ツーリング日和3(第1話)秘湯趣味

 兵庫県に温泉は五十二か所ある。全国的に有名なんは有馬と城崎、次が湯村ぐらいやな。その次になるとCMで有名な洲本、将棋の王将戦やる塩田ぐらいや。赤穂御崎ぐらいになるとさらにマイナーになる。

「宝塚温泉もあるし、歴史が古いのなら籠坊も武田尾もあるよ」

 案外多いのは但馬の海岸沿いで、浜坂、柴山、佐津、七釜、香住・・・小さいのは数えだしたらごっそりある。神戸市内もあるからな。

「でも・・・」

 ユッキーは温泉小娘で秘湯趣味の権化みたいなとこはあるけど、温泉宿に泊まるのがもっと好きなんよ。いわゆる秘湯の一軒宿や。そやから入浴のためだけに秘湯を訪ねるのはそれほど熱心やない。

「そこは女の子だから」

 まあな。男ほど気楽に入りにくいし、温泉入ってもたら、そこからツーリングを再開するのは気合がいるからな。温泉は気持ちエエけど入るだけで疲れるし、

「もうその日は終わりって感じがあるのよね」

 この辺はせっかくの秘湯やから、入るんやったらノンビリしたいと言うのと、

「そこでのご飯も楽しみたいじゃない」

 この秘湯の一軒宿やけど兵庫県には少ない。つうか、もう行った。そうなると足を広げなアカンねんけど、

「どうやって行くのかなのよね」

 ユッキーが好きそうな秘湯となると信州とか北海道やけど、原付ツーリングとなると高速走られへんのが足かせになる。ツーリングの大敵は信号と渋滞やからな。避けられへん部分はあるけど、あえて突っ込みたくないのが本音や。

 距離を稼ぐのならフェリーはある。そやけど四国や九州行くのには使えても、東には使えんとこがある。東に行ってくれる唯一のフェリーは徳島から東京やもんな。

「徳島に行くのも一苦労なのに、着くのが東京じゃ使いようがないよ」

 北海道への飛行機パックも羽田やもんな。

「JR貨物もバイクじゃ使いにくい」

 飛行機もそうやけどバイクのガソリン抜かなあかんねん。それに、かつてはカートレインもあったけど、もうあらへん。あれこれ考えたけどツーリングにお気軽には使いにくい。

「コンテナも引っ越しなら案外使えそうだったけど、今のところ関係ないし」

 あれやこれやと検討したけど、ツーリングの本道やあらへんけど、自力で走って行くしかあらへんぐらいや。

「東に走ると大阪と京都が立ち塞がるのよね」

 ツーリングやから大阪も京都も通過点やねん。大阪や京都に遊びに行くだけやったら別にバイク使わんでもエエからな。

「大阪行くまでも問題よ」

 神戸から大阪までビッシリ都市が並んでるからな。これは大阪から京都も、大阪から和歌山も一緒や。

「同じ時間でも走っていたいじゃない」

 そうやねんよな。発進停止の繰り返しは地味に応えるもんな。ツーリングの醍醐味は快走やねん。飛ばすと同じやないで、そりゃ、飛ばすこともあるけど、気持ちよく走り続けることや。

「ユッキー、何見てるんや」
「国道四七七号」

 大阪と京都を迂回しようと思たら、丹波に出て京都の北側を抜けるのはすぐに思いつく。篠山ぐらいやったら、六甲山トンネル抜けて、六甲北有料道路で三田まで走り、そこから県道抜けたら行くのは難しない。そやな順調に行ったら一時間ぐらいや。

 篠山から国道三七二号で東に行くのやけど、当たり前やけど素直に走ったら道は亀岡から京都に向かうてしまう。それを回避しようと思たら、京都市内の北側を抜ける道になるのやけど、これが国道四七七号や。

「ここも酷道なのよね」

 そやねん。とくに花背から百井峠辺りがエグイ。

「百井の別れがマップに載るぐらいだものね」

 百井の別れ言うても、楠木正行の桜井の別れみたいなドラマチックなもんやない。国道四七七号を西から東に走っとったら、鞍馬街道にそのまま入ってまうねん。そやから分岐するんやけど、そやな、高速道路のICでの合流を逆に入るぐらいの角度の道を曲がらんとあかんのよ。

