ツーリング日和2(第14話)四国カルスト

 七時に起きて風呂に入り、八時から朝食です。かなりシャレた感じでザルに盛られた飾りつけです。荷物をバイクに括りつけ出発です。コトリさんも張り切ってまして、

「四国カルストも人気のスポットやから早出が肝心や」

 今日も杉田さんが先導で、コトリさん、ユッキーさん、ボク、原田と続きます。とりあえずは宿の前の酷道ヨサクを登って行きます。

「曲がるみたいだな」
「やっとヨサクとお別れできるぞ」

 県道三〇四号とありますが、二車線の整備された道ではありますが、とにかく登ります。宿から標高で千メートルぐらいありますからね。

「杉田さん、飛ばすな」
「杉田さんも早いが、それに付いていける原付って、まさにスーパー原付だな」

 見る見る置いていかれました。それでも登り詰めると天狗荘があり、そこで待ってくれています。

「おい原田」
「ああ、これが四国カルストか」

 コトリさんたちも、

「コトリ、ついに来たね」
「ここから天空の道や」

 風景に圧倒されるとはまさにこの事かもしれません。日本には三大カルスト台地と呼ばれるものがあり山口の秋吉台と、四国カルストと北九州の平尾台となってるようです。飛びぬけて大きいには秋吉台で五四〇〇ヘクタールもあるそうです。面積だけなら四国カルストは七四〇ヘクターですかあら秋吉台の一割強ぐらいですが、ユッキーさんは、

「四国カルストの値打ちは高さと眺望よ」

 一番高いところで標高千四百メートルにもなるそうでまさに高原です。コトリさんがこれに付け加えて、

「そうや、幅は三キロぐらいしかあらへんけど、長さは二十五キロぐらいあるねん。高さと長さやったら日本一、このパノラマも日本一や」

 天狗荘があるあたりが天狗高原になりますが、とにかく走って行きます。ユッキーさんもはしゃいでいて、

「細長いカルスト台地の真ん中を走れるのが最高」

 道は一車線ぐらいで、クルマが押し寄せてきたら渋滞しそうです。あれ、五分もしないうちに杉田さんが停まります。

「見晴らし台から展望台に行きます」

 心の中で歩くのかと一瞬思いましたが、コトリさんは、

「展望台は見晴らしのエエところやから作ってあるもんや。これをイカン手はないで」

 ユッキーさんもすたすた歩いて行きます。でも行って正解でした。言葉も出ないとはあんな感じだと思います。ユッキーさんが呟くように、

「日本じゃないみたい」

 天狗高原の展望台を満喫したら五段高原を抜けて姫鶴平に向かいます。

「牛が草を食べてるぞ。この辺は牧場のようだな」
「日本で一番高いところにある牧場かもしれんな」

 天狗高原から道路からは高知の方が見えてましたが、この辺から愛媛の方がよく見えます。道も二車線になっています。

「ずっと走っていたいな」
「こんなルートがこの世に存在するとは」

 風力発電の大きなプロペラが回っているのも高原の雰囲気に合ってる気がします。あそこに見えるスレート噴きの屋根は牛小屋のようですが、杉田さんは右に曲がって入って行きます。
途中で展望所に登り、さらに進むと三叉路に出ます。そこでバイクを停めてなにやら相談しているようです。

「ケヤキ平の大とちの木までどれぐらいや」
「往復で三時間ぐらいでしょうか」
「無念やが今回はあきらめるわ」

 どうやら右の道を行くとケヤキ平の遊歩道の入り口までは行けるようですが、コトリさんたちのお目当ての大とちの木まではかなり遠いようです。

「原田、キャンプ場もあるぞ」
「いつかはキャンプしたいものだ」

 ここの夜は最高だろうな。県道に戻ると姫鶴荘で休憩。ユッキーさんたちは、

「ハイジの世界ね」
「誰も覚えとるかい」

 ハイジってなんだろう。それはともかく、これだけ壮大な景色に圧倒されっぱなしです。杉田さんは、

「天狗高原から姫鶴平が四国カルストでも銀座のようなところだ。だからこの間を四国カルストと呼ぶものもいるし、ここしか見ない観光客も多い。だが、ここから先の大野ヶ原も見ておいて損はない」

 天狗高原から姫鶴平まではまさしく天空の道ですが、大野ヶ原に入ると風景が変わってきます。道の両側に木が生えている山があり、谷間の道と言う感じになります。しばらく走ってから杉田さんが左の道に入ります。ここも一車線半もない狭い道ですが登り詰めると駐車場があります。

「歩くで」

 駐車場から続く道の先には森があり、

「あれが一夜ヶ森や」

 伝説では弘法大師が野宿した時に朝起きると、今まで何もなかったところに森が忽然と出現したそうです。ユッキーさんは、

「お大師伝説にしたら変わってるね」

 コトリさんが補足してくれたのですが、弘法大師の伝説の多くは、霊泉が湧きだしたとか、橋をかけたりとかの類が多いそうですが、

「この森はお大師さんをダシにしとるところに面白みがある」

 それでも変わった森だそうで、周囲に山火事が起こった時にも一度も燃えたことがなく、今でも入らずの森になっているそうです。駐車場に戻ってきた道を引き返したのですが、杉田さんはまた途中で右に曲がります。

「笹岡、この道きついぞ」
「ああ、ボクたちのバイクでも狭いと感じるぐらいだ」

 ヘアピン・カーブを三回曲がって着いたのが源氏ヶ駄場駐車場と書いてあるところ。コトリさんが、

「絶景の寺参りや」

 また歩きです。行き着いた先にはコトリさんの言葉通り寺がありますが、コンクリート造りのお堂のようなもの。ただ名前だけは大きくて、

「大空海山幸福寺は付け過ぎじゃないか」

 するとユッキーさんが、

「まあそうだけど、世の中には湯たく山茶くれん寺もあるからね」

 そんなふざけた名前がと思いましたが、

「秀吉が北野大茶会に向かう途中に名水が湧いている浄土院ってお寺に立ち寄ってお茶を所望したんだよ。秀吉は二杯目のお茶も所望したんだけど、二杯目からは何杯所望されても白湯しか出さなかったからだよ」

 だから湯たく山茶くれん寺なのか。するとコトリさんが、

「それは天下の大茶人の秀吉に住職ごときが二杯目のお茶を出すのを遠慮したからやねん。それを秀吉も気が付いとってんけど、わざとお茶を要求して白湯を何杯も飲んでるんや。つまりは洒落の応酬や」

 もっと驚いたのはその寺が今でもあり、寺には秀吉が戯れに湯たく山茶くれん寺と名付けた石碑まであるそうです。

「それとな、ここから見えるのが源氏ヶ駄場や。」

 これも伝説ですが、源平合戦の頃に平家の軍勢がここまで来たそうです。ところがカルスト台地の白い石の群れが源氏の白旗の大軍に見えて逃げたとか、

「そうなっとるけど、もし実話に基づいているなら逆の気がするわ。落ち延びる平家の落人が源氏の追跡を振り切ったんちゃうか」

 こんなところまで平家が攻め寄せたと考えるより、こんなところまで平家の落人が来たと考える方が可能性はあるかもしれません。

「杉田さん、甘いもんにしようよ」
「では」

 道を戻りしばらく走ると、もみの木と言う店があり、

「見ての通り牛が多いところで、新鮮な牛乳で作るチーズケーキとソフトクリームは名物だ」

 ボクたちはチーズケーキだけにしましたが、コトリさんたちはソフトクリームも食べていました。味はシチュエーションもあるにせよお勧めです。