ツーリング日和4(第24話)ストリート・ピアノ

 歩きながら茅葺の里を見てまわっていたんだだけど、

「ユリ、ここも見ておくよ」

 コトリさんたちが入ったのは民俗資料館。正直なところユリは気乗りしなかった。だって民俗資料館って、昔の道具とか展示してあるけど、あれってガラクタの展示に見えちゃうのよね。

「そう言うな」
「意外な掘り出し物があるかもしれないでしょ」

 ここも立派な茅葺屋根の家だけど、これって、

「ここはな、古民家を移築したもんやそうやけど、火事で燃えてもてるんよ」
「だから昔のままに建て直したものなの」

 だから新しいんだ。へぇ、新築の茅葺屋根の家なんてなかなか見れないかも。外見はそれなりに色あせてるけど、中はまだ木が新しいよ。ふむふむ、ここがお風呂か。葭簀の上に大きな木桶が置いてあるけど、これは温めた湯を入れるんだろう。あの階段は、

「へぇ、屋根裏に上がれるで」
「これは滅多に見れないよ」

 狭い階段を上がると広いじゃない。ちゃんと床も張ってある、

「物置やったんやろな」
「窓がないから人は暮らせないよ」

 面白いのが屋根の裏が天井になっているところ。あんなに棒が並べられてるんだ。それが縄でビッシリ縛られてる。棒と棒の間に見えてるのは茅葺屋根の内側だよね。こんな構造になってるんだ。

 そうそう茅葺屋根がどうして尖がった三角になっているのかも教えてもらった。あれは雪対策もあるそうだけど、やっぱり雨対策だって。緩やかな屋根だったら、どこかに水が溜まって雨漏りの原因になったり、

「そこが早く腐って修繕が必要になるからよ」

 さて母屋だけど、縁側に面した部屋には畳が敷いてある。敷居を挟んで六畳と四畳だけど、六畳の方には床の間と仏壇があるから、

「客間兼仏間ってとこやな」

 その奥が板間になってるのだけど、そっちは台所とか使用人の部屋になるらしい。それはそれで良いのだけど、どうにも違和感のあるものが置いてある。畳の上に赤いカーペットが敷かれてて、

「こういう時には緋毛氈でしょ」

 似たようなものじゃない。さらにピアノが置かれてるんだ。民俗資料と言うには無理があるし、インテリアとするにも大きすぎるよね。

「ああそれ。コウが来るからよ」

 えっ、あのコウさんが。でもそれだったら、もうちょっと広告とか、宣伝とかあるのじゃ。

「ああそれ・・・」

 コウさんは世界的なピアニストだし、コンサートでもやればプラチナ・チケットの人気だけど、一方でストリート・ピアニストでもあるんだよね。ストリート・ピアノの基本はふらっと出かけて見つけたピアノでパフォーマンスやるのだけど、

「ふらっと言っても、やっぱり置いてあるところを確認してから行くんだよ。コンビニみたいにあちこちにあるわけじゃないもの」

 そりゃ、そうだ。都市部だってどこにでもあると言えないし、地方になるとなおさらだもの。さらに有名ストリート・ピアニストになると演奏依頼もあるそう。そういうのも収入の一つだろうけど、

「コウも演奏依頼を受けるけど、基本は無料なんだ。ストリート・ピアニストの矜持みたいなものかな」

 無料で演奏依頼を受ける代わりに宣伝とか、広告は認めないんだって。これはストリート・ピアニストはあくまでもその演奏で聴衆を集めるからだって。人寄せして演奏するものじゃないぐらいの感じで良さそう。

「だから、ちょっとでも宣伝とか広告してあったら、そのまま帰っちゃうみたい」

 こりゃ、徹底してるよ。だってあのコウさんだよ。わざわざ無料で演奏しなくたって良いじゃない。招く方だってコウさんが演奏してくれるならちゃんとギャラだって払うはず。

「そういうストリート・ピアニストの方が多いし、そうなりたいと思って頑張ってるのも多いのはユリの言う通り。でもね・・・」

 コウさんはジュリアード音楽院を首席で卒業しているのは間違いないけど、ピアノのエリート教育の道を進んで来たわけじゃなく、ストリート・ピアノ出身だって。ストリートで弾いているところを見つけられてジュリアードに留学させてもらったんだそうなの。

「だからだと思うけど、ストリート・ピアノ出身であることを重く見ている感じかな。ストリートでは腕だけで聴衆を集めないといけないでしょ。上手いだけじゃ、なかなか集まらないのよ」

 コウさんのピアノの人気が高い理由の一つだ。とにかくレパートリーが広いんだよ。クラシックの評価も高いのだけど、ポピュラー音楽だって平気で弾くんだよね。高山でコトリさんの三味線とセッションしたけど、あの程度はコンサートでもやるらしい。

 ストリートで人気を集めるためには、聴く人の興味を集めないと始まらない。そう、耳にした瞬間に立ち止ませるメロディーも必要ってこと。さらにその場でリクエストに応えるのも普通にある。それこそ耳コピだけですぐ演奏することだってあるんだもの。

「ストリート・ピアノを弾きこなすのは難しいのよ。言ったら悪いけど管理が行き届いていないのも多いからね」

 ユリもピアノを習ったことがあるからわかるけど、管理が悪いピアノは音が狂ってるのがあるものね。ピアノって繊細なところが多くて、クラシックのプロなら専属の調律師を雇ってるぐらいなんだ。プロともなると音程だけじゃなく、鍵盤のタッチにも神経質になるのは普通だもの。

 でもストリート・ピアニストはいきなり与えられたピアノを弾きこなさいといけないの。鍵盤のタッチが悪かろうが、音が狂っていようが、聴衆には関係ないものね。そんなピアノであってもパフォーマンスが出来るのがストリート・ピアニストかもしれない。

 でもさぁ、でもさぁ、コウさんほどのピアニストがそこまでストリート・ピアノにこだわらなくてもイイじゃない。

「音楽に対する考え方かな。とくにクラシックはそういう傾向が強いけど、耳の肥えた聴衆を満足させるのが目的みたいなものはあるよ。でもね、コウは音楽はそういう人のためだけにあるのじゃないぐらいかな」

 音楽とは音を楽しむもので、誰であっても楽しめるものぐらいかな。カネを払わないと楽しめないものじゃなく、そこら辺を歩いている人だって楽しんで欲しいかもしれない。もちろん、それだけじゃ食べられないからコンサートとかもするけど、

「原点が街行く人に聞いてもらいたいのこだわりだろうね」

 コウさんは演奏料をもらう仕事ももちろんするけど、もっと気軽に多くの人に音楽を届けたい思いが強い人なんだと思う。だからこそバイクでツーリングしながら、街角で見かけたピアノでパフォーマンスをするのが楽しくて仕方がないのかもしれない。

「ふと見かけたと言うより、そこにあるピアノ目指してツーリングやってるんだろうけどね」

 そんなことを話している時に、

「あれ来られたのですか」
「そうよ、寄る時間が出来ちゃったからね」

 コウさんだ。本当にふらっと現れるんだ。