ツーリング日和(第26話)高原ツーリング

 宿から四万十川を遡っていくのだけど、これとも別れ国道四三九号に入る。

「通称ヨサクだ」

 日本三大酷道とされるぐらいのエグイ道だそうだけど、

「この辺は普通に細い道だ」

 あんまり普通じゃないけど、ヨサクの本領を発揮するところは走りたくないと思った。モトブロガーの中には酷道や腐道、険道、さらには死道を専門にしているところもあるけど、

「廃道専科もいるぞ」

 道どころか川を遡っていくのもあった。そこまで行けばオフロードの世界だけど、酷道、腐道、険道、死道だってオンロード、それも大型じゃ走りたくない。見る分には面白いけどね。ヨサクは四万十川の支流の梼原川、さらに北川川沿いに登って行き、

「天狗高原の方に行くぞ」

 左だな。この辺からはグイグイ高度を稼いで行く感じになってる。ヘアピンもあってこれキツイよ。アーチの歓迎看板に後二キロって出てきた。だいぶ見えてる山が低くなり空が開けてきた。グイって感じのヘアピンを曲がるとその先に見える建物はレストハウスのはず。

「あそこで休憩だ」

 宿から二時間ちょっとかかったし、ここまでノンストップだったものね。ここは星降るヴィレッジTENGUってなってるな。さすがの大眺望だ。方角的にあっちが太平洋側だろうな。

 ここがあの四国カルストの東の始まりぐらいになるはず。こういうカルスト台地で一番有名なのは山口の秋吉台になるけど、東京に住んでいるとこういう地形をなかなか見れないんだよ。

 カルスト台地って草原が広がって、白い岩が点在するはずだけど、この辺もそんな雰囲気あるもの。それとここは単なるレストハウスじゃなく宿泊施設もあり、さらに天文台やプラネタリウムまである立派なもの。その辺の取材もするための休憩タイム。

「水無月君、さぼるな。ちゃんとコメント入れろ」

 ガイド役もいつものようにやらされた。記者のはずだけど、こっちがメインになってるのは気のせいか。そんな休憩タイムが終わって出発。四国カルストは標高千四百メートルの高原地帯。地理的には高知県と愛媛県の境ぐらいで良いはず。四国カルスト自体が一枚の屏風のように分けてる感じだ。

 四国カルストはその屏風の頂上付近に広がってるのだけど、カルスト台地だから森とか林がなくて一面の草原。牧場にもなっていて牛がいるのよ。だからとにかく見晴らし最高。だけどね四国カルストから見渡す絶景より、四国カルストに広がる風景がとにかく絶景。

「絶景、絶景って、語彙が乏しいぞ」

 うるさいぞ、道はそんなカルスト台地の中を走って行くのだけど、まさに天空の道だ。こんな道ならどこまでも走って行きたい、天狗高原。五段高原、姫鶴平って走って行くのだけど、四国カルストのメインはその間の五キロ足らずだった。

 景色も道も文句のつけようがないところだけど、欠点は距離もあるけど、人気があり過ぎる。ここはツーリングのメッカでもあるけど、ドライブコースとしても定番中の定番。そうなのよ、混み過ぎてる。仕方ないけどね。

 地芳峠を越えたところで北上して国道四四〇号に。国道とはいえセンターラインの無い一車線半の山道を下って行く。なんにもないところだけど、さすがにお腹空いたよ。とは言うものの、こんなところに食べ物屋なんてあるのかな。

 食べ物屋どころかコンビニすら影も形もなさそうだよ。これだったら姫鶴平でお昼にすれば良かったのに。峠からの下り道が終わると二車線になってくれてホッとしたけど、清水先輩はアテがあるのかな。

 川沿いの道を走るのだけど、あれっ、国道三十三号に変ってる。重複国道なんだろうな。地名は久万高原町ってなってるから、この辺もまだ高原地帯なんだろう。へぇ、道路案内だったら、この道は松山まで通じてるみたいだ。そろそろ姫鶴平から一時間だけど、

「ここで昼にしよう」

 木造二階建で、茜色の壁土が妙に綺麗な建物だけど、ちゃんと食事処って幟が出てるじゃない。中に入ると、これってお土産屋なんだろうか。そこに食堂が併設されているスタイルで良さそう。ラーメンとか、そば、うどんの麺類が中心だけど清水先輩は、

「美川ラーメンを定食で」

 双葉はオムライスセットにする。この辺の食堂も兼ねてるのかもしれないな。昼食をすませてさらに走って行くと家が増えてきた。街って言っても良いかもしれない。橋を渡って突き当りに信号があり、

