ツーリング日和3(第8話)明日のプラン

「どうしようコトリ」

 これは断じて夜這いの相談やない。会ったその夜に女から夜這いをかけるなんて下品の極みや。まず今日で魅かれだして、明日のツーリングやってるうちに想いが高まり、これが愛しいに変わるもんや。

「こっちは二人だから向こうからもないでしょうね」

 そこまでヤリチンやったら、ユッキーとタッグマッチで再起不能になるまで二人で・・・

「コトリ、どうどう」

 コトリは馬か。とりあえず今夜の夜這いは控える。女の嗜みや。ユッキーと相談しとったんは御在所岳をどうするかや。二人ともウッカリしとってんけど、

「知恵の女神が抜けてるのよ」
「氷の女神が見落とすか」

 ロープーウェイで上がるんやけど、ロープーウぇイが約十五分、そこからリフトが八分なのはまあ良いとする。

「それでも観光を入れたら一時間じゃ無理ね。一時間半は見ておかないと」

 それより問題なんは、ロープーウェイの始発が九時でリフトが九時半なんよ。そうなると、山頂に上がれる時刻がどんなに早くても九時四十分ぐらいになってまうんよ。

「十時から下山を始めても、バイクで出発できるのは十時半になるものね」

 道路の方は順調に行ってが全部前提やけど、関が原まで一時間ちょっと、小谷城になるとそこから三十分ぐらいになる。

「でも岐阜関ケ原古戦場記念館は絶対に寄るでしょ。そこで三十分なら関が原でお昼になるよ」

 小谷城戦国歴史史料館も外せんから、木之本で一時半ぐらいか。そこから越前一乗谷まで一時間四十分ぐらいやから、着くのがどうしたって三時回るな。

「一乗谷から宿まで一時間よ。わたしはもう少しゆっくり一乗谷を見たい」

 コトリもそうや。あそここそ、戦国大名のタイムカプセルみたいなとこや。とはいえ時間は限られる。

「御在所岳はパスするか」
「ここまで来てパスはないでしょ」

 そうやねんよな。

「明日全部は無理だから・・・」

 御在所岳、関が原、小谷城は外しようが無いとすれば、

「明後日、行けば良いじゃない」

 そやな。一乗谷飛ばしたら、

「大野城ぐらいは寄れるよ」

 それも無理せんでエエわ。明後日の予定はまず平泉寺に行き、次に大野城、一乗谷や。

「気比神社と気比の松原もね」

 ついでに金ヶ崎城も寄りたいから・・・移動時間は三時間半ほどか。観光する時間は余裕やな。

「平泉寺はだいじょうぶよね」
「さすが寺や。二十四時間OKで良さそうや」

 ここでユッキーがため息を吐くように、

「明日はともかく、明後日はどうなるかわからないのが問題ね」

 まあな。それもありそうやから、無理してでも明日に一乗谷に行きたかってんけど、

「なにかあるよね」

 昨日出会ったんはエエ。福井から高速で近江八幡に観光に来て、鈴鹿スカイライン走り、湯の山温泉に泊まるコースに、そんなに不自然さはあらへんからな。

「でもないよ。男一人で安土城はともかく、近江八幡は不自然よ」

 そこなんよな。近江八幡はエエとこや。ツーリングで立ち寄ることは不自然でもなんでもないんやけど、スケジュール的にコトリたちと同じぐらいの時間で回ってるんよ。そやから野洲川ダムで出会えたんやけど、

「男一人で水郷巡りはやらないよ」

 あのKTM見かけたんはコトリたちが水郷巡りの船に乗る前やねん。次に安土城で見てるさかい、それまでの間は近江八幡におった事になる。その間の時間は水郷巡りでもやらんと時間が潰れへんねん。

