ツーリング日和6(第10話)三日目

 朝はノンビリさせてもうた。まあ、一日目は神戸を三時出発やったし、二日目は秋田を五時で異常に早かったからな。これも理由があるんよ。平館に泊まったのは温泉目当てもあったけど、三日目の予定の都合もあるんよね。

 狙いは蟹田に行ってむつ湾フェリーに乗る事やねん。このフェリーは下北半島の脇野浜に一時間ぐらいで着くんよ。メリットは陸奥湾を楽しめるのもあるけど、下北半島へのショートカットや。

 下道で下北半島目指したら青森市抜けて陸奥湾をグルっと回らなあかんし、また戻ってこなあかんやん。むつ湾フェリー使うたら周回コースに出来るメリットは大きいからな。このむつ湾フェリーが九時二十分出航で蟹田まで十五分ほどやから、

「九時までに乗船手続きってなってるから、八時過ぎで余裕だよ」

 青森のお土産も買わなあかんねんけど、定番はリンゴを使ったスウィートみたいや。これはこれでエエんやけど、女将さんとも親しなったから、ちょっと変わったもんがないか聞いてみたんや、

「変わったお土産物だが。あれがお土産になるがどうがわがらねす、そもそもお土産屋さ売ってらようなものでもねのばって」

 これがおもろかった。まず挙げられたのがスタミナ源たれ。焼肉だけじゃなくて万能ダレとして青森では愛用されてるみたいで、青森産の大豆・小麦百%の醤油をベースにこれまた青森産リンゴやニンニクで作られてるらしい。

「青森ってリンゴだけじゃなくてニンニクの生産量も日本一って知らなかった」

 コトリもや。次に言われたのがご当地カップ麺で、なんと煮干しスープのカップ麺でネーミングが激にぼ。津軽ラーメンのカップ麺みたいなものでエエやろ。津軽ラーメンは食べられそうにあらへんから、お土産にピッタリかもしれん。

 リンゴジュースも勧められたんやけど、青森のリンゴジュースは品種別にあるんよ。その中で変わり種が一升瓶入りのやつ。ふじ百%で一本五百五十円ってウソみたいに安いんよ。もっともこれは物産館に行かんと手に入らんって言うてた。

 後は昆布醤油漬けのつる太郎とか、イカとチーズの珍味のなかよしだとか。神戸やったら見たことも聞いたことのないもんばっかりやねん。そんなものがどこで手に入るかと聞いたら、

「スーパーでもコンビニでも売ってら」

 そうやねん。青森県人なら日常食品でエエみたいやねん。他にも話のついでに出たんやが、イギリストーストなるものがあり、青森県人のソウルフードみたいなもんやそうやねん。

「わーも県外さ行って、存在すね事さ驚いだ」

 女将さんと大将に見送ってもらって宿を出発。最初はどないなるかと思たけどエエ宿やった。縁があったらまた来てみたいもんや。蟹田にあっさりついて、あそこやな。なんかタワーみたいもんが着いとるところが事務所やろ。

 バイクと合わせて三六〇〇円はチト高いと思わんでもあらへんが、時間と距離の節約やと思たら余裕でお釣りや。もう乗ってもエエようや。可愛いフェリーやな。バイクを固定してもうてデッキや。

「コトリ、イルカが見られるかもって」

 陸奥湾にイルカなんか来るのかと思たけど、イカを追って入って来るねんて。そうやそうや、イカも青森が水揚げ日本一なんも初めて知ったわ。イルカを見られるポイントもあるみたいで、出航して十五分後、三十分後、四十五分後ぐらいに可能性が高いとなってる。

 さて出航したけど、陸奥湾は綺麗やな。この辺は目ぼしい産業が発展せんかった事とのトレードオフになってまうけど、やっぱ青森は無理あるよな。それを言い出したら東北全体もそうやねんけど冬は寒いし雪が降る。

「そうなっちゃうよね。それを逆手に取って地域の特性を活かすと言っても簡単じゃないもの」

 とくに重厚長大産業は無理や。無理して青森に作らんでも他にあるもんな。日本だけやないけど、全国一律に政府はしたがるけど、全国一律にしたら、地方の置かれている環境の差がモロに出る。

 だから・・・はやめとこ。政治はコリゴリや。どないしたって国民に不満は出るからな。あんだけやってんから後は免除でも罰当たらんと思うで。イルカには会えんかったけど脇野浜に到着。

 まず仏ヶ浦を目指す。国道三三八号で五十分程や。ここは海岸線の巨岩、奇岩が名物やけどそんなに昔から有名なとこやない。有名になったんは明治の旅行家の大町桂月の紹介で、

