ツーリング日和7(第26話)谷村省吾

 今日は音楽事務所の訪問や。ここは個人事務所みたいなとこで、サルバドールをプロデュースしてるねん。サルバドールは大御所と言うには若いが、日本のポップ界のトップグループや。ヒット曲も両手じゃ到底数えきれん。

 そのボーカルが谷村省吾や。この事務所の社長でもある。さすがに売れっ子のオーラがプンプン漂よっとるわ。

「これはこれは月夜野社長と如月副社長。弊社にどんな御用事ですか」

 谷村省吾が毎年神戸でやってるのが神戸ポート・ポップ・フェスやねん。六アイの大きな屋外特設会場でやる音楽フェスティバルや。このフェスはサルバドールも出るけど、たくさんのゲストを呼んでセッションするのが見どころや。

 あれだけの大物ゲストを集められるだけで、谷村の音楽界における地位がわかるだけやなく、どれほどの人望があるかがわかる。声かけられたらビッグネームがヒョイヒョイ出演するって話や。

 それだけの大物ゲストが出るから一万人も入る特設会場のチケットの入手は難しいねんて。結構な値段やけど、チケットを手に入れられた人は羨望のまなざしで見られるそうや。

「神戸ポート・ポップ・フェスなんやけど・・・」
「チケットなら用意しますよ」

 そうやない。聴きたかったらちゃんと買うわい。関係者枠なんかで入ったら挨拶がうるうそうてかなわん。

「今年のゲストやねんけど」
「ああ、それなら、お~い、持ってきてくれ」

 さすがはよう頭が回るけど、コトリの意図はわからんよな。まあ、エエわ。へぇ、今年も豪華ゲストやな。ロンビンズにクリッパーズ、ベルテに大野譲・・・今が旬のバンドから中堅どころがゴロゴロやな。この〇とか△とかは、

「それは交渉中の意味です」

 なるほどな。向うかって都合もあるけど、それより組み合わせか。ミュージシャンはクセの強いのが多いから谷村とは仲が良くとも、他とは犬猿の仲どころか共演NGまであるそうやからな。そこまで行かんでも、

『あいつの後は嫌だ』

 これぐらいはすぐに出てくるのか。その調整と組み合わせを考えるのも準備のうちってことやろな。それとここの部分が空白になっとるけど、

「ああそれは・・・」

 シノブちゃんとこの調査能力にビックリさせられるわ。この枠はいわゆるサプライズ枠みたいなもんやねん。見ようによってはイロモノ枠にも見えるけど、演歌歌手が出たこともあるし、オペラ歌手もおったし、海外ゲストもあったもんな。

 その枠の出演者に困ってるそうやねん。こんなもん決まる時は決まるから、どうやと心配しとったけど、空いたままのようや。

「いやぁ、お恥ずかしいですが、最悪無しでも仕方がないと」

 ここからは谷村が面白がるかどうかに尽きる。そういう悪乗りは嫌いや無さそうだけは情報としてあるけど、難しいやろな。誰かって危ない橋を渡りたないもんな。ダメモトやけど。

「一人ちょうどエエのがおるんやけど」
「誰ですか?」

 さすがの谷村も難しい顔になってもた。そりゃ、そうやろ。

「ピッタリといえばピッタリですが・・・」

 聞くと谷村もファンやったみたいや。そりゃ、そうやろ、谷村の世代やったら濃淡あっても殆どそうや。

「まだ歌えるのですか」
「ああ、ばっちりや」

 聴いてへんから知らんけど、

「聴けるものなら是非聴きたい。ですが・・・」

 まあそうなるわな。歌った後にどうなるかはあんまりエエ予想は出来へん。最悪追放やし、そこまでは行かんでもバッシングぐらいは余裕であり得る。そうなれば谷村だけやなく他の出演者にも迷惑がかかるもんな。

「ですが、あの処分はやり過ぎだとずっと思ってるのです」

 あそこまでの処分になったのは裏がある。裏と言うより公然の事実みたいなもんやけど、音楽業界のドンやった葛󠄀谷四朗が関係してるんよ。葛󠄀谷はそれなりの作曲家やったけど、それよりも政治的な手腕と言うか狡猾さが優れとるタイプや。そやからドンや。この葛󠄀谷が自分の家のパーティに人気歌手を呼ぶのが好きやった。

「ボクも売れかけの頃に行かされましたよ」

 呼ぶだけだったら、業界のお付き合いみたいなもんやけど、

「タダでライブですからね」

 これを飛鳥井瞬は思い切り蹴とばしたんや。もちろんあれだけの事件を起こしとるから、かなりの処分があるのは当たり前やけど、永久に封印までされて、どんな形であれ復活させないまでになってもたのは、葛󠄀谷の私怨もあると見てよいやろ。

「でも葛󠄀谷も亡くなりました」

 そやった。

「もう時効として良いはずです」

 時効は表現として変やが言いたい事はわかる。今の空気はどうなんやろ。

「あの決定自体が取り消されたわけじゃありません。もっともあんな決定なんかより重いのは世論です。ボクらは世論で食ってるようなものですよ」

 人気商売の人気商売たるとこやな。二十年前は世論のすべてが敵に回ったようなもんや。葛󠄀谷の私怨があったにしろ、あの処分を支持してもたからな。そやけど今はどうなんやろ。こればっかりは、やってみないとわからんとこが多すぎる。

「そこなんですよね。月夜野社長の企画は絶対に大きな反響を呼ぶのは間違いありません。それは大歓迎なのですが、リスクが少々高すぎます」

 裏目に出たら路頭に迷うやつが出かねんもんな。そしたら谷村はニカっと笑って。

「御提案はもう少し考えさせてください」

 そこまで話して帰らせてもうた。ユッキーは、

「そう都合よく動いてくれないね」

 さすがにダメモトやったからな。そやけど手応え感じてるねん。飛鳥井瞬を本気で聴きたいのが思いの外に多いんや。

「そりゃそうよ。わたしだって聴きたいもの」

 ここをもうちょっと細工したら流れが出来る気がするんよ。ツーリングの時はここまで隠れファンがおるとは思わんかったんや。

「先付け、後付け」

 理想は先付やけど、これのハードルが高すぎる。

「カスラックが抑え込んでるらしいね」

 カスラックと言うより、曲なりドラマを流すのにカスラックを通さんといかん。通すとイチャモンが出てくる仕組みがあるねんよ。

「海外経由は?」

 あれも・・・ちょっと待てよ。著作権は無方式主義のベルヌ条約と、表示を必要とする万国著作権条約がある。そやけど世界中の国が加盟してるわけやない。加盟してない国では、当たり前やけど著作権は保護されへん。

「そんな国って多いの」

 多くはないがベルヌ条約の加盟国で百六十八カ国や。加盟せえへん理由はあれこれあるやろうけど、シンプルには保護すべきような著作物があらへんとこもあるやろ。

「なるほどね。著作権がなければ他国の著作物のコピーはやり放題だものね」

 それだけが理由やないけど、とにかく未加盟国はある。

「先付け出きそうね」
「ちいと細工が必要やけどな」