ツーリング日和4」(第23話)茅葺屋根の家

 朝は珍しくゆっくりしてた。朝食は八時からだったし出発は九時だもの。

「行くで」

 棚橋川沿いを南に下り、今度は由良川沿いを東に走って行くと二十オ分ほどで到着。なるほど、ゆっくり宿を出るわけだ。川沿いの駐車場にバイクを駐めると。

「歩きや」

 バイクでも行けそうと思ったけど。

「こういうところは歩いてこそよ」

 でも見事に茅葺きが残されてる。それも一軒だけじゃなくて、集落全部がほぼそうだよ。

「ちゃんと住んで使ってるのがエエんよ」

 家ってのは人が住まないと短期間で荒れるんだって。ここも観光の目的もあるだろうけど、ちゃんと茅葺屋根の家を維持して暮らしているのだもの。茅葺屋根を維持するのは大変って聞いたことがあるけど、

「今と昔じゃ感覚が違うからね」
「昔は茅葺屋根の方が安くて耐用年数が長かったからな」

 屋根と言えば瓦葺がまず思いつくけど、他にもスレート瓦とかガルバリウム鋼板とかも聞いたことがある。言い出せば切りがないけど、

「昔なら茅葺、瓦葺、板葺、檜皮葺かな」

 檜皮葺は神社とかで見ることがあるけど、檜の皮を重ねて屋根にしたもの。

「檜皮葺は今も昔も高価だけど、瓦葺も高かったんだ」

 瓦が高かったんだろうな。でも瓦なら半永久じゃないの?

「大昔の寺院の屋根なら千年以上前の瓦が残っていたりするけど、あれは例外的なもので、そうだね、五十年ぐらいが目安かな」

 スレート瓦とかガルバリウム鋼板もそんなものらしい。この辺はとくに瓦なら品質が大きく左右するらしくて、他にも使用環境なんかもあるらしい。そんなこんなを合わせて五十年ぐらいが一つの目安ぐらいで良さそう。

「まあ、今の家なら五十年で十分じゃない。メーカーは百年とかも謳ってたりするけど、屋根以外の部分がそんなにもたないよ」

 言われてみれば。よほどのお屋敷ならともかく、普通の一戸建てで百年健在のところは珍しいよ。ビルだって五十年もすれば老朽化から建て替えの話が出るものね。瓦葺は贅沢品の時代が長かったみたいだけど、町家にも普及し始めたのは江戸時代からだって。

「原因は火事だよ。何度も江戸が大火に見舞われたのが始まり。板葺きや、茅葺じゃバンバン飛び火していくから、政策的に瓦葺が推進されたぐらい」

 それだけ町民も力を付けてたのと、大量需要でコスト・ダウンも起こったぐらいかな。

「それでも瓦は高かったのよ。でも家となると屋根がいるじゃない」
「茅葺と比較されたのは藁葺やろな」

 藁葺屋根は時代劇でもポピュラーな気がするけど、茅葺となにが違うのだろう。

「材料よ。藁葺は稲じゃない。でも茅葺は葦とか茅なのよ」

 稲の方が入手しやすかったけど、藁葺屋根は五年ぐらいしかもたなかったと聞いてビックリした。

「大雑把に言うと藁葺でも茅葺でも葺き直す手間は同じなのよ。だけど茅葺なら二十五年ぐらいはもつのよ」

 藁葺の五倍か。ユッキーさんは二十五年の評価を一代毎の感覚って言ってた。家を継いだら葺き直すぐらいの感覚でも良いと思う。今なら家を買う感覚に近いかも。

「だいぶ違うよ。茅葺の葺き直しと言っても、材料費も人件費も昔はロハに近かったからね」

 材料の葦や茅は自生しているものを刈り取ってくれば調達できるし、葺き直し作業も集落の共同作業だったんだって。この辺はお互い様だから、労働奉仕の助け合いみたいな形態だったと見て良さそう。

 茅葺は瓦葺に較べると耐用年数は半分ぐらいかもしれないけど、屋根を作るのも、維持するのも格段に安かったから、コスパなら茅葺になったのが昔だったんだ。

「今は違うよ。葦や茅を河原で調達するのさえ難しくなってる。さらに村落の共同作業で葺き直す慣習も廃絶寸前みたいなもの」

 村落自体に葺き直す力も技術やノウハウも失われると専門業者に依頼するしかなくなるけど、

「まずは一千万円かな。条件によっては二千万円ぐらいになっても不思議無い」

 ひょぇぇぇ、そんなにするんだ。家が建っちゃうじゃない。だから元は茅葺の家でも瓦葺にしたり、鋼板葺にしてしまってるんだ。コストが桁違いだよ。茅葺の良いところってなんだろう。

「保温性、断熱性、通気性だよ。ごく単純には夏は涼しくて、冬は暖かいよ」

 ユリにもそんなイメージがあるけど。

「これも今なら大したメリットじゃない。そういうのがメリットなのは前提がエアコン無しだから」

 た、たしかに。ここでコトリさんが、

「今の茅葺は二十五年ももたへんやろ」

 やっぱり材料の質の低下とか、伝承技術が失われたから?

