ツーリング日和8(第25話)快進撃

 年齢から奨励会ルートでのプロ入りが難しいとなると、特別ルートが必要になる。ほいでもそれさえ結衣はショートカットを狙ったんか。

「早くプロにならないと稼げないですから、良いチャンスをもらいました」

 プロのタイトル戦は全棋士が参加できると言うか、プロ棋士しか参加できへんのが原則や。そりゃそうやろ、プロ棋戦に参加してゼニを稼げるようになるために、血の汗流してプロ棋士になっとるからな。それこそ与えられた者への権利みたいな位置づけや。

 そやけど女流プロやアマの強豪が招待されて予選に参戦することがある。この辺はタイトル戦によって条件が変わってくるんやが、女流やアマのレベルアップのためとか、話題作りの面は確実にある。結衣は竜王戦にアマ枠として招待されたんよ。

「特別枠と言うか、人気枠。ぶっちゃけ将棋連盟の話題作りだったはずなんだけど・・・」

 竜王戦の本来のアマ枠はアマ竜王戦ベスト4と支部名人の五人やねん。そやけど特例として六人目に結衣が招待されたってことや。こういうことは将棋の世界やったら宣伝でちょくちょくある。あれだけ人気が出たらそうしたんはわかる。

 竜王戦の仕組みは一組から六組に組み分けされて、各組でトーナメントのランキング戦が行われる。この辺の仕組みを全部説明しとったら長くなるから端折るけど、簡単には各組の上位四名は上の組に昇級するんや。

「相手だって公式戦だからガチガチだったはずだし、リベンジの意図もあったはずなのに・・・」

 ここまで結衣がプロ棋士と対戦したんは将棋まつりの指導対局、将棋チャンネルの花の五番勝負、新春お好み対局や。そやけど言うたら悪いけど遊びの将棋や。プロがホンマの本気を出すのは公式戦やねん。

 公式戦の一勝一敗がプロ棋士としての地位と収入に直結するからな。ましてや相手は因縁の結衣や。あれだけコケにされてプロ棋士の意地に懸けても負けられへんやんか。そやけど結衣に言わせると、

「相手がその気でも六組のレベルは四段程度です」

 棋士の強さは段位であらわされるけど、本当の強さは名人戦の順位戦か竜王戦のランキング戦になる。六組やったら実力四段程度かそれ以下が多いかもしれん。そやからアマや女流が招待されて時に勝つこともあるはずや。それでも六組で優勝するにはトーナメントやから結衣なら五連勝せんとならん。

「アマや女流が六組であっても優勝どころか昇級するのさえ前代未聞だよ」

 これまでの最高成績は女流の準決勝やもんな。それをあれよあれよ勝ち進み六組ランキング戦で優勝してもたんや。これだけでも十分すぎる快挙なんてもんやないが、

「各組の優勝者と上位棋士は挑戦者決定トーナメントをやるのよね」

 一組は五位まで、二組は二位まで、三組から六組は優勝者のみの十一人が参加するのが決勝トーナメントで、より上位の者がびっしりシードされて、一組優勝者なんか準決勝から出場するけど、

「六組優勝の結衣は五回勝ち抜かないと決勝の挑戦者決定戦に行けないのよね」

 挑戦者決定トーナメントに出て来るような棋士は折り紙付きの実力者や。とくに一組や二組の出場者になると、タイトルホルダーや挑戦者の常連みたいなのがゴロゴロおる。誰もが名前ぐらい聞いたことがある掛け値なしのトップ・プロやねん。

 結衣の名前は既に知れ渡っとるし、さらにアマやのに六組とは言え優勝してるやんか。なにがなんでも叩き潰そうと牙を剥いて来てるはずやねん。もちろんプロの公式戦やし、挑戦者決定トーナメントまで駒を進めて来とるから誰もが竜王を欲しいのも当然ある。

 結衣がどこまで勝ち上がるかは世間の注目の的になってんや。そりゃ、なるで。そんな中で結衣は猛者連中を撃破して決勝に駆け上がってもたんや。

「挑戦者決定戦の相手も末松王将じゃない」

 末松王将もベテランの域に入るけど強豪や。そりゃ、タイトルホルダー言うだけで強豪やねんけど、苦労人としても有名や。何度も何度もタイトルに挑みながら、後一歩で逃がし続けとってん。悲運の棋士とも呼ばれとった。

