ツーリング日和3(第7話)湯の山温泉

 そろそろ今日の泊りの湯の山温泉に近いはずやねん。このパーキングは御在所岳ロープーウェイの手前ぐらいやねんけど、今日の宿は鈴鹿スカイラインのもう一本南側の県道沿いにあるねん。

 この県道やけど、入るには、ここから三キロぐらいさらに下って入り込むのやけど、地図上ではこのパーキングの横につながってるねん。

「でも入り口は封鎖してあるね」

 そやからナビは大回りせえと言うとるけど、

「あそこから行けるのじゃない」

 県道の入り口は封鎖してあるけど、駐車場の横にも出入り口があって県道に入れそうやねん。その先がどうなっとるのかわからん。和彦さんと、

「どうしてコトリも名前呼びするの!」
「呼んだ者勝ちじゃ」

 それはともかく三人で駐車場からのエスケープ・ルートが果たして使えるかどうかの相談。すると、

「わたしが見てくる」

 や、やられた。あのツンデレ温泉小娘め。今日はお得意のツンなしで、いきなりのデレ勝負に出よった。コトリも一緒にと思たけど、コトリも行ったら連絡出来んようになる。三分もしないうちに、

「通れるよ。宿の前で待ってる」

 行って見たらユッキーが宿の前の駐車場にバイク停めて待っとってんけど、

「同じだったのですか」

 ユッキーが選んだのは全部で八室の小さな宿やねん。いかにもユッキーらしいけど、県道の一番奥にあるねん。パーキングからやったら七キロぐらいあるさかい、近道したかってん。フロントで受け付けしたら部屋もお隣さんやった。


 湯の山温泉やけど、ユッキーの好きな秘湯やない。そりゃ、二十軒からあるし、大型の施設も多いんよ。そやけど古湯としてもエエやろ。見つかったんは、養老二年となってるからな。鹿が傷を癒しとったから鹿の湯とも言われたそうや。

「始まりの伝説はそうだけど・・・」

 湯の山温泉の湯量は豊かやないようで、廃泉になってたのを復活したんが元禄時代やねん。以後も盛衰はあって、湯の山まで鉄道が出来てから栄えたぐらいやな。どっちか言うたら新しい方の温泉いうてもエエぐらいや。

「でも滋賀も秘湯は少ないの」

 ユッキーも今回の計画であれこれ探し回っていたけど、コースと宿の兼ね合いでウンウン唸っとったからな。

「御在所岳も一度見たかったし」

 まあエエやん。コトリも行きたかったからな。さっそく風呂や温泉や。

「この檜風呂良いよ」
「露天風呂が面白いやん」

 露天風呂の湯船は焼き物なんよ。二つあって壺湯って雰囲気や。床も壁も天井も檜でエエ感じやねん。今日も結構走ったから気持ちエエわ。この時間を楽しみに走ってるところは確実にあるもんな。

