ツーリング日和3(第14話)思わぬ関り

 和彦さんは市役所の同僚の柚香さんに恋をしたんよ。

「ツーリング仲間からでした」

 二人は自然に付き合いだして結婚も意識するところまで行っとったらしい。ここまでは、どこにでもあるような恋愛話やねんけど、

「平井が福井に帰って来たのです」

 柚香さんとのデート中にバッタリと言う感じで出くわしたらしいけど、平井が柚香さんに目を付けたらしい、

「奪われてもたんか」
「結果はそうなります」

 あちゃ、失恋か。こういうのは世間ではままある話やけど、

「柚香さんは平井のカネに目が眩んだんやろ。そんな女とは結婚せんのが正解やで」
「そうよ、おカネはあるに越した事はないけど、それしか見えない女は不良債権よ」

 そしたら和彦さんは憤然として、

「柚香はそんな女じゃありません」

 話はここから複雑になってんけど、柚香さんの実家は法春荘いうて、福井でも指折りの料理旅館やそうやねん。

「法春荘、法春荘・・・コトリ、あの法春荘じゃない」
「ああ、あそこか」

 接待で一度だけ食べたことがあるわ。上品な料理旅館やった。へぇ、あそこのお嬢さんが柚香さんなんか。それやったら少々のカネでは転ばんはずやが、

「カネで転んだのは間違いとは言えないのですが・・・」

 平井の家を聞いて、ちょっと驚いた。新日本海グループの創業者家やんか。新日本海グループは北陸を中心に展開しとる食品とか飲食店のチェーンや。最近では首都圏にも進出しとったはずや。

「新日本海グループをご存じなのですか。あそこは居酒屋チェーンから発展して・・・」

 そうや。安売り居酒屋北の幸から始まって・・・美味い、安いが売りのはずやが、

「そうなのですが、高級店への進出を進めているのです」

 なるほどな。ブランド・イメージを高めようやと思うわ。安売り路線で拡大したとこがようやる手法や。

「新日本海グループが目を付けたのが柚香の店なのです」

 高級店に手を出すんやったっら常套手段やな。高級店になるには暖簾が必要やけど、これを一朝一夕で自前で作るのは容易やあらへん。そやから既製ブランドを買収して始めるのが多いねん。買収やったら、カネさえ出せば暖簾は手に入る。

 ただカネさえ出せば手に入る言うても、相手が売ってくれんと買えへんのよ。老舗はプライドも高いとこが多いさかい、いくらカネ積んでもウンと言わんとこも多いからな。

「柚香の店も断ったのですが・・・」

 寝耳に水の話やからな。これで話は終わりそうなもんやけど、

「幸楽園をご存じですか」

 聞いたことはある。元は明治の豪商が作った邸宅でゴッツイ庭が有名なんや。コトリが立花小鳥で福井に来た時に行ったことあるけど、あの時も寂れとったわ。個人所有やから修繕費もままならんで、今は荒れてもて閉鎖されとるはずやが、

「それを新日本海グループが買い取ったのです」

 そこで料亭を始めたそうやねん。長いこと福井に来てへんかったから、行ったことあらへんけど、

「とにかく凄い料理人を雇ったそうで、福井の接待関係が幸楽園に流れて行ってしまい・・・」

 高級店の経営の難しいとこは客層が薄いことやねん。あんだけのカネ払うてまで来れる客は限られるからな。これは地方に行くほどそうで、福井県いうても福井市で三十万人ぐらい、福井県全部でも八十万人ぐらいしかおらんからな。

 そん中で高級店の常連になれるのなんて知れてるやんか。言うたら悪いけど、一軒出来たら一軒潰れる世界や。和食の高級路線、それも宴会まで出来るとこやから、幸楽園が繁盛したら法春荘は直撃や。

「幸楽園の経営を任されてるのが平井です。それと平井は・・・」

 柚香さんは和彦さんの一学年下やったそうやけど、高校時代から美少女で鳴り響いとったそうやねん。

「平井も柚香にアタックしたそうですが振られています」

 なんやなんやキナ臭いやんか。

「そんな柚香とボクが恋人になっているのが気に入らないのです」

 これは面と向かって言われたそうや、

『お前みたいな貧乏人に相応しくない。世の中は納まるところに納まるのを教えてやる』

 ほいでもって幸楽園に押されて経営が苦しくなった法春荘に融資をもちかけ、

「融資条件が柚香と結婚です」

 この話やけど和彦さんの偏見は入っとるとこはある。新日本海グループが高級路線に進出しようとしたのは企業方針や。その責任者に平井がなったのも、息子の手腕を見るためと、手柄を挙げさせて世襲への実績づくりをさせようとしているのもあるはずや。

