ツーリング日和3(第16話)食の祭典・福井

 話を聞いていた和彦さんは、

「柚香を愛してますが、手遅れなのです」

 そやから傷心旅行やっとってんやろ。ここも柚香さんとツーリングの時は湯の山温泉の一泊二日やったそうや。ひょっとして、

「同じルートで帰っています」

 そやから、あんだけ道を知ってたんか。こっちは助かったけど。もし酷道に突っ込んどったら、最悪通行止めで途方に暮れてたかもしれんからな。そやけど手遅れって、

「今日からですが福井・食の祭典が開かれてまして・・・」

 商工会議所が主催やそうやけど、福井市も協賛してるのか。良くある官製地場製品アピール・イベントやな。和彦さんは直接関与してない部署やそう、つうか関係しとったらこんなとこにおらへんねんけど、同期の同僚がイベントに駆り出されとって、

「日曜日に柚香と平井の婚約発表パーティをするのです」

 それを同じ福井に居るのを避けるために、湯の山温泉の後も福井から離れるツーリングをするつもりやったぐらいみたいや。にしても食の祭典と婚約発表パーティーがつながりにくいが、

「土曜日に福井の名店が料理を出品して、食の専門家に評価してもらう催しがありまして・・・」

 ああ、あれか。食の専門家は言い過ぎで、せいぜい自称グルメ程度の評論家と、

「有名芸能人が食べる提灯ショーね」

 コンクールみたいなもんやなく、呼ばれた連中はひたすら褒めるのが仕事みたいな催しや。なんでそんな事をするかと言えば、

「お墨付イベントよね」

 あからさまに言えば店の宣伝のためや。食い物屋の宣伝でポピュラーなのにテレビ取材を受けたとか、有名人も通ってるってのがあるやんか。あれも東京近辺なら有名人も来やすいけど、地方になるとロケでもない限り、まず来ることはあらへん。

 そこでわざわざイベント開いて、有名人をギャラ出して呼び寄せて褒め言葉をもらおうや。ここでのメリットは裏舞台はともかく、有名人は第三者的な批評者に見えやすいのはある。

 さらにロケ先とか、お忍びで来ているのではなく公開イベントやから、有名人の評価をいくらでも宣伝に使えるのもある。つうか、そのためにギャラ払ってまで呼ぶんやけど。

「ポイントは芸能人のお墨付をいかに効果的にアピールするかもあるよ」

 それが宣伝やから婚約発表パーティやなくて、

「後継者である平井の功績アピール・パーティがメインでしょ」

 平井は新日本海グループの後継者や。そやけどオーナー企業と言えども後継者の実績が欲しいとこや。おそらく平井にしても幸楽園は、初めて任された大きな仕事のはずやねん。実績もあげてるから、そこに有名人の絶賛が加わり、

「婚約発表で花を添えるね」

 ユッキーの考えてる通りやけど、さらに狙いはあると見ている。一つは幸楽園の不評も一部には出ているはずや。質が落ちれば気づくのは福井でもおるはずやからな。それを食の祭典の有名人の絶賛で打ち消す算段や。

「それだけじゃないはずよ。収拾策も狙ってるはずよ」

 これは行ってないから推測になるけど、

「両方じゃない」

 法春荘は幸楽園にとって不要や。救済融資やいうてるけど、返させるものか。そのまま潰してまうやろ。

「居酒屋北の幸の旗艦店でも作るかもね」

 もう一つの狙いは、

「どっちでもイイかもしれないけど、少しはアテにしてる程度かな」

 筋書きはそれぐらいやろな。和彦さんは、

「えっ、それじゃ、柚香はなんのために結婚を」

 ここまでカラクリ聞いてもわからんか。高校の時に振ったのはホントやろけど、社会人になって気が変わるんはようある話や。そうや、実家の法春荘が無くなるより平井との結婚を選んだんや。

「柚香はそんな女じゃ」

 和彦さんと平井の関係は歪んどったんはウソやないやろ。これも平井の顔を知らんから想像の部分はあるけど、平井は和彦さんの容姿に嫉妬したんやろ。もっと単純に言えばイケメンの和彦さんにライバル心を燃やしたぐらいや。

 高校までは自分が勝てる物は実家が金持ちだけやったから、結果としてそれだけでマウントとるのに終始したぐらいのはずや。今でも変わらんと言えば変わらんけど、貧富の差は固定してもたぐらいや。

 公務員は固い職業やけど伸びしろが乏しい職種や。それに比べて平井は会社員、それも伸びてる新興企業グループの御曹司や。これからの差は開きこそすれ、縮まることはないやろ。

「柚香はカネに目を眩んで・・・」
「カネだけやない将来性や。公務員の妻より、オーナー社長夫人になる方を選んだんや」

 そのためには実家の法春荘も踏み台にしたんやろ。夫になる男の幸楽園事業が成功する方が自分のためになるからな。

「そんな冷たい女じゃ・・・」
「計算よ」

 既に幸楽園と法春荘の争いの決着は付いてるようなもんや。ここから盛り返して幸楽園を圧倒する力は法春荘にはあらへんと見たんやろ。資金力がちゃうからな。ならば自分の幸せのために実家を見切るのはありやろ。

 頭冷やして考えてみい。実家の苦境を救うために人身御供みたいな、好きでもない男との結婚を今どきするか。嫌やったら逃げとるわい。ホンマに和彦さんを愛しとったら駆け落ち話の一つぐらい出ん方がおかしいやろ。

「そうだよね。少し飾った別れ話だよ」
「どういうことですか」

 頭の回りの鈍いやっちゃな。融資は融資でも法春荘の清算のためのものや。結納金代わりぐらいやろ。そこまで本当のことを話すのを控えただけや。外から見た結果は同じやからな。

「それでもロミオとジュリエットをする気はあるの。自信があるのなら協力してあげても良いけど」

 ロミオとジュリエットつうよりダスティン・ホフマンの卒業やろ。その気やったら、やったるで、ここまでの話は殆ど推測や。この推測を打ち砕くぐらい柚香さんとの恋に自信があるのならやれるはずや。

「いや、それは・・・」

 ほれ見い。あのな、好きな女がおったら奪いに行くんよ。奪いに来られたら死守するものやねん。それが人を愛するってことや。平井がそうしとるやろ。柚香さんが好きやから、和彦さんから奪い取ってるやんか。

 ほんじゃ、奪われたらどうするかや、そんなもん奪い返しに行くに決まってるやんか。他に何をするって言うんよ。奪われてあきらめられるような女やったら、最初からその程度の愛やってことや。

「柚香と平井の結婚なんて上手く行くはずが・・・」

 そんなもん結婚してみんとわかるはずないやろ。結婚が上手く行くかどうかの最後は二人の相性や。とりあえずカネはあるからな。上手く行くかもしれんし、失敗するかもしれん。失敗すれば離婚するだけの話やろ。

「そういうこと。女もね、それぐらいタフじゃなけければ生きていけないの」

 そんなん言いだしたら、和彦さんが柚香さんを幸せに出来るかも未知数やろ。そりゃ、結婚する前に自信がなかったら話にならんが、自分が柚香さんに与えれるものを考えてみいや。

「そ、そんな・・・」

 情けないやっちゃ。どうして、

『柚香を奪い返して幸せにします』

 こう言えんのや。そこまで言わせるのも酷か。さて、どうするかだけやな。