ツーリング日和8(第10話)勝負師

 バーベキューが済んだらトットと寝た。つうのも朝がまた早いんよ。まず高松に渡るんやが、始発を目指してるねん。これが六時三十六分発。フェリー恒例の就航の三十分前があるから六時には土庄港に着きたいんよ。

「宿に無理があったね」
「ライハおもしろかったやんか」

 つうのもいくら小豆島が小さい言うても土庄港まで十五キロぐらいあるねん。ナビやったら四十分になっとる。早朝やからもうちょっと早くなると思うけど、五時半までには宿を立たんと間に合わん。

 もっともこのライハの朝も早いんよ。近くに日の出が綺麗なスポットがあって案内してくれるんが恒例らしいんや。日の出は五時ぐらいやから行ってきた。どうも昔はカフェとかレストランみたいなものやった気がするけど、そこの屋上に上がったらさすがの絶景やった。

 そこから本来は宿に戻って朝食やねんけど、そのまま出発にさせてもうた。時間に余裕を持たせたいからな。マスターは昨日の不手際を詫びてくれたけど、マスターのせいやないもんな。客なんか来てみんとどんな奴かわからんやん。

「行くで」
「あいよ」
「今日はよろしく」

 土庄港まで距離こそ十五キロぐらいやけど、このワインディングはさすがに飛ばせんな。これが土庄まで半分ぐらいあるもんな。

「自転車であがった人が悲鳴をあげてたよね」

 ああそうやった。もっともその前に寒霞渓を上がっとったからしゃ~ないやろ。結衣のバイクの腕は、ほぉ、なかなかやんか。KATANAも重量級やから下りは怖いはずやけど、鮮やかに切り返しよるわ。

 なんとか事故もなく下りて来れたから土庄までちょっと飛ばすで。さすがにポリさんもこの時刻やったら寝てるやろ。土庄の街に入って来たけど、道路案内がしっかりしとるから助かるわ、おっ、次の信号を左になっとる。

「見えて来たね」

 あそこを右に入るってなっとるな。パラソル立てて係員の人がおるから、

「どちらですか」
「高松や」
「それやったら・・・」

 あそこのレーンに並んでバイクを停めてから乗船券を買いに行ったっらエエんやな。切符売り場はあそこやけど、

「車検証はいるのかな」
「持って行った方が無難やろ」

 これやけど中型以上やったら車検証やねんけど小型やったら標識交付証明書になるねん。待ち時間に朝食にしたいとこやけどさすがに開いとらへん。まだ六時やもんな。言うとる間に乗り込みが始まってくれた。腹減ったからうどんにしよ。

「コトリ、高松に着いてからにしたら」
「まだ開いとらへんやろ」

 一時間で着くからな。さすがにフェリーのうどんコーナーは営業してくれてるわ。結衣はひと眠りしたい言うからユッキーと海見ながら昨夜の話や。

「勝負師やな」
「あそこまで出来るのは少ないよ。感心した」

 まずあの連中はダーツ勝負は逃げられへん状況やった。そりゃ、あれだけ自慢しまくった後やからな。

「でもダーツで勝負する気はなかったね」
「単に勝負の場に引っ張り出しただけやもんな」

 狙いは賭け勝負に持ち込んで引き下がらせるこっちゃ。そのためには勝負を大きくすのがキモや。あの勝負は座興やんか。座興の気分のままで勝負に持ち込んでもタダのダーツの試合や。それをのっぴきならない状況に追い込んでしまうための心理戦やな。

「そのためには場の空気を自分のフィールドに手早く染め上げるのが必要だけど。結衣はやるね」

 男連中の目的は結衣との旅先でのアバンチュールや。ぶっちゃけ一発やりたいんや。そやから結衣は賭けの商品に自分の体を差し出しよった。男連中の表情は、

「ベッドへの誘いだと思ったんじゃない」

 ヨダレ流しそうやったもんな。あの瞬間に賭け勝負を受けたようなもんや。そこまで浮かれさせといてカウンターをぶち込みよった。

「損得勘定が出来なくなったんじゃない」
「それもあるし、他の物への賭け金の変更を交渉する余裕を奪い取ってるわ」

 ここでも結衣は罠を張り巡らし取る。ユッキーが損得勘定としたが、ホンマは結衣の体なんかに値段は付けられん。そやけどそれは建前や。男連中にしたら、一夜のアバンチュール代にバイクは割りに合わんと計算するはずや。それが体ごと売り飛ばしても良いとされたら、計算が変わってくる。