「ちゃう、ちゃう、囲炉裏の差や」

 長崎温泉にもあったけど、あれって暖房になったり、自在鉤で鍋を吊るして料理に使ったり、夜は照明代わりに使ったりじゃ。

「ユリの言う通りやけど、日本の伝統家屋は排煙に不熱心やねん。むしろ煙を家の中に籠らせようとしてるんよ」

 言われてみれば、西洋の家には煙突が付き物だけど、日本の古い家に煙突が突き出しているのは見たことがない。

「そうするのは保温の意味もあるけど、煙を籠らせることで家を燻製にしてるのもあったんや」
「コトリ、それって逆だよ。保温のために煙を籠らせたら、家が結果として燻製になっただけ」

 日本の古い家って黒光りしているイメージがあるけど、あれって燻製の結果なんだ。そういう燻製効果は屋根だけじゃなく家屋全体の耐久性を増したぐらいかな。今は茅葺屋根でもエアコンを使うから、燻製効果がなくなり耐久性が落ちてるのか。

「とにかく日本の家は寒かったのよ。囲炉裏って暖かそうな印象があるかもしれないけど、あれだけで家が暖まるわけないじゃない。あんな構造だから、バンバン燃やせば家が火事になるもの」

 西洋の暖炉と較べて格段に性能は低いんだって。だから少しでも熱気を逃さないために煙まで家に籠らせたのか。日本人の知恵だよね。

「ユリ、そうじゃない。それは負の側面よ。家の中に煙を籠らせて体に良いわけないじゃない。ずっと煙を吸って暮らすことになるじゃないの」

 あっ、そうだった。煙なんか吸い込んだら蒸せちゃうよ。

「だから昔は呼吸器系と言って、肺の病気が多かったんだよ。それだけじゃなく、換気が悪いから病気の温床みたいなもの」

 結核が多かったのもそういう構造が一因だったとか。まさに光と影だよねえぇ。そうなってしまったのは、色々理由があるだろうけど、日本に四季があるのも大きいんだって。

「西洋にも四季に近いものはあるけど、とくにヨーロッパで重視されたのは冬だよ。長いし寒いじゃない。家の構造もどうやって冬を生き残るかに重点が置かれたんだ」

 これはなんとなくわかる、

「日本の冬だって寒いけど、夏だって暑いのよ。日本で重視されたのは夏の暑さをいかに凌ぐかに重点が置かれたのが大きな違いだと思ってる」

 人は気候風土に合わせて暮らすもの。たとえば熱帯だったら、雨露を凌ぐのと、暑さ対策しか考えないだろうな。日本では夏の暑さと、冬の寒さがあるけど、より夏の暑さを重視した結果がこうなったのかもしれない。でもさぁ、でもさぁ、両方対策しても良いじゃない。

「そうしなかったしか言いようがないよ。この辺は木造建築だから火事対策を重視したのかもしれないけどね」

 エアコンが普及して、家での暑さ寒さ対策から解放されたのが今ってことか。その方が快適なのは間違いない。

「それでもモロに暑さ寒さと対峙するバイク乗りはおもしろいよ」

 これは良く言われる。春とか秋の天気の良い時は、気持ちよさそうに見られることもあるけど、夏とか、冬には、

『良く乗れるのものね』

 これぐらいは褒め言葉のうちで、

『マゾなの』

 ここまで言うのもいる。まあ、言い返したくとも適当な言葉がないもの。

「快適性を追求するのは人間のサガみたいものだけど、あえてそれに逆らって、他の価値に重きを置く生き方も必要だと思うよ」

 そう思うからバイクに乗ってるんだものね。もっとも夏は暑くて熱中症になりそうになるし、冬は寒くて凍死しそうになるのは否定しないよ。でもね、でもね、それが嫌なら乗らなきゃイイじゃない。

「あははは、そういうこと。別にバイクに乗らなければ暮らしていけないものじゃない。乗りたい人が楽しむのがバイクだよ」
「そうや、バイクとクルマは違う乗り物や。クルマは誰でも乗れるような道に進んだけど、バイクは乗りたい奴が乗るもんやで」

 それで良いと思う。