ツーリング日和7(第25話)仙台出張

 どうでもこうでも飛鳥井瞬を口説き落とさんといかん。強引に仙台出張にしたった。出張の仕事の方は、そりゃ、もう気合でトットと終わらせたで。ユッキーなんかゴチャゴチャと会議が長引きそうになったら睨みまで使いよったもんな。

「仙台からどれぐらい」

 コトリらのバイクやったら三時間ぐらいかかるけど、さすがは新幹線で、はやぶさなら二十分ぐらいや。一ノ関駅からはタクシー使うけど、

「佐藤果樹園ってわかるか」

 これじゃ無理やから、スマホの地図で確認してもうた。東北で佐藤は多いからな。三十分ほどで着いたわ。さて気合入れなあかんで。果樹園は有限会社になっとって、小さいけど事務所みたいなのがあるねん。

 下手にアポ取って飛鳥井瞬に逃げられたら困ると思うてアポ無しにしとる。事務所に入って名刺を渡すと顔色が変わりよった。これは、しゃ~ない。とりあえず応接スペースみたいなところに案内されて、出された茶を飲んどったら。

「お待たせしました。社長の佐藤幸彦と申します。本日はどういう御用件で弊社に来られましたか」

 悪いがリンゴを買いに来たわけやない。

「ここに飛鳥井瞬がおるやろ」
「そのような人物は弊社にはいません」

 シラを切るって言うのか。喧嘩やったら買うで、

「飛鳥井はいませんが、中山ならいます」

 飛鳥井瞬の本名は中山宗次郎やねん。芸名にするにはダサすぎるから飛鳥井瞬にしたのは有名な話や。そやけどここは、

「悪いが中山宗次郎には用はあらへん。用があるのは飛鳥井瞬や」
「では飛鳥井になんの御用ですか」

 うん、そういうことか。

「そんなもん飛鳥井瞬に頼むのは歌しかあらへん」

 佐藤社長は悩んどるな。

「言うたら悪いが、この月夜野がこんなとこまで顔出してるんや。それでわかるやろ」

 どや、効いたはずや。

「本気ですか」
「洒落や冗談で神戸から来るか」

 こいつもそうか。いや、そうのはずや。そやなかったら、ここまでせえへんからな。

「飛鳥井に関わる意味も」
「知っとらいでか。佐藤社長が心配するのはわかる。そやから、ここで朽ち果てさせるのも一つやと思う。そやけど歌を聴きたないんか」

 手応えありや、

「ですがいかに月夜野社長でも」
「そんなに信用ないか」

 汗かいて来よったな。考えとる、考えとる。

「もちろん信用はしておりますが・・・」

 やっぱりおったか。飛鳥井瞬は音楽界を追放されとるけど、ネームバリューは今でさえ抜群や。キワモノ企画に担ぎ出そうとするのが、おらへん方が不思議や。そやけど、うかうか出演したら、それこその使い捨てにされるんよな。

 これも断っとくけど、落ち目から忘れ去られかけた連中やったら、あえてキワモノ企画に乗るのも多いねん。どんなにキワモノでも、それでもう一遍、名を出せるからや。そこまでしてもスポットライトを一瞬でも浴びたいそうや。

 そやけど飛鳥井瞬になるとキワモノ企画での扱いでさえ酷いもんになるのは目に見えとる。いや、それなりにまともに扱うても、デリケート過ぎる存在や。それをよう知って、佐藤社長は飛鳥井瞬を守って来たのやろう。

「佐藤社長も知っとると思うけど、ラストチャンスや。時間があらへん」
「えっ、そのことまで」
「誰を相手に話しとると思うてるねん」

 よっしゃ押し切れたで。

「飛鳥井瞬を呼んでくれるか」

 こんな事になっとったとは予想外やったけど、悪い意味のものやない。佐藤社長が賛成してくれたら八割ぐらいは担ぎ出しに成功したで。それにしても、やっぱりおるんやなぁ。あれだけの醜聞まみれになっても飛鳥井瞬を守ろうとするのがな。