 こすっからいとこもあるけど、新日本海グループが高級路線に乗り出すんは間違いとは言えへんし、法春荘の買収をもちかけたのも常套手段や。逆に感心するのは幸楽園を新規で立ち上げて法春荘を圧倒してもたことやろな。

 ただ気になることもある。法春荘の料理はそれなりに一流やった。あのクラスの味の差になると無いに等しいねん。そう、人が明らかに差が付けられる料理なんか出来へんはずや。差が出るとしても純粋の好みぐらいになる。そやのになんでそこまで差が開いたかや。

「それは先ほども言った通りで、凄腕の料理人が雇われてます」

 そんな凄腕が福井に来るかな。

「とにかく、関白園の板長まで出世して、龍泉院の名を許されたとか」

 関白園? 龍泉院?? 関白園の板長は・・・ここでユッキーが、

「なるほど、幸楽園はブランドで売り出したのね。同じクラスの味でも関白園と龍泉院の名が加われば、誰もがありがたがるものね」

 それしか考えられへんけど、関白園の板長はな・・・ここで和彦さんが、

「その通りです。私には縁がない店ですが、福井では料理と言えば幸楽園になっています。なんてったって龍泉院ですから」

 もう一つ腑に落ちんとこがある。元の幸楽園は、はっきり言うたら荒れ放題やってん。庭かって雑木林状態のはずやし、建物かって廃屋状態や。福井市への寄付の話もあったそうやけど、整備費用が割にあわんと断られたぐらいや。そこから庭を復元して、建物を作るとなれば半端な投資じゃすまん。

「新日本海グループの体質がそうだよね」

 新日本海グループだけやのうて新興企業グループは、短期での投資の回収が至上課題になるんよ。投資物件を出来るだけ早く資産化して、それを担保に次の投資をやっていくスタイルや。

 それだけ資金繰りに余裕が無いと言うか、内部留保が薄いから自転車操業的な面はあるけど、その代わりに攻めの経営で当たれば急拡大できる。あれだけの期間で新日本海グループが大きくなれたのもそのせいや。

 幸楽園への投資額は新日本海グループにしたら小さくないはずやねん。そやけど短期で回収するのは難しいはずや。そりゃ、幸楽園いうても買えたのは土地と幸楽園の名だけで、実質的に新しく庭園と料亭の建物を新築しとるからな。

 建物かってチェーン店の規格建築じゃすまん。どれだけの建物になっとるかは見てへんからわからんけど、高級料亭とするからには、和風建築のそれなりのものを作っとるはずや。ああいう店は建物も客寄せのポイントになるからな。

 高級料亭は客単価は高いけど、客数に上限はあるし、人件費も高くつく。板前だって本物がいるし、仲居だってプロの接客を要求されるからな。そんな幸楽園の投資を他の店舗と同じ感覚で回収するのは基本的には無理やねん。もしそんなことをやろうとすれば、

「やってる気がする。最初はちゃんとやってたと思うけど、軌道に乗れば変えているはずよ」

 これも良くある手で、開店セールの時は下手すりゃコスパ無視で客をかき集めるんよ。そうやって集まったとこで質を下げる商法や。これもリスキーな部分があって、質を落として儲けに走ってると客に感づかれたら一遍に客に逃げられてまうんよ。

「だよね。そうさせないようにしているのが関白園と龍泉院のネームバリューだよ」

 和彦さんと柚香さんの恋愛話だけやったら、悔しいやろうけど他の女を探せば済む話や。なんやったらコトリでもユッキーでも相手したるわ。その気かってマンマンであるんやし、

「コトリは無理よ。すぐに男やもめになっちゃうもの」

 うるさいわい。今はちょっと若いから言うてエラそうに。若いのがエエのやったら宿主代わりしたらしまいやんか。

「でも今回は長そうじゃない」

 そやねんよな。いつも通りやったら、もうユッキーより若くなっとるはずやねん。長生きした方がバタバタせんで済むんやけど、今回はコンチクショウや、そやけど負けへんで。