ツーリング日和7(第24話)ドラマの思い出

 ミサキちゃんから、

「また厄介な問題を持って帰って来て・・・」

 コウたちとマスツーしたんは失敗やった。

「でもコウからの頼みだから断り切れなかったのですよね」

 そうなってもた。杉谷温泉でコトリとユッキーが説き伏せそこなったのは相手がコウやったからな。なんやかんや言うてもコトリもコウに甘いし、ユッキーはもっと甘いんよ。ボヤいてもしゃ~あらへんけど。

「コウがここに連れられて来た日を覚えてますよ」

 懐かしいな。絵に描いたようなヤンキーやったもんな。そりゃ、暴れたり、逃げ出そうと何度もしたけど可愛いもんやった。

「コトリ社長たち相手ならどんな乱暴者でも借りてきた猫になりますから」

 てなほど簡単やなかったけど、ユッキーの躾けは厳しかったもんな。コウが悪さをしたら、あの睨みと女神の力を容赦なく使ってたぐらいや。コウは何回も金縛りにさせられとった。

「かつての主女神に較べたら遊んでいたようなものよ」

 コウはヤンキーぶってたけど根性と才能はあった。それを見込んでのものやったけど、ピアノのレッスンもスパルタそのものやった。鍵盤が血に染まるまでやっとったもんな。あのシゴキに耐え抜けたからこそジュリアード音楽院に入れたようなもんや。

「イイ子だったもの」

 コウのハートも綺麗やってん。女神が惚れるタイプの男や。

「今の時代で良かったと思わない。ああいうタイプはすぐに戦死しちゃうじゃない」

 そやった。鋼鉄の勇気や勇敢さを持っとっても、槍で刺されるし、矢が飛んで来たら突き刺さる。

「今回だって、最悪でもユリが養えば済む話だものね」

 そりゃ、そうやけど、そうしとうあらへんやんか。コウの才能はまだまだ花開くはずや。コウには華やかな成功の道が待っとるし、そこを歩かせたいんや。それをユリのヒモみたいな状態にしたないやんか。

 まったく余計なものに手を出しやがって、いくら女神でも手に負えへんもんはあるんやからな。とにもかくにも飛鳥井瞬の現状の確認と説得をやらなあかんねんけんど、もうちょっと事前情報が欲しいな。こんな状態で説得にかかっても、さすがのコトリも自信があらへん。そしたらユッキーはピアノを弾き始め、

「♪何度でも、何度でも、
命ある限り言うよ
僕は君を愛してると」

 それは飛鳥井瞬の、僕は君の答えを待っているやんか。

「♪恋は心で感じるもの
僕の心は響いてる、
僕は君に恋してる」

 エエ歌やった。メガヒットやった。カラオケでみんな歌ってたし、結婚式でも歌っとったもんな。

「♪夢ではないよ
君がいるのは現実だ
僕は君の答えを待っている」

 このサビのところは今でも最高や。

「この歌が主題歌になったドラマも良かったものね」

 あれもヒットしたもんな。恋に疲れた女が世間のしがらみでお見合いをさせられるんや。そやけど現れたの見るからには冴へん男やってん。そやけど男の方は女にガチガチの一目惚れや。

「目が点になって有頂天になる様子の演技が秀逸だった」

 女は見合いのセットみたいなデートで断ろうとするねん。そやけど男があまりにも熱心やから、どうしても断れへんかってん。それだけやなく、男の熱意に押されてつい二度三度とデートを重ねてまうんよな。

 男は冴へんだけやのうて恋愛にも不器用やってん。不器用と言うより、女とロクロク付き合うどころか、話したことさえ少ないぐらいや。そやから女を喜ばそうとデート・マニュアルみたいなものを必死になって読み漁るんや。

「あれ、おかしかったよね。とくにレストランのシーンなんて最高」

 男の想いとは裏腹に、デートはいつもドタバタ騒ぎ。マニュアルしか知らんから、ここぞと言うところで失敗するねんよ。腹抱えて笑うたけど、見てる方が逆に心配になるぐらいやった。

 女かって最初は呆れるし、恥かかされたって怒って帰ったりもするんやけど、あまりのひたむきさに切って捨てられへんようになっていくんよ。

「それだけじゃないよ。心の奥底のどこかで魅かれるようにもなって行くのよ」

 その辺の二人の心の動きをコメディの中で微妙に描かれとった。女のふとした表情とか仕草とかや。男はとにかく真正面から愚直に挑むのやが、そのうちに女がどうも振り向いてくれてる感触を得るんよ。

「男の仲間たちが良かったよね」

 男には女に対するコンプレックスがあるねん。女はとにかく美人やからな。そやから次にどうやっても進めんのよ。そいでもや、お見合いやから次はプロポーズしかない言うて尻を叩きまくってプロポーズさせるんや。

「あの時は失敗を糧にしてビシッと決めたよね」

 この時に女の過去の辛い失恋話を聞かせられるんよ。だんだんに感情が高ぶって来て涙ながらになっていくシーンは白眉やった。

「そこで出たのよね『僕がすべてを忘れさせます』ってさ」

 あのセリフは流行語大賞になったもんな。それでも女は男のプロポーズを最後の最後のとこでよう受けんかった。

「失意の極みの男が指輪を海に投げ捨てるシーンは涙なしには見られなかったよ」

 そやった。それこそ日本中が泣いたんちゃうか。そんな男に海外への長期出張の辞令が出るんや。あれは、その前から伏線としてあってんけど、女との恋のために保留にしとったんを受けたんや。

「女の妹が良い味出してた」

 女はプロポーズを蹴った後に後悔するんよ。思い出すのは二人のドタバタ・デートばかり。ドタバタやったけど、自分に渾身の愛を傾けてくれたあの男のことや。妹は姉の姿を見かねて、

『行っちゃうよ。お姉ちゃんは本当にそれでイイの』

 それでも女は踏み切れずに男が海外出張に出る日も出勤するんよ。これも理由があって、ずっと手掛けていた、社運を懸けるような大きなプロジェクトのプレゼンをやる日やってん。大きな会議室で相手側の重役も居並ぶ大事な会議やってんけど、

「流れ出すのよね、あのメロディーが」

 女は胸に込み上げて来る想いでプレゼンが続けられんようになり、涙が止まらんようになってもたんや。大事なプレゼンの真っ最中やってんけど、会議室を飛び出して行くんや。会議室は呆気に取られとった。

「ずっと追いかけられてたのに、今度は追いかけるのよね」

 そうや。成田を目指すんやけど、今度は女にあれこれトラブルが起こる。男の出発時刻が刻々と迫ってくるシーンと、間に合わなくなりそうで焦る女のシーンの対比が緊迫感を醸し出しとった。

「間に合わなかったのよね」

 女は愕然としてヘタレ込み、そりゃもうの号泣になってまう。どうしても素直になれなかった自分に出てくるのは後悔ばかりや。そんな女の背後に・・・

「待ってたのよね」

 男は女の妹から連絡を受けてたんや。ホンマによう出来たドラマやった。女が会議室からすべてを振り捨てて追いかけるラスト・シーンは、どれだけパロディが作られたか。

「パロディだけじゃなく、ハリウッド映画だけじゃなく世界中の映画にオマージュとして取り入れられてたもの」

 そやった。

「もう一度見たいし、なにより聴きたい」

 そやな。あの頃の感動を全部思い出してもた。