ツーリング日和12(第27話)後始末

 ツーリングが終わるとしばらくは、溜まっていた仕事の消化に追われるのが逃れられないセットみたいなもの。たいした事はないのだけど、一週間ぐらいはどうしたって忙殺される。

「たく隠岐に行っただけやのに、なんでこれだけ溜まるんよ」

 気持ちはわかる。東北や、北海道のツーリングに出かけたのなら、これぐらいは溜まるだろうの感覚はあるけど、隠岐って地理的にはそんな大ツーリングって感覚じゃないところがある。

 これは隠岐こそ初めてだったけど、それ以外は蒜山も大山もそれなりに知っているところだものね。だけど仕事はそういう感覚とは別に日数で溜まるもの。

「それは理屈で分かってるけど、なんちゅう隠岐は遠いんや」

 六泊七日だものね。だから隠岐は観光地として京阪神からでも手頃なメジャーな観光地にならないのだと思うよ。中型以上のバイクで高速使っても、

「同じコースを三泊で済ませるとことは可能やけど、出発は深夜になるし、帰って来るのも半端な距離と時間やないで」

 それは隠岐だけに絞ったツーリングで、蒜山や大山を走りたかったら四泊でもシビアだよ。出雲の沖だから感覚的には最果ての地って感じが薄いけど、実際に必要な時間は、

「島流しに使う島ってようわかったわ」

 今だってあれだけ遠いのだから、後鳥羽上皇や後醍醐天皇の時代なら隠岐と聞いただけで絶望感に浸ってもおかしくなさそう。

「当時やったら京都から追い払わられるだけで余裕で罰やもんな」

 だろうね。当時の京都と今の京都、これじゃわかりにくいね。比較するなら東京だろうけど、今なら東京から地方に移り住むのはギャップはあるだろうけど、罰って感覚は薄いと思う。この辺は左遷とか、都落ちみたいな感情はあっても、地方都市でもそれなりに東京と近い暮らしは出来るのは出来る。

 だけど当時の京都は日本で唯一の都市としても良いと思う。奈良や鎌倉も都市ではあっただろうけど、

「奈良かって遷都後はひたすら長期低落状態やろうし、鎌倉かって狭苦しいとこやんか。それよりなにより、都市文化が成立しとるのは京都しからへんかった」

 貴族は文化人なのよね。文化人の楽しみは、自分と同程度の文化と教養を身に着けた人物との交流でもある。そういう文化の卸元は京都であり、そういう文化人は京都にしか棲息していなかったぐらいは言っても良い。

「そもそも言葉さえ通じにくいからな」

 今だって方言はあるけど、当時はそんなレベルじゃなかったもの。別の言語として良い気がする。日本人ならどこでも日本語でそんなに不自由せず通じるようになったのは、明治からの学校教育の賜物だよ。それはそうと風香の問題はどうしてるの。

「鬼舞スカイラインはまず始末しといた」

 あの時に現れた鬼滅羅とかいう半グレ集団は幻じゃない。ああいう連中は執念深いところがあるけど、

「だから糸かけといたやないか。木っ端微塵にしといた」

 だから糸は良くなって、

「そんなん言うけど、のんびり乗り込んでる時間がもったいないやん。それに警察が絡んできたらメンドくさいやんか」

 それはまあそうだけど。じゃあ、依頼した安土グループは、

「あれもややこしい」

 まず安土の息子と風香が結婚してたのは事実だった。こんな段階から確認が必要なのよね。だけど馴れ初めすら判然としないところがある。これだってどうやらレベルだけど、安土の息子が舞い上がって結婚まで持ち込んだらしいぐらい。

「結婚生活もほとんどわからん。確認できるのは子どもは出来んかったぐらいや」

 これが作らなかったのか、作ろうとしなかったのかもわからないそう。だったら旧家の嫁イビリは、

「これもサッパリや。離婚理由は定番の性格の不一致やからな。わかるんは安土の息子の風香への執着が物凄いぐらいや」

 離婚が成立してるのに半グレ集団を雇って拉致しようとしてたぐらいだものね。こっちはどうしたの?

