大きなところとの業務提携強化の一環ぐらいかな。だからママンのバックにはママンの実家の力が背景にあるぐらいの理解で良さそうだ、

 そんなママンのヒステリーの猛威は、旦那さんも北井本家でも、まさに腫物に触れるより厄介ぐらいの存在だって。

「事実上の女帝みたいなもの」

 ヒステリーの女帝だってか・・・お母ちゃんも知ってるようだけど、そりゃ凄まじいそうで、旦那さんも息子さんも手が付けられないからスルーして知らん顔をするそう。想像するだけでゾッとする。だから道夫さん糾弾会も、始まった時にはママンの大噴火状態だったらしい。

 でもさぁ、冷静に考えてみれば、問答無用で横車を押しまくったのはママンなんだよね。そうなんだよ、北井本家の総意じゃないってこと。ここも微妙なんだけど、ママンの意向だから誰も表立っては反対したくないぐらいの状態かな。誰だってママンのヒステリーの噴火のとばっちりを受けたくないんだろ。

 ぶっちゃけの北井本家の本音で言えば、あのまま道夫さんが了解し、亜美さんが受け入れてくれたら、ママンの機嫌も損なわないし、本家的には丸く収まって欲しかったぐらいの空気で良さそうだ。

 だけど道夫さんも亜美さんも拒否の姿勢を明確にしてるし、拒否する理由も正当というか当たり前なんだよね。こんな横車をさらに強行すれば、北井本家が後ろ指をさされ、北井グループの悪評につながるぐらいの認識でまとまって行ったぐらいかな。

「だけどね、そうなると、どうやってママンを収めるかが大問題になっちゃうのよ」

 北井本家での糾弾会は、ママンの大噴火が息切れし始めたところから事態の収拾に動き出したぐらいの展開だったで良さそう。まずは改めて道夫さんの説得が行われたらしい。あれこれ交換条件の提示もあったみたいだけど、

「それが北井本家に取って、一番角が立たない収め方だからね」

 だけど道夫さんが受け入れるはずもないし、こんなムチャクチャな結婚話を無理やり押し付けるのも、ましてや報復のために資金援助を引き上げ、道夫さんの会社を倒産させてしまうのは無理筋過ぎるの結論に速やかに達したそう。そりゃ、そうだろ。

「そこからも大変だったみたいよ」

 そうなればママンの説得になるだけど、そんな事をすればママンの逆鱗に触れることになるから、桜島どころか、阿蘇山大噴火みたいな状態になり、

「だからここまで時間がかかったらしい」

 ママンのお相手をした人に同情したくなる。でもママンが納得なんて良くしたな。

「ママンは無理だと判断して、晋三郎説得に切り替えたんだって」

 ママンと晋三郎は悪魔タッグではあるけど、晋三郎のお願いならママンは聞くぐらいの関係ぐらいに理解したら良いのかな。晋三郎だって甘やかされて、わがまま放題に育った出来損ないみたいなものだけど、

「ママンみたいにヒステリーの大爆発で、話し合いも何もならないよりマシぐらいの判断みたいだよ」

 聞いてるだけでウンザリさせられるけど、これも大仕事だったみたいで、晋三郎とある程度話を進めても、そこにママンが乱入してきてぶち壊すんだって。こんな賽の河原の石積みみたいな作業を何度も何度も重ねたっていうから、そりゃ時間がかかるよ。

「転機が訪れたのは・・・」

 はぁ、大爆発を繰り返し過ぎたママンが倒れて病院に担ぎ込まれて入院したからだって。こうしてタッグパートナーを失った晋三郎の説得に専念できたようだけど、こっちはこっちでヒステリーの爆発こそ起こさないだけで、

『亜美はボクちゃんの花嫁だ』

 ここからテコでも引かない姿勢で徹底抗戦だったらしい。もっとも根拠はママンが認めてるからだけどね。ただヒステリーの大爆発がない分だけ、あれやこれやと言いくるめる手立てが出来たのは出来たみたいだけど、最後の最後に、

「それでもあんなものを晋三郎がよく知ってたものだよ」

 とにかく古い家だから家訓があるんだって。それはあっても不思議はないけど、家の中の争いごとの収拾が付かなくなった時には、決闘で決着をつけるってなんだよそれ、

「北井家も江戸時代は造り酒屋だったけど、戦国時代は武士だったからだそう」

 この決闘での決着は江戸時代には幾度もあったとか。ただ武家じゃなくて商家だから得物を使っての殺し合いだとか、素手の殴り合いは相応しくないとなっていって、

「今でもあるのはあるんだよ。期間を定めての営業成績で競うとか」

 それならわかる。でもこの場合はどうしたんだ。

「決闘はあれこれ変遷とバリエーションがったのだけど、双方が代理人を立てるのものがあったのよ。それを晋三郎が持ち出して来ちゃったのよね」

 この紛争って関わっている当事者は真剣だと思うけど、離れて見れば何をやってるかにしか見えないよ。もっとも被害者の亜美さんがうちに逃げ込んで来てるから他人事じゃないのだけどね。ところでその代理人同士の決闘って具体的にはなにをやるの?

「だから道夫さんから電話があった」

 決闘の種目は将棋だって! こんなものどこから思いついたのだろ。

「それはわからないけど、ここで重要な点は・・・」

 晋三郎は亜美さんに執着しきっているのが大前提で、あくまでも横車を押したかったはず。これがママンが入院してしまったから、このままでは、北井本家をバックにしての亜美さん寄越せが出来なくなりそうぐらいは理解したと見るのか。

「だけどね、晋三郎が勝ったらどうなるかなのよ」

 道夫さんはそれでも反対を貫くと思うけど、

「北井本家は晋三郎の意向に従わざるを得なくなる。そうなれば会社を潰すか、亜美さんに因果を含めて送り出すかの二択にまた迫られちゃうじゃない」

 こんな選択は嫌だ。ちょっと待ってよ、そうなるとだよ、最後の最後に代理人による将棋勝負を持ち出したということは、

「絶対に勝つと思ってるからよ。だから道夫さんは相談して来たの」

 絶対に勝てる勝負と踏んでるから将棋を持ち出したはずで、それだけ将棋が強い人を代理人に立てられるアテがあるってことか。

「こうなったらママンも動くだろうし」

 将棋が強い人ってどれぐらいだろう。県学生名人みたいなアマ強豪を雇うつもりなのかなぁ?

「代理人に制限はないからプロだってOKなんだよ。それだけの自信ならプロの可能性も考えておいた方が良いかもよ」

 将棋のプロだって! 将棋はプロとアマの差が大きい競技って聞いたことがあるから、プロなんて出て来たら大変な事になっちゃうよ。とは言うものの亜美さんの命運が懸かってるからなんとかしないといけないけど、

「ユリ、誰か強い人を知らない?」

 これは負けられない、いや必ず勝たないといけない勝負だ。でも相手は最悪プロの可能性まであるじゃない。どんなプロが相手でも絶対に勝てる人は一人知ってるけど、どうやってこんなしょうもない勝負に出てもらえるかとなると途方に暮れそうだ。