ツーリング日和3(第25話)なんでおるねん

 さてやけど和彦さんとは福井駅で別れた。悪い人やなかったけど、コトリも、ユッキーも最後のところで食指が出んかった。ありゃ、公務員しとるのがお似合いや。

「そこまで言ったら可哀想だけど、歯応えがなさすぎた」

 人には向き不向きがある。公務員が合ってる人はそれでエエねん。それに似あった人を見つけて幸せを見つける人生で十分やと思うで。

「幸楽園の後の反応が義景かな」

 そうかもな。だいぶちゃうけど、無理やり例えたら信長が金ヶ崎で敗走した時みたいなもんや。あの時の朝倉軍の追撃も鈍かったけど、それよりも問題は勝った後や。あれこれ理由はあるにしても動かんかったからな。

 幸楽園はあれでガタガタするやろし、平井にしても失態や。息子やからクビにはならんけど、あの状況で日曜の婚約発表は出来へんやろ。ここもドライに言うたら柚香さんのオーナー社長夫人の夢が足踏み状態になったって事や。

 そうなったら柚香さんの心だって動揺する。言い方悪いが付け込めるチャンスや。もちろんやが動いたって復縁できるかはわからんが、欲しいんやったら反応せなあかん。あらゆる可能性の総点検や。奪われたもんを奪い返したいのならそれぐらいは当然やろ。

 そやけど和彦さんの選択はペンディングや。ここで待っても事態は好転せんのが見えへんのやろな。平井は和彦さんを見下した言うとったけど、和彦さんも平井を見下してるところは確実にある。

 平井はカネ持ちのボンボンの面もあるけどタダのボンクラやない。板長を失い、関白園と龍泉院のブランドを失っても立ち向かう気力があると見た。まあ、あれで引きこもってニートになるんやったら待つのも策やが、それで終わる玉やないとコトリには感じた。

「わたしも。良い意味で裏切られたかな。かなり悔しい思いをしたと思うけど、あれで終わらないよ」

 今回の失策を挽回させる器量はありそうや。そやけど、さすがに即座の反転攻勢は無理や。失地の回復には時間がかかる。つまり今が底や。底で動かんかったら、後は巻き返されて不利になるだけや。義景もそうなって滅ぼされた。

「あれはフリーズだよ」

 未練だけはタラタラで、スパッと柚香さんを切り捨てるのも出来へん。和彦さんが割り切ったっらユッキーかってコトリかって気に入ってたし、あれだけ誘いもかけてるやんか。そやのに望みの薄い恋にしがみついて、どこにも動けずフリーズ状態ってことや。

「典型的な据え膳派ね」
「モテたんやろな」

 あれだけの外見やからな。言うたら悪いが存在するだけで女が放っておかんわ。そりゃ、爽やか系に見えて、気は優しそうに見える美男子やもんな。和彦さんにとっては恋とは寄ってくる女を捕まえるだけやったんやろ。それは女だけやのうて、

「言ったら悪いけど生活全般が受け身ね」

 あれは動くより待つだけで上手く行った成功体験の積み重ねやで。待てば海路の日和ありとは言うけど、あの諺の前提は、高すぎるリスクを冒して船出するより、じっとチャンスを待つって意味になる。

 そやけど万全の日和を待ち続けるだけでは人生は済まんこともある。あえてリスクを見切って勝負に出るべき時や。そこで出られるかどうかは人の器になる。

「紀伊国屋文左衛門の世界ね」

 紀文の逸話の真相はわからんが、大きく成功したいなら、それだけのリスクを抱え込むのも必要になる。そのリスクを乗り越えてこそ大きな見返りがあるってことや。

「そのリスクを避けるタイプの生き方もあるけどね」

 もちろんや。ただし、手にする物は小さくなる。言い方は悪いけど小成や。それで満足するのもありやけど、そんなしょぼくれた人生を目指す男に女は魅力を感じるかや。

「女はね、やっぱり強い男に魅かれるのよ」

 強い言うても色々ある。単純に力が強いだけでも魅かれる女もおるからな。それより本当に魅かれるのは芯の強さを持った男や。今回やったっら奪われたら奪い返しに来る男に強さを感じるで。

「遠回りでも、平井がカネで柚香さんを奪ったと思うなら、カネで見返すというのもあるよ」

 一番見下されるのは指をくわえているだけの男や。今回なんかわかりやすくて、逆境に陥った時にどれだけ男を見せられるかや。平井はこれからやけど、和彦さんは泣き寝入りしてるだけや。