「バイクなら安いぐらいになるね」

 というかそんな妙な損得勘定の世界に叩き込んでもとるわ。勝負方法は自分の得意分野で、賭け金の設定は自分に有利みたいな感じや。つまりは勝負は逃げたら笑われるし、条件交渉もやりようがないみたいな心理状況や。

「だからバイクじゃなくて、体にしたんだろうね」

 ほぼ対等の賭け金にするんやったらバイクもあってんよ。結衣だってKATANAやからな。そやけどバイクって値段がはっきりしてるもんや。バイク乗りやったら新車やったらこれぐらい、年式が落ちてきたらこれぐらいは出てくる。結衣はそれを避けたかったんやろ。

「そうなればあの連中かって、やろうとしている勝負のアホらしさに気づいたよ」

 結衣とやり放題が出来て、その体を売り飛ばせる条件に錯乱させられたってことや。そうなると、

「負ければバイクを失う勝負として受けざるを得ない心理状態に追い込まれる」

 わかるかな。座興の勝負が真剣勝負にさせられてもたんよ。こんなものが受けられる奴はそうはおらん。受けたって絶対に勝てへんのよ。ダーツも心理状況がモロに出る競技や。そりゃ、指先の感覚一つでコントロールしてるようなもんやんか。

 そこに負けたら、巨額の損失が出る重圧なんか加わったっらまともに投げれるかいな。こんな勝負を出来るのは、それこそ鉄火場の修羅場を潜り抜けんと無理や。純粋に勝ち負けだけを競うゲームと、真剣勝負の賭け事は形だけは似とるけど、完全に別物やってことや。

 そんなん話しとるうちに高松のフェリーターミナルが見えてきた。結衣も起きて来たから聞いてみたんや。コトリの見方が合うとったら、

「ダーツですが? 映画で見ただけでやったことはありません」

 やっぱりな。でも場の流れのコントロールに失敗してダーツ勝負に持ち込まれたら。

「そこまでの根性はないと見切ったつもりです。まあ、もし負けたらコトリさんたちが助けてくれるでしょ」

 そこまで見切っとったか。言われるまでもないが、結衣がオモチャにされるのを指をくわえて見とる気はあらへんかったがな。

「それに女を売り飛ばすのは簡単じゃありません」

 あははは、そりゃそうだ。女を売り飛ばす話はポピュラーやし、実際に売り飛ばされた女もおる。そやけど素人がヤフオクやメルカリで売れるようなもんやない。そりゃ、人身売買は犯罪もエエとこやからな。

 あれは裏社会の商売で、そこを取り仕切るヤーさんの縄張りや。そやから小説でも、映画でもそうなってるやろ。怖いおっさんに連行されるあれや。あいつらはあいつらでリスク背負って商売してるぐらいは言える。そんなとこに素人が踏み込んだりしたら、尻の毛まで全部むしられるわ。

「マグロ漁船と根本的に違うからね」

 マグロ漁船は立派な職業や。働いてる連中も漁業のプロやし、ちゃんとした契約書を交わして報酬も誰に恥じるものもいない正当なものや。あれが比喩に使われるのは、人手不足で素人の助けも欲しい状況になっとるんと、素人が乗り込んだら地獄になるだけの話や。

「短期で報酬が良いし、航海中は逃げ出しようがないし、使いようもないから借金返済のニーズに合ってるのもあるものね。マグロの前は捕鯨船もあったものね」

 蟹工船もそうやったかもしれん。船に放り込んどいて、帰港したところで取り立ててもエエし、

「契約でピンハネにしてるケースもあるよね」

 それに比べると女を売買する商売ははるかに仕組みが難しいってことや。ソープに売るって言うても、まともに行っても、

「たんに雇うだけ」

 別に体ごと買ってくれる訳やない。ソープかって許可受けた合法の商売やからな。女を売るためには怪しいところに大きな借金を作らせて、闇ルートが動かんと無理や、

「闇金だって、そんなに大きな額を貸してくれないよ」

 闇金経由で売り飛ばすのもあるけど、闇金かって女を買うために貸してんのやない。高利で貸した金の回収が狙いや。まあ返されんようになって売られるケースは生じるやろうけど、闇金もそこでヤーさんが絡むと面倒になる。

「関りが出来ると、しゃぶり尽くしに来るのがヤーさんなのもよく知ってるもの」

 そこら辺のリスクマネージメントはしっかりしとるわ。そんな事はともかく結衣はなかなかの勝負師や。

「下りるで」
「らじゃ」
「がんばるぞ」