「お待たせしました。中山宗次郎です」

 さすがに老けたわ。二十年の歳月は人には残酷やと思うわ。問題はまだ気概が残ってるかどうかや。

「佐藤社長から聞いたはずやが、中山宗次郎やのうて飛鳥井瞬に用事やねん。歌うてもらうで」
「それが無理なのは月夜野社長が一番ご存じのはず」

 助かった。気概は残っとる。

「ほんまにあんたら誰と話をしとる気やねん。この月夜野が歌わせられんかったら、世界中の誰が出来るというんや」

 最後の迷いやな。火種さえあったら歌いたいはずや。アルコールが抜けて、ヤクが抜けたら、歌えんようになったのを死ぬほど後悔し続けてきたはずや。それが二十年やぞ。

「でもご迷惑が」
「しつこいやっちゃな。イエスでエエか」

 もう一押しや。

「これも悪いがこの場で返事をもらう。とにかく時間があらへん」

 トドメや。

「歌いたいんやったらウンと言え。歌うた後のことは任せんかい。この月夜野を信じてもらうで」

 最後の決断の時間やろ。

「お願いします」

 難関突破や。コウの野郎、チイとは感謝してくれよ。次の問題やけど、歌えるんやろか。ピアノはまだ弾けたんはコウが確認しとるけど、歌えんと話にならんからな。飛鳥井瞬は、

「昔と同じとまでは行きませんが」

 そりゃそうやろ。問題は落ち方の程度、それがステージで耐えられるかや。そしたら佐藤社長が、

「飛鳥井瞬の歌は死んでいません。必ずや月夜野社長の期待に応えるはずです」

 おっ、言うやんか。なになに、この果樹園に勤め出してから、トレーニングをしとったと言うんか。そやろな。ピアノの腕前はコウが保証できるぐらいやから、昔とった杵柄どころやないものな。その時や、ドアがバカっと開いて、なんや、なんや、人が雪崩れ込んで来たやんか。

「中山さん、いや飛鳥井瞬は立派に歌えます」
「月夜野社長、どうか信じて下さい」
「お願いです。もう一度、ステージに立たせてください」

 こいつらドアの向こうで盗み聞きしてやがったな。

「任さんかい言うたんが聞こえたやろ。安心せい」

 そこからタクシーを呼んでもうて仙台にトンボ返りや。晩飯に牛タン食いながら、

「ユッキーはどう見た」
「コトリと同じだよ」

 飛鳥井瞬の目は生きとったわ。そやけど若い時のギラギラした目やない。あの目は二十年の歳月で研ぎ澄まされた目や。苦しみ抜いて、悔やみ抜いて、余計なものが削ぎ落とされた目や。

「良い人に出会ったみたいね」

 どういう経緯で佐藤社長の世話になったのかはわからんが、熱烈なんてもんやないファンやであれ。それも社長だけやない従業員もそうや。

「佐藤社長の家族もよ」

 そやった。タクシーが来て事務所を出たら、奥さんと子どもさんがおったんや。

「あれってたぶん」

 コトリもそう思う。飛鳥井瞬にコトリ言うよりエレギオンHDの月夜野から歌の依頼が来た時点から、ずっとそうしとった気がする。あんなもの見せられたらたまるかい。

「土下座だよ。それも地面が涙で濡れてたもの」

 なんか裁判の時には日本中から石を投げられそうな勢いやったんを思い出してもた。ほいでも、あれだけの人の支えがあったら飛鳥井瞬も立ち直れたんやろ。

「天王山を越えたね」

 まだ天王山やないけど、この交渉が成功せんと話が一歩も進まへんからホッとしとる。こっからも時間との競争やけどな。

「コウはちゃんとやってくれるかしら」
「やりよるやろ」