 そういう点でも平井の方が男らしいで。奪うと宣言して柚香さんを奪っただけでもそうや。あれは和彦さんの弱さを柚香さんが見限ったでエエはずやねん。手を拱いて奪われるがままの男に強さなんか感じるかい。

 これからもそうや。和彦さんは市役所の公務員生活を律義に勤め上げるやろけど、平井は浮き沈みはあっても、新日本海グループを率いていくと思うわ。どっちの人生を一緒に過ごす方が魅力的かを選べとなったら、

「平井に魅かれる女の方が多いよ」

 これもどっちの人生の方が幸せかは別の話や。堅実な人生が好きな女だっておる。そんな女と一緒になって、それで暮らしていったら十分やん。

「そうだよね。でもわたしたちには向かないね」

 時には見込み違いもあるわい。世の中の半分は男やからこだわる必要もあらへん。コトリもユッキーも欲しいのは漢やねん。ここ一番で漢を見せられる男や。ここ一番なんか、なかなか見せる機会はないもんやけど、和彦さんは見えてもたわ。

「名残り惜しいけど、そろそろ行かないと」
「そやな・・・ところでお前らなんでおるねん」

 和彦さんとは福井駅で別れたけど、なんでか知らんが、マイと清次が福井駅からもずっと付いて来てるんよ。

「なんでとは御挨拶やな。福井に来て観光して何が悪いねん」

 そりゃそうやけど、福井やったら永平寺やろ。コトリらは飽きるほど行っとるが、そやなかったら、まずそっちやろ。

「うちは曹洞宗やあらへんから」

 それは関係あらへんわい。それもやで、一乗谷に来てからも金魚のフンみたいに付いて回るんや。こんな広いとこやねんから別々に回ったらええやんか。それよりなにより、

「仕事は?」
「今日も明日も休みにしてるし、月曜は定休日や」

 爺さん死んでまうぞ、

「心配あらへん。麺棒でぶん殴っても百まで生きよる」

 マイはお嬢様のはずやけど、時々疑問を感じる時があるわ。それはエエとして、

「コトリさんらはどこ泊まるんや」
「虹岳島温泉やけど」
「コガシマって今から九州までツーリングか」

 それはカゴシマじゃ! 誰がこの時刻から九州にツーリングに行くんじゃ!! 九州なんか飛行機使うても今から行けるか。

「そうでもないで。今から南港行って、さんふらあ乗ったら行けるで」

 なんで一乗谷から南港まで行かなあかんねん。それにやで志布志行きのさんふらあは午後の五時五十五分出航や。今から間に合うわけあらへんやろ。

「コトリはんやったら、なんか策巡らしそうやん」

 そんなアホな策巡らすかい。そやからカゴシマやのうてコガシマや言うとるやんか。

「コガシマってどこやねん」
「三方五湖にある温泉やけど」

 そんなん聞いてどうするねん。

「清次、今夜の宿は決まったで」
「へい」

 ちょっと待て、もう午後の三時やで。まさかと思うが今日の宿を決めずに福井まで来たんか、

「しゃ~ないやん。コトリはんらが、どこに泊まるか知らへんかってんから」

 あのな。マイやさらに清次さんまで一緒やったらややこしなるやんか。こんな有名人やとバレたら宿の厨房は大騒ぎになってまうやろが。

「ならへん、ならへん。今日は誰も追っかけて来いへんし」

 問題はそこやないと言うとるやろが、人の話を聞かんやっちゃな。

「平和にツーリング出来るやんか」

 マスツーするにしても、マイのロケットとやったらバランス悪いんよ。とにかく二五〇〇CCの三百キロやからな。こっちは原付やし。

「マイは気にならへんで」

 気になるんはこっちやて、ま、今から宿がそう簡単に取れるものか。今日は土曜日なんやぞ。ましてやこの時刻や。世の中、そうはマイの思う通りに行くわけないやろ。

「清次、取れたか」
「へい」

 と、取れたんか。つうか、こんなマイの無茶ぶりに眉毛一つ動かさへん清次さんを尊敬するわ。今日かって、昨日の今日の話やで。電話一本で大阪から福井まで来るか。それもバイクやで。

 清次さんはこんなマイのどこに惚れたんやろ。そりゃ美人なのは認めるし、性格も悪くないのは知ってるけど、

「やっぱり芯の強さじゃない」

 ただのじゃじゃ馬にしか見えんわ。