 それが昨季の王将戦で宿敵の神野名人を破って初タイトルを獲得したんや。おっさんの星とも呼ばれて、結衣とは違った意味で人気のある棋士や。とくに受けの将棋が強くで、相手の攻めを受け潰してまうので有名やねん。

「それが結衣に攻め潰されちゃったのよね」

 ああそうやった。あれは受けてると言うより、防戦一方に追い込まれ、手も足も出せんようになったとしか見えへんかった。挑戦者決定戦は三番勝負やけど結衣は末松王将に連勝して、なんとやで初参加の竜王戦で挑戦者になってもたんや。

「もう二度とないかもしれない」

 竜王戦は最低の六組でも優勝のチャンスはあるんやが、やはり上の組とは実力差がある。それでも四組優勝から竜王位を獲得したケースもあるけど、これかって草創期で今とシステムが違う時代の話や。

「アマや女流が参加する六組から挑戦者になったんだもの」

 つうかそれ以前にアマが挑戦者やで。もう話題騒然どころか、沸騰状態やったもんな。でもってタイトル戦の相手は蜷川竜王や。神野名人と棋界を二分する実力者で、竜王だけやなく、叡王も棋王も持っとる三冠やねん。

「さすがに蜷川竜王には勝てないの予想が多かったけど」

 常識的にはそうやねんけど結衣は強かった。いや強いなんてものじゃなかった。蜷川竜王かって本気なんてもんやなく、

「たしか新手をあれこれ出したって話だけど」

 新手と言うより新工夫とした方が良いと思うし、指された時には『さすが竜王』の声さえあるもんやった。大盤解説でも唸っとったぐらいやったからな。あれは結衣相手ならそういう局面になるのを予想して、その局面で圧倒できるはずの作戦やったはずや。

 そやけど結衣はビクともせんかったとしてエエやろ。まるで蜷川竜王がそういう対応をしてくると予期してたみたいやった。蜷川竜王の新工夫を嘲笑うかのように翻弄し粉砕し尽くし、

「七番勝負であの蜷川竜王に四タテだよ。それと竜王位獲得のインタビューの本当の意味はなに?」

 あれはたしか、

『決勝トーナメントになってからの方が燃えました』

 一般的にはより強豪と指せたことにしてるようやし、コトリもそう受け取ったけど、こうやって結衣と話をしとったら、なんかちゃう気がするな。そしたら結衣はニッコリ笑って、

「だってアマ扱いで憤慨してましたから」

 竜王戦はプロ棋戦やから対局料が出る。どれぐらいかは藪の内のとこはあるが、上の組の七五%が基本らしい。ただこれに段位が入ったり、さらに勝ち進むごとに変わるらしい。最低クラスは、

「新四段の一回戦で十万円ぐらいです。記録係でも二万円ですから激安すぎ」

 ただ結衣が本当の意味で憤慨しとったんはそこでなく、アマの対局料は時給だったんそうや。それも、

「持ち時間が五時間で時給が一万円。だから五万円でプロ最低の半分なんですよ」

 それも現金やなくて商品券で、勝ち進んでも変わらんねんて。それって六組の優勝賞金もか、

「後で揉めましたけど、賞金九十三万円に喜んでいたら五万円の商品券にギャフンです。だってですよ・・・」

 結衣が言うには相手がアマとか女流ならまだわかるとしてた。そやけどガチのプロ棋士として対戦して勝っているのにバイト扱いは酷すぎるって、

「だから意地でも優勝してやろうって」

 この辺はもしランキング戦に留まったら、

「本戦トーナメントで負けちゃったら、来季は五組ですよ。それも連続昇級しない限り残留出来ないどころか出場資格を失うのです。それより何より、またアマだからって一局五万円で指さなきゃならないのです。これってバカにし過ぎじゃないですか」

 さすが真剣師や。プロと戦える名誉よりゼニやねんな。

「でもおかしいと思いませんか。同じ棋戦に出場しているのに対局料が違うなんて。勝ち抜いたら竜王になる棋戦ですよ。本当にバカにしてます。だから目に物みせてやろうと張り切っちゃって」

 あのなぁ、張り切ったぐらいで竜王になれたら誰も苦労せんし、そんな簡単に目に物なんか見せられるもんか。

「だけど大問題になっちゃったのよね」

 そうやった。