ツーリング日和3(第15話)釣り合い談義

 和彦さんがツーリングに来ていたんは、柚香さんとの思い出のツーリング・コースやってんて。そう初めてのお泊りデート・ツーリング。

「泊まったのもあの旅館か」
「ええ、そうです」

 あそこで初めて結ばれたってことか。それやったら、あれぐらい奮発するやろ。そこまで行ったから次に結婚を意識して行くのも自然やろな。結婚の前に同棲するパターンも多いけど、相手が相手と言うか、柚香さんが実家からの通勤やから無理やったで良さそうや。

「家への挨拶は?」
「そんな話も出かけてた頃でした」

 この辺もバリエーションがあって、プロポーズまで済ませて結婚の承諾を求めに家に挨拶に行くこともあるし、結婚も視野に入れた深い交際をしている段階で行くこともある。和彦さんの場合は交際の挨拶のつもりやったみたいや。

「プロポーズは考えてたの?」
「視野には入れてたのですが、わたしの給料で柚香と結婚出来るかもありまして・・・」

 柚香さんは料亭のお嬢様。市役所勤務は腰掛けとは言わんけど、どこか花嫁修業として社会経験を積ませる部分があった感触もあるな。福井やったら市役所勤務は立派な経歴になるやろし。

「そうよね、大卒で就職もしていないのは、ニートとかなにか本人に問題があると思われかねないもの」

 和彦さんがプロポーズを躊躇ったのは柚香さんの実家の意向として、それなりのところに嫁がせたいがあったからで良さそうや。まあ政略結婚は言い過ぎとしても、法春荘の令嬢とバランスの取れた相手ぐらいや。

「福井だったらセレブの家になるだろうから政略結婚的な要素はあるよ」

 まあな。セレブの家ほど釣り合いを重く見るのは、結婚後の親戚付き合いを重視するからなんよな。そやな今後の事業展開に有利になるようにぐらいや。これがあまりにも目に見えてあからさまなら政略結婚って呼ばれるけど、少なくともデメリットになるような相手は避けようとするからな。

 そういう点でヒラ公務員の和彦さんとの交際は難色までいかなくとも、もろ手を挙げて賛成の流れにならなかったのはありそうや。そりゃ、福井市いうても三十万人足らずの都市や。和彦さんと柚香さんが付き合ってる噂が両親の耳に入ってもおかしないからな。

 好き合って恋人関係になり、これのゴールが結婚やねんけど、恋人関係と結婚の間には少々距離がある。これは恋人にするにはエエけど、結婚相手としてはシンドイみたいな感情の話もある。そうやな、恋人としては楽しいけど、結婚して家庭を作るパートナーとしては問題があるみたいな相手や、

「だからすぐ離婚しちゃうのも多いのよね」

 早いのやったっら、新婚旅行で大喧嘩して、そのまま離婚なんてのも珍しい話やない。そこまで相性が悪いのになぜ結婚式まで挙げたのか周囲としては疑問やけど、結婚への熱狂は手段が目的化してまうところがあるんやろな。

 感情だけやなくて計算もある。計算いうたら言葉は悪いけど、そやな生活能力の見極めや。極端な話をすれば相手がホームレスやったら躊躇う以前に避けるようなものや。

「女から見れば、男を養いたいのは少数派だよね」

 女が男を養う結婚もあってもエエやろけど、結婚の次に来るイベントが出産や。子作りするために結婚するわけやないけど、結婚するからには子どもが欲しいのは自然の流れやからな。コトリも結婚したら欲しいし、

「結婚できたらでしょう。それに子どもは手遅れよ」

 いちいちウルサイわい。まだ可能性はゼロになっとらへんわい。コトリのことはともかく、出産となれば産休・育休とあるわけや。子どもかって一人やなくて、二人、三人も欲しいは普通にあるんよね。これもまた自然の流れやけど、

「その時に男が甲斐性なしはシンドイよ」

 そういう時期を補完するのが夫婦やし、そのための結婚やけど、男の収入では補完出来ないとなれば女は結婚相手として当然避けるわな。

「ヒモになれる男もある種の才能だものね」

 ヒモは言い過ぎでも主夫として結婚生活を全うできる男は少ないわ。もちろん、それで上手く行ってるところもあるけど、

「例外的だよ。と言うか、そんな結婚を最初から夢見る女はいないよ」

 コトリもそう思う。結婚には誰しも夢を描く。そんな例外的な夢を抱く者はまずいなくて、あれこれ複雑な経緯を経た末に、そんな形で落ち着いたスタイルと見る方が妥当やと思う。

「釣り合いも重視しすぎるのは問題だけど、無視しすぎると離婚になりやすいのよね」

 結婚は当人同士の問題とは言え、結婚後は避けようもなく親戚付き合いがセットで付いてくる。釣り合いを無視して結婚すれば、ごく単純には親戚連中の不興を買ってのものになる。

 嫁でも婿でもそうやけど、相手側の親族からしたら他人や。他人である意識が強くなれば不協和音からギスギスした人間関係になり、その付き合いがストレスフルになる。とにかく親戚やから逃げられへん部分がどうしても出てくるからな。