『神のわざ 鬼の手つくり仏宇陀 人の世ならぬ処なりけり』

 それから観光名所になったぐらいや。

「歩いて見に行かないの」

 海岸まで歩いて二十分ぐらいやし、遊覧船も往復で一時間半ぐらいかかるからパスや。せめて展望台から気分だけ見とこ。

「お昼ご飯は大間にするの」

 そうやと言いたいし、そうしても良いのやけど、今が十一時半で仏ケ浦から大間まで一時間ぐらいかかるねん。そやから選んだんは仏ケ浦から十分の、

「ここなの」

 どこからどう見ても大衆食堂のぬいどう食堂や。

「ツーリングにはピッタリだけど・・・」

 店内もコテコテの大衆食堂でメニューかって手書きの短冊や。

「ここって大衆食堂よね。正油ラーメン五百円とか、海鮮ラーメン七百円はわかるけど・・・」

 言いたい事はわかる。ここの名物はウニ丼やけど千五百円やねん。ウニやから仕方がなとも言えるけど、マグロ丼で千八百円、いくら丼で二千円やねん。割安と言えんこと無いけど、大衆食堂の単品価格に見えへんのはわかる。

「ウニ丼とマグロ丼」
「うちもウニ丼とマグロ丼」

 マグロ丼も頼んだんは大間でマグロを食べられそうにあらへんかったからや。

「このウニ丼って・・・」

 コトリも実物見て驚いた。ウニが丼にみっちり敷き詰められてるだけやのうて、山盛りになってるんよ。あんだけウニが堪能できるウニ丼なんか初めてや。

「ここじゃないと食べられない名店ね」

 お腹の中がウニとマグロだらけになって大間に出発。一時前には大間崎に到着。本州最北端の碑とマグロのモニュメントの前で記念撮影や。北海道が近いわ。

「本州の南と北はこれで征服した」

 いやいや、まだバイクで潮岬行ってへんけど。大間観光土産センターではシノブちゃんとミサキちゃんへの賄賂の調達。

「大トロは外せないよね」
「カマトロもエエで」
「腹上一番も凄そうね」

 甘塩の粒ウニもセットでどうや。大間自体はマグロ食わんかったらさして見るとこがあらへんから、

「いよいよ次は」
「恐山」

 津軽海峡沿いに国道二七九号を走り、大畑から県道四号で恐山に、

「わざわざ県道は四号なのね」
「わざとやろな」

 あれが宇曽利山湖やろ。突き当りを右に曲がってあの橋の下が三途の川か。総門の前の駐車場にバイクを置いて、いざ恐山参りや。総門潜って、山門潜って地蔵堂や。まあ本堂みたいなもんでエエやろ。

 地蔵堂にお参りしたら無間地獄てか。硫黄泉が噴出しとるんやな。八角堂の側にあるのが血の池地獄になっとるけど、いっぱいお賽銭が入っとってトレビの泉みたいや。賽の河原があって極楽浜か。

「天国と地獄のテーマパークみたいね」

 ユッキーも上手いこと言うわ。法話とか、絵図やのうてミニチュアで地獄極楽を表現した昔のテーマパークみたいなもんやもんな。まあ極楽より地獄のモニュメントが多いのは宗教の常やろ。

「それもあるし、極楽は具体化しにくいのもあるよ」

 ゴメンゴメン。コトリもユッキーも霊魂とか信じてへんねん。理由は見たことあらへんから。それと本物の地獄も見とる。何千もの死体が転がる戦場や。流れた血で池まで行かんけど、水たまりがなんぼでもあった。

 死体も地獄みたいなもんやけど、戦傷者も酷いもんやった。あれも勝った戦場やったら、あの当時なりの治療もやれたけど、負けたら放置して敗走や。敵に捕まるよりはと自決したんも多かったし、味方にトドメを刺してもらうのもなんぼでもおった。

 あの戦争は捕虜なんて概念はあらへんかったし、下手に捕虜なんか抱えたら無駄飯食いでこっちが飢えるようなもんや。そう降伏してきても皆殺しやった。そこまで殺しまくったコトリでもお化けも幽霊も見たことあらへんねん。

 コトリは指揮官やったけど自分の手も目いっぱい穢しとる。そりゃ、敗走となったら襲ってくる相手を切り倒さんとこっちが殺されるからな。

「女神の刑もそうよ」

 災厄の呪いの糸を懸けた連中も皆殺しやもんな。どんだけ恨みを買うてるかなんか数えきれんぐらいや。皆殺しいうたらアングマール人なんか根こそぎ一人残らずや。

「ああいう時代に、ああいうのを相手にしたから不運だった」

 そうとでも納得させなしゃ~ないよな。これでも女神やっとったから国民には天国と地獄みたいな話もしたけど、

「あれも一番信じていないのが女神だったものね」

 この話はこれぐらいにしょ。今日は恐山で終わりで宿に行くで。