「コトリ、今夜は負けないよ」
「誰が負けるか」

 爽やか系の好男子でエエやろ。背も一八〇近くあると思うで。

「顔はソース味かな」
「そんなもん、今どきの子がわかるか!」

 体もモヤシやあらへん。引き締まってる感じでスタイルもエエんよ。KTMを軽々と扱うてるもんな。

「腕も良いよ」

 あれは走り込んでるな。あのタイトなコーナーをヒラリヒラリとクリアしよった。あれだけの走りはそうそうは出来ん。なんちゅうか、走りに色気があったもんな。

「わたしなんか後ろ姿に興奮したもの」
「コトリなんかイッてまいそうやった」

 後は、

「みっちり教えてあげる」

 あれは心配しとらへん。童貞でもOKや。風呂あがったら、

「ユッキー、なにやってるんや」
「化粧に決まってるでしょ。女の嗜みよ」

 負けとられへん。ここの食事は部屋食じゃないから、

「和彦さ~ん」

 同じテーブルにしてもろた。

「一緒で良いのですか?」
「当然よ。女二人で食べるより十倍は美味しくなるもの」
「和彦さんも一人で食べるより楽しいやろ」

 いかん後手に回っとる。メニューは、海の幸、山の幸やけど、さすがは松坂牛が出てくるか。これはお代わりを、

「あらコトリ、そんなに食べるの。ブタになっちゃうよ」

 しもた。いつものクセが出てもた。今夜はお上品に、お淑やかに、そして情熱的にや。

「それにしても、最近の一二五CCは良く走りますね」
「まあ、ちょっとだけ触っとるから」

 ここで彼女の有無に雪崩れ込んでもエエんやけど、もうワン・クッションだけ置きたいよな。和彦さんは福井やから、知っとるかもしれん。明日は越前大野に行く予定やねんけど、ルート的には、

 ・国道一五七号
 ・国道四一七号

 これが候補やねんけど、どっちも厳しい道やねん。

「どっちらもお勧め出来ませんね・・・」

 国道一五七号は酷道の筆頭にも挙げられるぐらいの厳しさで、

「走ったことはありますが、いわゆる酷道区間が六十キロぐらいで三時間ぐらいは見ておいた方が良いでしょう」

 一車線のすれ違い困難のワインディングが延々と続き、ガードレールもカーブミラーもないそうやねん。落石もしょちゅうあるらしく、

「洗い越しもバイクでは辛い時があります」

 洗い越しってなんやと聞いたら、川があったら普通は橋かけるなり、道路の下にトンネルとか掘るやんか。そうせずに道の上を川が流れとる状態やそうやねん。水の量は雨で変わるけど、多い時には結構なものになるそうやねん。

「国道四一七号の酷道部分は林道冠山線ですが・・・」

 こっちの方が短くて二十キロで一時間かからんぐらいとしとった。そやけど、こっちもガードレールもカーブミラーもなくて洗い越しはあるそうやねん。

「それと、そういう道ですから、よく通行止めになりますから、行って見て走れない事もしばしばあります。国道マニアの中には幻の酷道と呼ぶ人もいます」

 酷道だけやったらバイクでも走れるけど、通行止め喰らうたらアウトやもんな。

「とくに女性にはお勧め出来ません」

 うぉ、ジェントルマンやんか。コトリはシビレたで。ほいやったらどうするかやけど、

「酷道をあえてトライするのもツーリングの楽しみですが、お勧めは国道三六五号経由です」

 なになに湯の山温泉から、いなべ通って関が原抜けて行くコースか。えっと、それから長浜から木之本通って栃の木峠を越えて今庄って、

「それって北国街道やんか」

 戦国ロマンの道や。勝家が秀吉との決戦のために賤ケ岳に押し出して来たのもこの道や。負けて帰る時もやけど、

「コトリ、決まりね。途中で関が原と一乗谷に寄れるものね」

 一乗谷も通り道になるんか。あそこも何故か接待観光でいっつもパスされる。その代わり永平寺ばっかり。二択なら永平寺になるのはわからんでもないけど、あそこまで決め打ちせんでもエエと思うわ。

 それだけやない小谷城の真横も通るやんか。姉川もあるし戦国時代のスター戦場みたいなとこや。

「コトリさんは歴史に詳しいですね」

 歴女やからな。全部回るんは無理でも、小谷城戦国歴史史料館ぐらいは見ときたいな。

「スムーズに行けば五時間ぐらいで大野に着くはずです」

 待てよ、待てよ。ここを八時に出発として、次の宿に五時到着と考えると、観光に使える時間は四時間ぐらいか。御在所岳は・・・

「よろしかったっら道案内しましょうか」

 ええの、ホンマに。コトリたちは原付やから下道ツーリングやで、

「高速を使うのは行動半径を広げるのに有用ですが、ツーリングの真の楽しみは下道にあります」

 そや。ツーリングは効率やあらへん。効率も欲しい時あるけど、その道を走って見るもの感じるものが醍醐味や。強がりも半分以上あるけど。するとユッキーが、

「和彦さんの明日のご予定は」
「明日も明後日も空いてますから御心配なく」

 百パーセント脈ありや。