「よくある嫁姑・嫁小姑戦争の世界ね」

 とにかく切るに切れない関係やから、こじれだしたら泥沼や。誰かって結婚して、そんな人間関係は欲しないやんか。下手すりゃ、相手が死ぬまで続くからな。

「積み重ねられた怨念の世界だよ」

 こういう構図になっての離婚も珍しい話やない。珍しくないから親としては釣り合いをどうしても考える。これはこれで交際段階から親子でもめるパターンも多い。そりゃ、娘の方にしたら好きが絶対の大前提で、釣り合いなんて持ち出されても『アホか』の世界になるもんな。

「でもさぁ、無理のある組み合わせって、どこかで無理が出る確率は高い気がする」

 もちろん、完璧な組み合わせと思われてもアカンもんはあかん。そやけど、誰が見ても無理がテンコモリの組み合わせは、そやな、中には上手くいくケースもあるぐらいやろ。

「妥協が難しいのよね」

 平凡と言うか妥協とか割り切りやろな。完璧な人間同士の結婚なんてまずあらへんから、結婚すれば相手の欠点ばかり見えて来ることが多いんよ。結婚前は逆でエエとこしか見えへんもんやねん。

 そこで欠点重視に走れば離婚や。まあ、この辺は生理的に無理とか、結婚してみれば想像を絶する生活無能力者だったりもあるから、離婚ももちろんありや。そやなくて、それぐらいの欠点は他の美点で目を瞑れるかやな。

「難しいのよね、結婚してから相手の美点を認めるのって」

 恋人関係の延長線上に結婚があるのはそうやが、この二つの時期の男女の関係は違う。

「恋人時代は美点のアピール承認合戦で、結婚後はお互いのアラ探し合戦」

 ドライやけどそんな感じや。

「だから再婚の方が上手く行きやすいのかも」

 再婚とは初婚を失敗してるわけや。そやから熱狂の恋人時代も相手の本性を観察できる醒めたところがある。さらに結婚後も初婚の時の様に過剰な期待を相手にせえへん。

「まあ初婚の相手に較べたらマシってあきらめもあるだろうけどね」

 そこもあるやろな。離婚の原因になった、

『あれだけは許せない』

 これが無い相手を選ぶはずやから、他の欠点は妥協しやすいとこはありそうな気がする。さすがに再婚経験はあらへんから最後のとこはわからんけど、

「結婚すらしてないじゃない」
「近いのはいっぱいあるやんか」

 ツッコミがうるさい。さてやけど和彦さんのケースやけど、

「釣り合いは辛うじてOKね」

 柚香さんはセレブと言うても田舎のプチ・セレブや。福井市の公務員なら絶対不可とはならんやろ。ただし釣り合いは柚香さんの家の方が上や。つうか、そう考えてるやろ。この組み合わせやったら、

「そうね。柚香さんが他に行き場がなければ認めるぐらいかな」

 そこやろな。まだお互い若いし、聞く限り柚香さんは美人や。親からすればしがないヒラ公務員との結婚は歓迎せんと思うわ。感覚的には、

『選りもよって、こんな男と・・・』

 これやろ。他にも選びようがあるやろぐらいや。これで結婚しようと思えば、

「二人の愛の深さね。ここもぶっちゃけになっちゃうけど、柚香さんがどれだけ親御さんを納得させるかだよ」

 そこまで柚香さんが頑張れば、最低限の釣り合いが親として浮かんできて、最後に結婚を認める流れかな。

「でもスタート悪いよ。必ずしも歓迎されない結婚だもの」

 まあそうなるわな。結婚を認めても、親御さんにしたら、もっと良い相手を選べたのにの後悔が残り続けるやろからな。親戚だってそうなるかもしれん。

「そういうスタートの時は結婚後に見返すのが効果的だけど」

 難しいやろな。公務員は固い職業やけど、その代わりに派手な成果を上げにくいところがある。見返す成果としてはシンプルには出世やけど、一般企業みたいに成果を挙げて見る見る昇進みたいな世界とちゃうからな。

「やっぱり柚香さん次第になるね」

 どうしても冷たい目で見られる和彦さんを庇えるのは柚香さんだけや。柚香さんが和彦さんを強力に守る姿勢を見せ続ければ、そのうち親御さんも親戚もあきらめると思うけど、

「柚香さんが公務員生活に耐えられるかどうかになるね」

 共働きの公務員なら薄給と言えんけど、柚香さんはプチでもセレブ育ちや。生まれ育った環境はどうしたって影響する。この辺はどういう育てられ方をしてるとか、本人の持って生まれた性格も関係してくるけど、

「人はね、上の暮らしを知ってしまうと、下の暮らしに妥協しにくいものなのよね」

 誰だって良い暮らしをしたい。少なくとも今の生活水準を落としたくないのが人情や。そうしたいから頑張るモチベーションにもなる。下から上にステップ・アップするのは楽しいけど、上から下にステップ・ダウンするのは辛いとこがあるからな。