ツーリング日和7(第23話)フェリーの二人

 新潟からのフェリーで明日には敦賀や。

「コトリ、コウにあんなこと言っちゃってどうする気なの」
「ああでもせんと、あの場は収まらへんやんか。それともあれ以上、説得できる材料があったか」
「まあ、そうなんだけど」

 あないにコウが頑なやったんは驚かされた。ほいでも悪い意味やないで、エエ男になったもんや。ユリを見初めた頃は、またグラグラしとる部分があったけど、今や鋼鉄の勇気を持った男になってくれたで。

「たしかにね。ちょっと、もったいなかったかな」
「コウが選んだのはユリや。あきらめんかい」
「だよね、並んで入ってもユリだったものね」

 そういう意味ではコトリも選ばれんかったけどな。

「当たり前じゃない、棺桶に首まで突っ込んだババアが選ばれるわけないじゃない」
「うるさいわい」

 ほいでもお似合いと思うで。女神なんかと結婚するより人と結ばれる方が絶対に幸せやもんな。

「そうよね。女神じゃヴァージンを味わえないものね」
「毎回、ヴァージンやけど、だいぶちゃうもんな」

 それとついに結ばれよったな。ユリの顔と態度ですぐわかったで。

「遅すぎるぐらいよ」
「あんなんも楽しいで」

 それでもや、コウのこの望みは成功するやろ。

「なにを根拠に」

 そんなものユッキーが女神の恵みをユリに授けてるからや。女神の恵みを授けられた女が選んで結ばれた男にハズレなしや。

「それは根拠がなくて実績だけじゃない」
「あれだけ実績があれば十分やろ」

 さてやが、この問題にはいくつかポイントがある。最大の問題は飛鳥井瞬が今でもまともに歌えるかや。二十年の歳月は人には残酷やねん。歌手かって往年の声が出んようになる。ましてや、捕まってから歌とは縁が切れてるはずやからな。

「ところでどうやって暮らしてるの?」

 飛鳥井瞬の出所後の足取りはシノブちゃんでも追うのは無理や。そやけど今住んどるのは一関となっとる。仕事はリンゴ農園の手伝いか。

「体を動かしてる職業なのはプラスかな」

 マイナスやない程度にはな。家はリンゴ農家に住み込みか。それと音楽関連の活動は・・・とくに無しか。ある方が驚かされるけど、

「無いはずないよ。毛越寺のストリート・ピアノを見事に弾きこなしていたんでしょ」

 その辺もようわからん。どこでピアノを練習してるかまでシノブちゃんの調査でも不明や。

「服役中は」

 ヤクとアルコールを抜くのは大仕事やったやろな。まあ一度切れて手を出したくなっても無縁のとこにおられたんだけは良かったかもしれん。とりあえず模範囚となっとるな。それと感心するのはヤクはカネと伝手が無くなって切れたんはまだかわるが、出所後は酒さえ遠ざけてるみたいや。よく断酒できたもんや。これ以上は、実際に会うてみんとわからんな。

「たとえ歌えても、表舞台に再び立つかも未知数なのよね」

 それもある。服役中に反省したらしいのはなんとなく察せられるけど、音楽界からどういう扱いにされてるかもよう知ってるやろからな。出ようものなら今でさえ大騒ぎになりかねへん。

「大騒ぎどころかスキャンダルだよ」

 そやからコウの話は却下したかってん。

「難しいね」

 わかっとるわい。とりあえず、歌えんかったら歌えるようにせなあかんし、歌う気がのうても歌う気にさせなあかん。これだけでも大仕事や。考えただけで頭が痛いわ。

「芹沢敦は動かせないの」

 芹沢敦は飛鳥井瞬のバックバンドでドラムを叩いとったやつや。飛鳥井瞬と学生時代からの友だちやけど、あの事件の時に決別してもとる。もっとも全員が決別しとるし、決別せんかったら業界に生き残られへんかったものな。当たるだけあたろか。

