ツーリング日和3(第13話)鳩ヶ湯温泉

 今庄宿から越前市、これもコトリにした武生と呼びたいけど、ここで和彦さんは国道三六五号から国道八号、通称福井バイパスに乗り換えた。そのまま行ったら鯖江の市街に入るんやけど、その手前で県道一九四号に入り、さらに県道一〇五号から二十五号にしよった。

 これは福井市内の渋滞を避けるためやと思うけど、さすが地元に人やから、よう道知っとるわ。なかなかの快走路で気持ちよかった。信号もほとんどあらへんし、田んぼの中をまっすぐやもんな。

 こちゃこちゃ曲がることもあったけど迷うはずもなく足羽川を渡り、次は堤防の道を快走。途中から国道一五八号に入り、しばらく走ったら最後の休憩みたいや。和彦さんは、

「このまま一五八号を走ってもらえば大野市内に行けます。ボクはこの辺で帰らせてもらいます」

 そうはいくか。でも先手はユッキーに取られてもた。

「ダメよ、明日も空いてるって言ったじゃないの」
「そうや明日もアテにしとったのに」

 困った顔しとるな。

「明日も一緒の予定だったから、もう旅館の予約取っちゃてるのよ」
「今からやったっらキャンセル料満額になってまうやんか」

 クソ、ユッキーのやつデレ満開やんか。

「そんなことを言われましても・・・」

 ユッキーと二人がかりで力づくで説き伏せたった。

「ところで、どこのホテルですか」
「鳩ケ湯温泉よ」
「えっ、あんなとこ」

 さすがは地元の人間や、知ってたわ。そこから国道一五八号線を東に走って行ったんやけど、山間の田んぼの中の田舎道。

「北国街道終わってから、ずっとこんな感じね」

 峠越えはそれなりに大変やったからちょうどエエんやけど、

「和彦さんのアドバイスに従って良かったね。優しい人ね」

 それが言いたいだけやろが。おっ、トンネルが見えて来たと思たら、ここから大野市か。トンネルを抜けると市街地ってな感じかな・・・あら、変わらんな。ガソリンスタンドのとこを右に曲がるみたいやな。ほぉ、なんと驚きの四車線やんか。

「コトリ、この道って市内を迂回するバイパスよね」
「みたいやな」

 悪いと思てるが和彦さんに今日は丸投げや。これは、これでラクやし。真名川渡ったら二車線か。市街地も終わりってことやろ。家も少のうなってきて、ついに山の中や。あははは、道に鳥居があるやんか。さらにその先には、

「あれ発電所のパイプよね」
「道を横切ってるのはあんまり見いひんな」

 えっ、こんなとこ左に入るんか。これはもう山奥や。橋渡るんか、

「これって九頭竜川よね」
「そのはずや」

 狭い橋やな。道もそのままか。

「ここって県道だったよな」
「だったら険道ね」

 そんなもん字で書かんとわからんやろが。日も暮れて来てるけど、こういう山間の道は暗なるのも早いんよね。街灯なんかあるはずないし、

「どうしてヘッドランプをLEDにしなかったの」
「知るか! オリジナルのLEDを、わざわざハロゲンに変えたアホ連中に聞いてくれ」

 おぅ、人家があるじゃん。これが最後ってことはないよな。やっぱり道知ってる先導がおると助かるわ。コトリたちのヘッドライトでこの道はキツイわ。ホンマに前からクルマは来て欲しないな。

 ワインディングしとらへんだけ助かるけど、ホンマに温泉なんかあるかと思うような道やで。だからこその秘湯なんやろけど、

「落ちたら谷ね」

 ガードレールもロープもあらへんもんな。もうエエ加減着くはずやけど、

「あった、きっとあれよ」
「バイクよあれが宿の灯りだ」
「下手なパロディね」

 ほっとけ。宿は向かって左側が本館、右側が浴室やろ。なにしろ右側の方には温泉マークに続いて鳩ヶ湯温泉って、文字が一枚ずつの看板がデカデカとあるもんな。入浴だけのお客さんも結構おるらしいから、そういう客は看板目指して行くんやろ。

 左側が本館と言うか宿なんやろけど、これは随分とオシャレやな。ロッジ風のホテルでエエと思うで。荷物担いで玄関入ったら、

「こ、これは・・・」
「ホテルだ・・・」

 不意打ちやった。ここまでシックに洋館風になってるとは思いもせんかった。秘湯の鄙びた宿とはちゃうわ。フロントでカギもろたんやけど、

「こ、これは拙いですよ」
「あら、どうして。誰も床に寝てくれなんて言ってないし」

 実はって程やないけど、空いとったんがトリプル・ルームやってん。そやから予約変更いうても、三人部屋を二人から三人に変えただけやから簡単やった。今晩はコッテリやるで。ほいでもって風呂や。

 風呂は二階やけど可愛い湯船やな。でも気持ちエエわ。今日の疲れが落ちてくようや。ここは山鳩が傷を癒しに水浴びに来てるから見つけたそうやけど、コトリの呼び名にピッタリやんか。水虫にも効果があるって書いてあるのがオモロイで。

「場所だけは秘湯感があるけど、宿は現代風ね」
「ほいでも道中はバリバリの秘湯やったで」

 さっぱり汗を流して食事や。宿はホテル風やからお食事処やのうてレストランや。雰囲気は洋風やけど食事は山の幸の和食やな。

「どうして無理して刺身付けるのかな」
「懐石のコースにするからやろ」

 蕎麦はなかなかやな。食事が終り部屋に戻ると和彦さんは気まずそうやな。さてどこから切り出そか。四方山やってもエエけど、さっさとやるか。

「ここまで来たんや、話し聞かせてや」
「そうじゃないと、今夜どうするか決められないじゃない」

 ユッキー、モロすぎるぞ。なんやかんやと和彦さんは躊躇ってたけど、

「女が誘たんや。そやから、朝まで燃えてもかまへん。それっきりの旅先のアバンチュールでもや。そやけど、和彦さんがコトリを抱けるような状況かどうかだけは確認しとかなあかん」
「そう、不倫をやる気はないから」

 まだ躊躇うか。こいつも草食系かよ。ここまで女に言わせとんねんで、

「ほなら、なんで男一人で近江八幡の水郷巡りやったんよ」
「どうしてそれを」

 ユッキーも、

「今日の本当の予定はどうだったの」
「それは湯の山温泉から一泊二日のツーリングで・・・」
「木曜に出発して金曜に帰るツーリングとでも言うの」

 おかしすぎるやろが。鈴鹿スカイラインの走りも、いくらKTMのデュークでもやり過ぎや。まるであれは、

「見てられてましたものね。付いてこられたのも驚きでしたけど」

 そこからポツリ、ポツリと話し出してくれたんや。

「友だちと言うより、腐れ縁なのですが・・・」

 中学からの同級生で平井ってのがおるそうやねん。そいつは理由はわからんが和彦さんをライバル視しとったそうや、

「ライバルと言うより上に立ちたくて仕方がないぐらいです」

 平井の家は金持ちやそうや。どうもそのせいでお山の大将気質やったぐらいで良さそうやな。その手のやつは多いからな。そうなると、

「イジメか?」
「まあ、そんなものです」

 さらっと言うな。イジメというよりマウンティングやろな。高校までは一緒やったそうやけど、和彦さんは地元の福井大に進学し福井市の職員になってるやんけど平井の方は、

「東京の大学に進学したと聞いています」

 和彦さんも平井との腐れ縁は終わったと思たそうや。ここまではよくある話や。そやけど、それで終わらへんから和彦さんはここにおることになる。