ツーリング日和3(第17話)気がかりが一つ

 和彦さんと柚香さんの恋は、どこにでもある失恋話と結論してエエわ。平井と和彦さんの中高からの因縁こそあるものの、全部引っぺがしたら、柚香さんが和彦さんを見切って、平井に走っただけの話に過ぎん。

「それ以上の内容はないね」

 和彦さんと柚香さんの復縁話にクビを突っ込む必要がなくなれば、

「単なる企業活動じゃない」

 大衆路線の新日本海グループが高級路線への展開をやっただけの話だものな。法春荘に目を付けた理由はようわからんが、金沢あたりじゃ手強いと見たんやろ。これもわざわざ調べとらへんけど、既に経営が傾いとったんかもしれん。

「それありそうね」

 とにもかくにも買収は断られて、新規で幸楽園を立ち上げて法春荘を圧倒したんに文句を付ける筋合いはあらへんし、あえて法春荘を手助けするほどの縁も義理もあらへん。

「この程度の関りで正義の味方をやってたらキリなくなるよ」

 そういうこっちゃ。そもそもになるけど、どっちが悪で、どっちが正義かって話ですらあらへん。そりゃ、既存店側からすれば後から割り込まれて恨み千万やと感じるやろけど、そんなもん企業活動やったっらイロハや。

 一人勝ちがいつもでも許される世界やないし、そうやって既存店に挑戦する者がいてこそ競争原理が働くんよ。そりゃ、厳しいもんよ。ちょっとでも老舗の暖簾に胡坐かいとったら寝首を掻きにくるのはナンボでおる。

「法春荘は一流だったはずだけど、あれだって二十年ぐらい前の話だから、代替わりがあったのかもね」

 そやな。後はホテルばっかりやったから味落ちたんかもしれん。あない簡単に負けてるしな。料理屋かって栄枯盛衰はある。とくに代替わりの影響は大きい。これは皮肉なことに先代が優秀な料理人であるほど大きいとこがある。

 名人扱いなんかされようものなら、誰が跡を継いでも災難や。ちょっとでも味が劣るとケチョンケチョンにされるとこがあるねん。

「肩を並べてもダメで、上回って、やっと同等の評価ぐらいの時もあるものね」
「失われた味は神格化されて、ナンボでもインフレになってまう事が多いからな」

 なんかその辺を法春荘は狙われて撃沈したぐらいが真相の気がしとる。まあ、ある程度の関りがあったとしても、経営判断としては切るな。企業にも寿命は確実にある。伸びとる企業はテコ入れの見返りを期待できるけど、

「落ち目のところはカネをドブに捨てるようなもの」

 いくら注ぎこんでも穴の開いたバケツ状態になるんよ。それやったら新規で事業を立ち上げる方がマシや。これは企業買収の時の基本の「き」や。ぐだぐだ屁理屈並べたけど、ツーリング先のことやし、この話はこれで終わりにしようや。

「それで良いと思うけど、一つ気になるの」

 あれか。どうなってるんやろうな。関白園で修行したぐらいは宣伝文句に使うても問題は無さそうな気はするけど、

「ああいうとこって、古くからの伝統とか、慣習がうるさいじゃない。たとえばエレギオンの金銀細工師の名乗りとか」

 あれもうるさかった。とにかく弟子入りしていた事さえ話すのを許さないだったからな。

「それにさ、関白園はともかく龍泉院の名が許されたは無いと思うよ」

 たしかに無さそうや。

「それと龍泉院と関白園が絡んでくると他人事じゃなくなってくる」
「旅の仲間か」

 そこは動いてやるべきか。そやけど動くやろか、

「それはわからない。関白園の板場がどうなってるなんか知らないもの」

 こんなことでシノブちゃんの手を煩わせるのは悪いもんな。教えると言うか、聞くだけやったら手間かからんし、問題なかったらそれでヨシ、問題があるんやったら、

「それは関白園と幸楽園の問題だから、わたしたちは関係ないし」

 そっちはそっちでやってくれか。告げ口するみたいで気が引けるとこもあるけど、看板に偽りがあるのは良うないよな。産地偽装みたいなもんでお客さんにも迷惑かかる。それに問題があったとして関白園が動き出すのはすぐやないやろ。