「沖田颯は」

 ベーシストか。これはアカンやろ。あの事件のもっと早い時期に飛鳥井瞬と喧嘩して脱退しとるからな。

「新見誠は絶対無理だしね」

 キーボードやけど、飛鳥井瞬の暴行傷害致死事件の被害者やもんな。つうのも死んだレミは新見誠の奥さんや。そやけど、この事件はとにかく複雑すぎる。まずやけど、飛鳥井瞬と新見誠とレミは結婚前から三角関係やってん。

 それでも新見誠とレミは結婚したんやが、わりと早い時期に飛鳥井瞬との関係も復活してもたらしいねん。飛鳥井瞬はレミをヤク漬けにしてもたんやが、

「ヤク漬けはヤク漬けだけど、MDMAだよ」

 合成麻薬やねんけど催淫効果が強力なやつや。単純にはムチャクチャ感じて燃えまくるぐらいらしい。それだけやなく妄想もひどくなる。ヤクのヤクたるとこやな。飛鳥井瞬がどんな妄想状態になったかは本人しかわからんが、アレやってる最中にレミを殴ったんは事実認定されとる。

「頬の骨が折れてるからね」

 これだけで暴行傷害になるのやがレミが死んでもたんよ。この死因が裁判の焦点やった。いくら頬の骨が折れるぐらい殴られたにしても、それだけで普通は死なんからな。

「使っていたMDMAの量が半端じゃなくて・・・」

 ユッキーの説明を聞いても判りにくいんやが、レミは重度のMDMA中毒からセロトニン症候群になっていたとの見方が出とった。この辺はコトリの知識も生煮えやからあんまり突っ込まんでくれ。

「セロトニン中毒から致死性の心室細動が起こったはず。つまり殴ろうが殴ろまいがレミは死んでたってことよ」

 この辺の事実認定やけど医学の素人の裁判官に裁けるはずないと思うわ。結果としては飛鳥井瞬の暴行傷害致死が認められて実刑判決を受けて刑務所行きや。レミが死んでるのを重くみたぐらいとしか言えんねんけど、

「飛鳥井瞬の弁護団の不手際だよ」

 感想はともかく判決が出て確定してもたことや。そやからって話になるけど新見誠は二度と飛鳥井瞬に関わらんやろ。

「でも腹案あるのでしょ」
「最後のとこだけな」

 この案かって、そこまで行けたらの話や。エエイ面倒や、

「それはダメだって。もう二度と使わないって決めたでしょ。それに、そんな使い方は昔だってタブーだよ」

 まあそうやねんけど、頭が痛いわ。

「こういう時は焦らないのが鉄則よ。出来るところから進めましょ」

 そういうけど、どこから手を付けようか。とにもかくにも、本人にアプローチをせんと何も進まへんか。

「ユッキー、声は触れるか」
「男は自信ないな。それにあの歳でしょ」

 コトリもや。女神は容貌の変化は出来る。出来るけど、コトリもユッキーも女しかやったことがない。つうか、男の容貌変化は女とちゃうねん。神が宿っても男の年齢による衰えをどうしようもあらへんからな。

「そんなことないよ。ゲシュティンアンナなら出来るじゃない」
「飛鳥井瞬を女にしてどうするんや」

 そもそもゲシュティンアンナが協力してくれるわけあらへんやんか。地道にボイス・トレーニングさせるしかあらへん。これかって、本人がやる気になってくれんと出来へん。もっと言えば、ボイストレーニングに協力してくれる人を見つけるだけで途方に暮れるで。カネの問題やあらへんもんな。

「神戸に帰ってから考えよ」
「そうやな。今夜はロクなことを思いつかへん」

 コウよ。お前の気持ちはわかるけど、相手にしとるんは世間やぞ。気持ち一つでどうにもならへんことが山ほどあるねん。

「それをなんとかするのが知恵の女神でしょ」
「うるさいわ」