「右だぞ」

 ホントだ。石鎚スカイラインって書いてある。そこからも川沿いの道を走っていくと昼食を食べた店から三十分ほどで大きな石の鳥居が見えてきた。

「この鳥居の先が石鎚スカイラインだ」

 鳥居の前で撮影休憩を、

「休憩じゃない仕事だ」

 登り始めたのだけど、相当な急勾配に、かなりどころでないワインディング。ここまでのクラスになると頭文字Dの世界だ。そんなものどうして知っているかだけど、聖地巡礼企画をやったから。あれは関東の峠が舞台だものね。

「秋名は普通の峠道だったけど、正丸峠はかなりやばかった」

 秋名は榛名のことだけど、もともとは観光のための有料道路が始まり。頭文字Dのイメージで走ると、あれってなると思う。

「だと思うよ。拓海が高橋涼介を追い抜いたカーブは三車線あったからな」

 これに対して正丸峠は頭文字Dの世界に近くなる。秋名がセンターライン付きの二車線なのに対し一車線半。見通しの悪いブラインドカーブが多いのは峠道だとしても、道路の整備が宜しくない。路面は荒れてるし、路側には落ち葉とかが残っている。カーブミラーとか反射板の整備もおざなりで、

「昼間にバイクで走っても緊張したよな」

 そうだった。今でも頭文字Dの聖地として中途半端に人気があるから、クルマもそれなりに多いものね。走りたくなる気持ちはわかるけど、たいがいは一度走れば満足すると思う。あんなところ、話のタネに一度で十分だもの。

 そんなところでバトル、それも夜にするなんて狂気の沙汰としか思えなかった。よく覚えてないけど街灯なんかあったっけ、

「秋山渉はホームコースしているからまだしも、拓海は初見だぞ」

 秋名で拓海が強かったのは毎日走ってコースの隅々まで覚えていたこと。夜の正丸峠で秋山渉が早いのはまだしも、初めて走った拓海がまともに走れるだけでも驚きじゃない。

「その辺はマンガだから、碓氷のC131のドリフトも初見で一発で決めてしまったがな」

 あれを荒唐無稽と見るか、拓海の天才性と素直に受け取るかはともかく、頭文字Dが名作とされるのは内容もそうだけど、最後のエスカレートをしなかった点だと思ってる。あの手のマンガの王道としてエスカレートは必至なんだ。

 基本は主人公がライバルを打ち倒していくのだけど、倒せば倒すほど相手も強くなってくる。頭文字Dもそうで、最初は秋名で無敵を誇るけど、やがて他の峠への遠征をするようになる。そして高橋涼介のプロジェクトDに加わって関東制覇を目指してる。

「そこで終えられたのが凄いよ」

 そう思う。だって関東を制覇したら全国制覇を目指しそうなものじゃない。それをやらなかったのは連載の人気が落ちてたから?

「さすがにそこまでは知らないが、魅力的なライバルを作り出すのに限界を感じたのじゃないかな」

 こういう話のライバルって、主人公でも敵わないと思わせる存在感が必要なのよね。そんな強大なライバルを主人公がどうやって倒すかに読者は注目するのよね。考えてみればラスボスみたいなのは誰になる。

「同じハチロクに乗る乾伸司にストーリー上はなるけど、真のラスボスは・・・」

 拓海が勝てなかった須藤京一、

「いや須藤さえ勝てなかった高橋涼介だ」

 そうなるよね。シリーズが進むと解説者みたいなポジションになっちゃったけど、本来のラスボスのはず。でもどうして、

「マンガ連載の宿命みたいなものだろう」

 マンガは小説とは違う。小説は例外的なものを除いて、ストーリーが完結する。つまり書き出した時から、全体の構成を考え、結末に向かって進んで行くものだ。だがマンガはちがう。連載でひたすら話が伸びていくものだもの。

 これがどれほど伸びるかは人気だ。人気を博せば作者が死んでもシリーズが伸びる物さえある。

「ゴルゴだな」

 ゴルゴは例外的としても、作者の気力と創作意欲が続く限り話は伸びていく。だけど伸びるか伸びないかは、読者の支持なんだよ。とくに初期連載でどれだけ支持を集められるかは大きいのよね。

「高橋涼介が魅力的なラスボスだったから頭文字Dはヒットしたが、連載が長期化してからは扱いに困ったとも見れるよ」

 高橋涼介以上のライバルを登場させることが出来なかったとも言えるものね。この辺は、

「そうだ。サッカーのようなチーム戦ならオールスターで世界に臨むも出来るが、レースは個人戦だものな」

 どこかで作者は高橋涼介との再戦構想も温めていた気がするけど、勝つのは主人公である拓海なのはお約束みたいなものだから、やれなかった気がしないでもない。

「インプに乗った拓海にFCの高橋涼介が勝てないよな」

 そんな事を話しているうちに石鎚スカイラインの終点みたいだ。