「どうしようかと思たけど、エレギオンHDの弁護団から接近禁止の処置を出しといた」

 それで良いのじゃない。弁護士が出せるのは民事だけなのよね。これを破って接近したら罰金を払うぐらいの脅しだ。だけどエレギオンの弁護団が出した言うのがミソで、もしこれを破ればエレギオン・グループを敵に回すって脅しも入るものね。

「安土もアホやなかったら、自分が雇った半グレ集団が壊滅したのと結びつけて考えるはずや。それも出来へんアホに企業運営なんか出来るか!」

 これで最低限の後始末は済ませたのだけど、問題は風香をどうするかよね。

「風香の目的はスポンサーと見てエエやろ」

 それは見方が浅すぎるよ。それも目的の一つではあるけど、それさえ風香が目指すものの一つに過ぎないはず。そもそも風香があの時点で引退状態になり、結婚までした意味を考えるべきだ。

 風香は女優だ。それも類稀って言っても良いほどの才能を持ち、さらにそれを存分に花開かせている。そんな風香が直面していた問題は年齢で良いはず。いくら風香が頑張っても娘役を演じる限界になっていた。

「そこまで遡るか。そやけど、そこまで見んとわからんもんな。風香が女優を続けるには娘役からのモデルチェンジが必要やったのは事実としてエエわ」

 モデルチェンジと言っても次に来るのは妻役とか、母親役になる。

「言い切ったら母親役や。妻役は娘役から母親役のつなぎみたいなもんや」

 そうなるのが女優と年齢の関係になってしまう。そうなると、

「映画では娘役が主役になる事が多いけど、娘役を従えて母親役が主役になるのもある」

 その路線を狙ったと見ると、

「わからんで、わからんけど、母親役の練習のためにホンマの妻になったのはあるかもしれん」

 そんなものぐらい風香なら、

「だからわからんと言うとるやろが。風香かって平凡な女の幸せを目指した時期があってもエエやろ。そやけどな、一度女優としてのスポットライトを浴びてまうと・・・」

 それはあると思う。そんな例はいくらでも転がってるのが芸能界だもの。一世を風靡したと言っても良い、

『普通の女の子に戻りたい』

 このセリフを残したアイドルグループだって、なんだかんだと言いながら、三人とも芸能界に復帰してるものね。あれだって、引退した時には普通の女の子の暮らしを夢見てたたと思うけど、

「人ってな、隣の芝生はどうしたって青く見えるんや。ましてやその芝生に入ったことなかったらパラダイスに見えるんやと思うねん。そやけどな、実際に入るとすぐに飽きるんやろ」

 結婚への夢や希望もそうかもしれない。そりゃ、ラブラブ夫婦だっているけど、実際はそうでないのはゴロゴロいる。結婚生活のリアルは、

「リアルと言うより、人が夢見るのは、そやな、彼氏の家に行ったり、彼氏が自分の家に来るぐらいの状態が結婚生活って思うんちゃうかな」

 結婚なんかしたことも無いコトリがエラそうな。

「うるさいわい。そやから結婚願望がバリバリあるんやんか。あんな綺麗な隣の芝生で暮らしてみたいやんか」

 気持ちはわかる、経験者であるわたしだって、

「あれが結婚経験って言えるか?」
「ほっといてよ」

 風香も経験してみたかったぐらいかもしれない。少なくとも結婚式を挙げた時点ぐらいは、本気で奥様業をする気はあったかもしれない。だけどね、普通の暮らしって退屈なのよね。

「そう思う。そんな暮らしに小さな幸せを見つけ出しながらタイプならエエけど、スポットライトを浴びた経験者には退屈過ぎるんやと思うわ」

 それでも結婚から引退を貫き通した女優もいるけど、そういうケースが褒められるぐらい少数派と言えると思う。

「そうやと思う。あれも芸能界のわからんとこやけど、ヤクやって逮捕されても復活したのもおるし、復活に執念を燃やすのも多いからな」

 ついでに言えば、復活を擁護する意見も濶歩する。そりゃ、罪を償えば復活しても良いようなものだけど、

「他の業界やったらまずあり得んわ。有名人やなくともスキャンダルさえ命取りになりかねん。不倫やらかして離婚になっただけでも職を失うだけやなく、まともな職に二度と就けへんのは珍しゅうもあらへんがな」

 擁護している人は、どこかでお互い様ぐらいの感覚があると思う。それこそ明日は我が身みたいな保身感覚だろ。

「どこまで行ってもたぶんやけど、風香も結婚生活に飽きて復活を狙ってる可能性は高いと思うわ」