「そこそこ。わたしたちがやりたいのはツーリングよ。水戸黄門ごっこをやりに来てる訳じゃないんだから」

 そやな。今回のツーリングのための休みかて、やっとこさ取れたものやしな。とくに明日の一乗谷はなんとしても見ておきたい。今回逃したら、次はいつになるかわからへんやんか。そうなるとスマホやけど、

「あちゃ、圏外や」
「圏内のはずないでしょ」

 山ん中もエエとこやもんな。そうなると有線やな。宿の内線から外線つなぐなんて久しぶりやな。つうか出来るんやろか。説明は・・・出来るやんか。忙しい時間帯やから悪いと思うけど・・・つながったけど、さてなんと名乗ろか、

「コトリ、言いまんねんけど・・・」

 これじゃ無理やんな。本名出したら話は早いんやけど、それはそれで話がデカなってまうし。こういう時に困るんよね。

「コトリ様ですね。ご予約でしょうか」

 そうなるんやけど、あれっ、電話の向こうがバタバタしてるやん。

「コトリはん、ホンマにコトリはんなん!」

 出てくれた。これはこれでラッキーやねんけど、なんでいきなり出てくるんや。どないなっとんねんやろあの店。まあエエわ。

「忙しい時間に悪いな。実は確認しときたいことがあって・・・」

 やっぱりな。ユッキーの思てた通りや。普通はそうなるやろ。ちょっとちゃうけど芸事の世界に近いもんな。えっ、えっ、えっ、それはアカンて。明日は土曜日やで。なに考えてるねん。そりゃ、そっちにしたら重大問題かもしれんけど。

 だから、ヒマそうにしてるのがもう一人おるやんか。だから、こういう時は水戸黄門ごっこが効果的やねん。歳も恰好もそのままやんか。えっ、ヒゲがないしハゲてるし白髪やないってか。そんな見た目やのうてやな。話聞かんかい。

 それに助さん、格さんがいないってか。そんなん知らんがな。風車の弥七がなんでいるねん。うっかり八兵衛なんか邪魔なだけやろが。そやからヒマ人の方が効果的やし。何遍も言うとるやろが、なんで明日にこだわるねん。そやから・・・

「ガチャン」

 切るな!

「どうだった?」
「思惑通りになったけど、ゴッツイ計算外や」

 ユッキーのやつ笑いながら、

「コトリでも説き伏せられなかったのね」

 しゃ~ないやろ。あんにゃろ、マシンガンみたいにしゃべくり倒して、コトリの言うこと聞く気もあらへんねんから。

「仕方がないわね。付き合ってあげましょうよ。旅にはこれぐらいのトラブルは付き物よ」

 そりゃそうやけど、なんか毎回起こってる気がしてきた。前も付き合ったばっかりに浜田城と、津和野城と、乙女峠見逃したやんか。

「その代わりに錦帯橋を渡れたじゃないの。あそこのスッポン・ソフトクリームは他では食べられなかったよ」

 今回はそれが幸楽園って言うんか。そうなると明日の昼食になってまうけど・・・気が乗らんけどそうするか。

「だいじょうぶよ。八時出たら九時に平泉寺に行けるじゃない。和彦さんそうでしょ」
「ええ、裏道走れば三十分ぐらいです」

 ユッキーめ、平然と名前呼びしやがって。まあそれは置いとくとして、平泉寺を一時間ぐらいで見たら大野城に十時か。そうなると、どこか打ち合わせをしてから、幸楽園になるな。幸楽園は三十分もあったら終わるやろから、越前一乗谷に引き返して午後の一時ぐらいになりそうやな。

「二時間ぐらいになっちゃうけど、それは仕方ないよ」
「敦賀は気比神社にお参りして、気比の松原を流すぐらいやな」