ツーリング日和7(第30話)準備工作

 今日はコトリさんたちとツーリング。コウも一緒だよ。天橋立は久しぶりだ。

「コトリらは、このまま天橋立を渡るから、ユリとコウは傘松公園のケーブルカーの駅に回ってくれ」

 ありゃと思ったけど、天橋立は原付なら走れるけど、ユリやコウのバイクは走れないのよね。仕方がないから阿蘇海をぐるっと回って傘松公園に、

「遅いで」

 あのねぇ、走る距離が違うのだから仕方ないでしょ。傘松公園はケーブルカーとリフトの二本立てで上がれるけど、雨が降ってなければ登りはケーブルカーで下りはリフトなのか。冬は辛そうだけどその辺は変わるんだろうな。ケーブルカーを下りると、

「ユリ、ちょっと待ってててね」

 な~るほど、ここにもストリートピアノがあるんだ。あれば弾くのがコウだものね。なにを弾くのかな。天橋立だから・・・えっ、これってモーツアルトのレクイエム、それもイントロイトゥスのレクイエム・エテルナムじゃないの。なにを選ぶかはコウの勝手だけどコトリさんたちは、

「そう来るか」
「そうなるよね」

 コウの演奏が終わるとランチだ。

「アマダイニングで食べよ」

 ここは展望レストランになっていて、天橋立が一望だよ。食事を楽しみながらあの日の話に。とりあえず乱入してきた連中は、

「葛󠄀谷の残党や」
「この際だから掃除した」

 葛󠄀谷って飛鳥井瞬を永久追放にした当時の音楽界のドン。だけど葛󠄀谷は既に亡くっているはず。

「葛󠄀谷の権力を受け継いだ連中やから残党」

 音楽は興行だから昔からヤーさんとの関係は深かったそう。シンプルには興行を邪魔すると脅して挨拶料を取ったり、逆に用心棒代を請求したりぐらいかな。この辺は昔は芸能人の地位が低かったのもあったとか。

「もともとは河原乞食やからな」

 だけど暴対法が厳しくなって表向きどころか裏も関係はかなり薄くなったそう。だけど完全に切れているかと言えばそうでもない。今だって、時々ニュースになるものね。葛󠄀谷はヤーさんとの関係を深めてたのか。

「葛󠄀谷の時代ならまだ出来たからな」

 葛󠄀谷がやったのは、そうだな、ヤーさんの総代理店的な役割、興行を無事に行うためには、葛󠄀谷を通す必要があったで良さそう。そうやって手数料を取ったぐらいかな。

「あの頃やったっら窓口の一本化になるから、必要悪として認められとった部分がある」

 葛󠄀谷が飛鳥井瞬の事件で積極的に動いたのは、ちょうどシステムの確立期であったぐらいで良さそう、飛鳥井瞬への私怨もあったみたいだけど、あの飛鳥井瞬でも葛󠄀谷に逆らえば跡形もなくなるぐらいの処分を受けるってデモンストレーションみたいなもので良さそう。上手く世論にも乗ったから、それこそ思う存分の処分を下したぐらい。

 やーさんとの関係は一度出来てしまうと、今度はヤーさんが決して放さなくなるんだって、ズブズブの腐れ縁状一蓮托生状態に持ち込まれてカネヅルにされてしまうぐらいで良さそう。そういう商売の連中だものね。

「芸能人へのヤクのルートの一つにもなっとるからな」

 それって、飛鳥井瞬がヤクに溺れた原因の一つだとか、

「それもある」

 葛󠄀谷の死後もヤーさんとの関係を受け継いだ連中が葛󠄀谷の残党になる。だけど暴対法がドンドン厳しくなって興行妨害をするにも、

「やりにくくなっとる。やればやーさん側の返り傷が深くなってまうからな」

 じゃあ残党と言っても、

「葛󠄀谷の時代とは違う。いわば葛󠄀谷時代の幻影でおるようなもんや」

 この辺の内情を完全に理解するのは無理だけど、今でも飛鳥井瞬の事件を脅しに使っているとか。要するに逆らえば同じ処分を下せるぞぐらいで良さそう。

「そやけどな二十年は長いんよ。今さらって意識が広がって来てるんよ」

 具体的にはヤーさん総代理店機能への疑問だって。あからさまに言えば挨拶料を払うバカバカしさかな。それと飛鳥井瞬のファンも多いそう。これはユリもコンサートで実感したもの。だから禁じられている飛鳥井瞬の曲をあえて演奏して、葛󠄀谷の残党支配に終止符を打とうとの動きがあったんだって。