 水郷巡りも男同士でもある。マスツーで来て乗るのはあるからな。そやけど、男一人なら、ましてや若い男なら避けるわ。

「女一人でもよ」

 それでも一人で乗るのはおるけど、そういうのは少ないし、そういうのは近江八幡に余程のこだわりがあるやっちゃ。

「コトリみたいにね」

 ほっとけ。ぶっちゃけ若い男女にとって水郷巡りはデートコースやからな。USJとかTDLに男一人で遊びに行ってるようなもんやねん。男一人でUSJやTDL行くのもおるけど、それこそ、そういうディープな趣味を持っとるってことや。

「宿も不自然よ」

 ユッキーが選んだんは八室の小さな温泉旅館やけど、料理旅館でもある。そう看板に書いてあるぐらいで、少々割高や。男のソロツーで泊まるにしては少々贅沢や。湯の山温泉やったらこの旅館の半額どころか三分の一ぐらいで泊まれるところはいくらでもあるねん。デート・ツーリングやったらまだしも、そこまでリッチするかはある。

「それに明日も明後日も空いてるのも不自然じゃない」

 今日はド平日の木曜や。平日でも有給取ってツーリングに来てもかまわへんけど、それやったらそれで、明日も明後日もツーリング・プラン組んどるはずや。ここも話を単純化すれば明日の宿も予約しとらんかったらおかしいやろ。

 宿を決めずに気ままにツーリングするのもありやけど、それならそれでなんで今日がこの宿に予約しとるんかって事になる。百歩譲ってコトリたちとの出会いを大切にしたとしても、

「公務員の給料じゃ痛すぎるのよね」

 和彦さんは福井市の職員や。公務員の給料は悪ないけど、明日や明後日のドタキャンやらかしたら、キャンセル料はゴッツイねん。相場で言うたら明日の分で八割、明後日の分で五割や。

「わたしたちへの態度もおかしいよ」

 そこもある。コトリもユッキーも今晩にも襲てもらいたいぐらいのスタンスやねん。言い換えればノリノリ状態や。夜這いは置いといても、少しでも好意をもてば夕食後の延長戦はあるはずやねん。なんせ部屋は隣やからな。

 延長戦がいきなり3Pにならんでも、部屋でもう少し話ぐらいするはずやんか。そうやって相手の事をもっと知るとか、お互いの距離を詰めるとかや。それが若い男女の仲やんか。そやのに食事がすんだら、そそくさと部屋に帰ってそのままやねんよ。

 つまりって程やないけど、和彦さんは福井から滋賀まで走ってきて、まるでデート・ツーリングみたいなコースを男一人でやった事になる。

「それだけじゃないよ、明日からのことはなんにも考えてないとしか思えない」

 コトリたちへの態度でさらに違和感がある。あの態度は恋愛対象を見てる目やあらへん。そりゃ、好みはあるにせよ、あまりにもなさすぎる。野洲川ダムの時かって、下心があれば、そのままマスツーになったはず。

「それもあるし、どこに泊まるかも聞かなかったじゃない」

 あの時刻で野洲川ダムやったら鈴鹿スカイラインを走るしか考えられへんし、湯の山温泉に泊まる確率は高いんよ。鍋抱えてネギ背負った女が来たら、それぐらいは聞くはずや。

「上のパーキングで会おうとか言ったけど、どのパーキングかも言わなかったし」

 福井から鈴鹿スカイラインまで来て、原付に合わせて走るのは嫌がったのはあったとしても、どこのパーキングで落ち合うか具体的に言うはずやねん。こういう時は一番間違いにくい、

「武平トンネルを抜けてすぐのパーキングを指定するはずなのよ。あそこから下りになるし、広さも十分あるし」

 和彦さんの走りは見事やったけど、

「コトリも気づいたよね。いくらKTMで限界だと思うよ」

 鈴鹿スカイラインのとくに滋賀県側の路面は良うあらへんかってん。かなりのバンピーで怖いぐらいや。武平トンネル越えてからの下りのジェットコースターかって、

「あれはわたしたちを振り切ろうとしていたはず」

 なんの躊躇もなくクルマを追い抜いて行きよったからな。

「なにかあるね」

 おおよそはわかるけど、これ以上は本人からやないと無理やな。