「ヘアピンどころかV字のもっとキツイのぐらい」

 これかって道幅が広かったらマシやけど、一車線半もあるかどうかも怪しいとこやから、クルマやったっら切り返しをせんと曲がれんぐらいの難所やねん。

「前後もずっと難所続きだものね」

 一車線ぐらいの狭い道で、急勾配のヘアピンの連続みたいな道や。登りも下りもそんな感じで、ワインディングを楽しむレベルを超えてるわ。そんな道でもバイクやったら走れるけど、

「二十キロは優に続くものね」

 さすがに消耗するわ。これも国道四七七号を走り抜けるだけが目的やったらアドベンチャー・ツーリングと出来んこともあらへんけど、そうやなくて通過点で、そこからまだまだツーリングが続くからな。

「そうなのよね。ここまでの酷道を走るのだったら、素直に京都市内に入った方がラクな気がする」

 まあそんぐらいの酷道やから信号どころかクルマもほとんど走っとらへんけど、ペースは上げようもあらへんし、バイクでもストレスしかたまらん道やもんな。

「でもね、国道四七七号も全部酷道じゃないのよね」

 国道四七七号も、国道一六二号と交差する辺りまでやったら余裕の快走ルートやねん。

「そこから二つルートが考えられる」

 ここでユッキーが目指してるんは琵琶湖大橋や。この橋を渡って湖東に行ってまうぐらいの目的やねん。これもちなみにやけど、琵琶湖大橋も国道四七七号なんが面白みを誘うとこや。

 ユッキーの考えてる一つ目のルートは国道一六二号で素直に京都市内に入って、竜安寺、金閣寺、大徳寺の前を通って国道三六七号に入るやっちゃ、国道三六七号をそのまま北上したら国道四七七号にぶち当たるから、そこから琵琶湖大橋を目指すや。

 もう一つはチイと複雑やねんけど、国道一六二号から京都市内に入らへんコースや。国道一六二号は周山街道とも言うけど、その途中で府道に入ってまうんよ。具体的には、

府道三十一号 → 府道一〇七号 → 府道六十一号 → 府道三十八号 → 府道四十号

 これで国道三六七号に入るんや。そやけど、

「机上のルートやと思うで。府道三十一号から六十一号までは腐道やし」

 腐道とは国道を酷道と呼ぶようなもんで、府道の酷いのを腐道と呼ぶんよね。調べた限りアップダウンはマシそうやけど、延々と一車線からせいぜい一車線半の道やからな。

「十二キロほどだけど厳しそうよね」

 この二つのルートやけど、京都市内経由が四十キロぐらいで一時間、県道迂回ルートが二十三キロぐらいで四十分ぐらいや。時間はナビ通りやったらやけど、県道迂回ルートの方が短いし早くはなる。そやけどここは無難に京都市内経由の方が、

「でもさぁ、府道六十一号は雲ケ畑街道だよ。コトリなら走りたいのじゃない」

 うぅ、コトリの弱いところを。雲ケ畑は平安京造営の時に木材の供給源になり、木こりが住み込んだのが始まりとも言われとるところや。地名の由来は伝承やったら、薬王菩薩が降臨して、疫病退散のためこの付近に薬草を植えたら、それが咲き乱れる様子がまるで紫雲のようやったともされとる。

「秦氏との関係も言われてるよね」

 平安京に都を誘致したのは秦氏の力もあったと言われてるねん。雲ケ畑の『畑』は『秦』に通じるぐらいの見方や。この辺は確認しようもなくなっとるけど、雲ケ畑と朝廷の関係は深いんよ。

 たとえば端午の節句には菖蒲を献上する菖蒲役を務めとったり、薪や炭や鮎なんかを朝廷に献上する供御人が活動するとこであってん。供御人の説明もやりだしたら長くなってまうから簡単にするけど、天皇や皇族に食料とか工芸品を献上する階級みたいなっもんや。

「宮内庁御用達みたいな感じかな」

 近いけどちょっとちゃう。供御人は農民やないんやけど、天皇に物を献上できるから朝廷に直属する独特の階級ぐらいになっとったぐらいやねん。これもあれこれ変遷があるけど、明治になっても関係は続いたぐらいや。

「コトリは雲ケ畑見たいんじゃない」

 そういうゆかりのあるとこって見ときたいやんか。なんか雅な感じもするし。

「九龍山高雲寺も通り道だよ」

 そこは惟喬親王が隠棲した高雲御所が寺になったところや。

「で、どうする」
「雲ケ畑こそツーリングで走るとこや」

 腐道がなんやねん。そういうとこを走ってこそのツーリングやんか。クルマのドライブとちゃうからな。ま、一遍走ってどんなもんか知るのもツーリングの楽しみや。