「飛鳥井瞬の追放も、曲の封印も別に法で決まってるわけやない。ある種の申し合わせに過ぎんからな」

 とはいえ残党連中がヤーさんと結びついてるのは誰だって怖い。ユリだって怖いもの。だから機運はあっても、先陣を切るのは躊躇われるぐらいの状態で良さそう。

「そんなに怖いことないで。ヤクザ言うても張り子の虎みたいなもんや」
「そうよ。あんな連中を怖がるなんてアホらしい」

 そこまで言い切れるのはこの二人ぐらいだよ。それはともかく、そういう状態の飛鳥井瞬を歌わせるのだから、入念な準備工作が必要なのはわかるけど、聞いて呆れたよ。ユリが日本フェスに行かされたのも、

「あれがカギよ」

 あの時にドラマと飛鳥井瞬の曲が流されたけど、エッセンドルフはベルヌ条約未加盟国だから日本の著作権協会に演奏許可をもらう必要がないそう。つまりは日本に知られない。あのフェスに日本人が来る可能性も極度に低いから日本にまず知られない。

「そやけど救国のヒロイン、現代のジャンヌダルク、実在する聖女であるユリア侯爵が涙を流したとなると大人気になる」

 余計な呼び名を増やすな。だけど結果はそうなった。それに何の意味が、

「あれでエッセンドルフ人が一番よく知ってる日本の曲になったやないか。友好親善コンサートに演奏される必然性が出来た訳や」

 ユリが頼まれたのは、ハインリッヒにあのコンサートを公式のものにしてもらうこと。事が友好親善事業だし、日本フェスを受けた事業だから賛成されたし、むしろユリが積極的に協力している事を褒めて感謝してくれたぐらい。

「あれで飛鳥井瞬の曲を出す必然性が出来たやろ」
「それだけじゃないよ。出演者は友好親善事業の協力者になったのよ」

 形としてはそうなるな。だけどよく葛󠄀谷の残党がわざわざ出席したな。

「情報戦や」

 まずMCを谷村省吾にしたのが手始めだって。谷村省吾は残党支配を嫌う急先鋒みたいなところがあるそう。さらに谷村省吾は神戸ポート・フェスが有名だけどサプライズ演出をするので有名。だからあの不自然なトイレ休憩で、何かが起こると予感したのはユリだけじゃなかったはず。

「そういうこっちゃ、サプライズとして飛鳥井瞬の曲を演奏するかもしれんって噂を流したんや」

 プログラムには飛鳥井瞬の名前はない。だからサプライズだけど、本当に飛鳥井瞬の曲が演奏されるかどうかは、現場に来てみないとわからないわけか。

「それだけやない。現場におらんかったら、普通に演奏されてまう」

 あの時はコウのピアノの後に谷村省吾とのトークがあって、あそこでコウが飛鳥井瞬の曲があの夜のサプライズだって口を滑らしてしまうけど、あれはコウのミスよね。

「ちゃう、作戦や」
「じゃないと演奏が中断されちゃうじゃない」

 えっ、わざと葛󠄀谷の残党を演奏前に挑発して追い出してしまう作戦だったのか。ここまで完璧な罠を張り巡らしていたとは。

「あのな。事前にあれこれ準備を重ねて戦いに挑むし、考えるだけの作戦を練り上げるけど、実戦になると作戦通りに行かんのよ」
「そうよ。いざ実戦になるとあれこれアクシデントが起こるものなの。だからコウもレクイエムを弾いたじゃない」

 なるほど・・・って、そんな説明でわかるわけないでしょうが。