麻吹アングルへの挑戦:実証実験

 チームSの特撮機が稼働する日が来ました。

「プログラムの変更もOKです」

 天羽関数はさらに研究が進み、当初の頃にあれだけもめた撮影距離の問題も解決してしまったのです。特撮機は予め一メートル四方の可動範囲を取っていますから、その範囲でのあらゆる写真を撮影可能です。さらに天羽関数は静物であればなんであれ対応も可能となっています。

「屋外撮影は」
「光の条件」
「あれは変動要素が多いからな」

 写真は光の芸術とも言われますが、屋外では晴天、曇天、雨天、さらに時刻、季節によって陽の光が変わります。これを関数に組み込むにはデータが足りな過ぎるで良いと思います。

「それでもここのところを・・・」
「それはこうしたら・・・」
「それではこちらに影響が・・・」

 天羽君なら必ず克服すると思っています。さて特殊撮影機が動き出しましたが、それこそカメの歩みどころでなく、グルグルっと撮影したら少し動き、またグルグルっと撮影したらでさすがに時間がかかります。黒木と林さんはちゃんと動くかやはり心配なようで付ききりですが、浦崎教授と天羽君と三人でお茶にしました。

「もう一度、見せてくれるか」

 教授が手に取ったのは、AIが予想した撮影像です。

「天羽の予想だな」

 これが撮れる位置も算出済みです。

「教授、これでプロにAIは勝てますね」
「うむ。天羽関数の完成度は高いからな」

 たっぷり五時間かかって遂に撮影が終了。天羽君の算出した位置の写真は予想とピッタリ一致しています。審査AIでの評価も同様です。

「よし篠田君頼むぞ」

 特撮機が撮ったすべての画像のチェックです。天羽関数を上回る写真があるかないかの検証です。こちらはさすがにAIで、膨大な画像のチェックを素早く終えて、

「間違いありません。この写真が一番です」

 引き続き、被写体を変えてのテストが続きます。研究室にある、ありとあらゆるものがテスト対象になりました。とにかく撮影時間がかかるので、一ヶ月ぐらいしてから居酒屋ムジナ庵で、

「カンパ~イ」

 浦崎教授が、

「これほどスムーズに研究が進むとは予想以上だった。諸君の協力に感謝する」

 どんな被写体であっても天羽関数に反するものはありませんでした。ついにボクたちは写真を極めたのです。

「また恨まれますね」
「はははは、プロのフォトグラファーもこれで職安通いだからな」

 黒木のクソがマドンナとイチャイチャしやがって。そしたら教授は、

「そうだ黒木君と林君も目出度いな」
「是非、教授の媒酌でお願いします」

 そこまで話が進んでいるのかよ。そこから次の展開の話になり、

「天羽関数を特殊撮影機に組み込んで発表するぞ」
「任せといて下さい。予算があれば・・・」
「予算は無いがビデオからカメラに変更してくれ」

 それが完成すれば、特殊撮影機の屋内の静物画なら完璧な写真が撮れることになります。デモンストレーションとしては言うことなしです。この研究で一番の業績は言うまでもなく天羽関数の発見です。

「審査は」
「まだ」

 既に天羽君は論文を書き上げてネイチャーに投稿されています。いきなりネイチャーと思いましたが、もし採用されればインパクト・ファクターは抜群です。天羽関数はまだ未完の部分があり、これで天羽君はライフ・ワークを得たかもしれません。

 黒木と林さんが作り上げた特殊撮影機も歴史に残る可能性があります。そりゃ、プロから写真を奪った一号機だからです。科学博物館に収納展示されたっておかしくありません。この技術でカメラ・メーカーから招待があっても不思議無いと思います。

 それに比べてボクの審査AIは価値が劣ります。もちろん、これがあったからこそ天羽関数を証明できたのですが、それが済めば用済みです。

「篠田君、それは違うぞ。感性AIだけでも宝の山だ」
「でも写真以外への応用は」
「それを調べるのが君の仕事だ。人の反応を一般化できれば用途は無限だ」

 なるほど、そうかもしれません。ネイチャーは無理ですが学会誌に投稿しています。

「発表は?」
「できればネイチャーを待ちたいが」

 発表のタイミングも大事ですが、待っているうちに出し抜かれることがあるのも研究です。

「その通りだ。世界のどこの研究所がやっているかはわからないからな」

 たとえはずれますが、電話の特許を巡る話も有名です。電話と言えばグラハム・ベルが有名ですが、同時にエリシャ・グレイも研究していたのです。ベルとグレイは同じ研究をしてるなど思いもしなかったそうですが、完成時期も同じになり、

「特許の出願日も同じであったがタッチの差でベルが歴史に名を残した」

 先に発表した者がすべてを取るのが研究の世界でもあります。発表段階に至れば待って良いことなど何もないとして良いと思います。天羽関数も特許は出願済ですし、ボクの感性AIもそうです。

「出来るだけ派手にやりたいから・・・」

 浦崎教授のプランは宣伝と発表を組み合わせています。

「だからフォトワールド誌と」
「これもあったからな」

 まずフォトワールド誌に取材してもらい記事にしてもらい、その反響の中で発表する算段の様です。

「お狸ホールも抑えてある」

 お狸ホールとは狸ヶ原キャンパスにある赤井徹蔵記念ホールです。浦崎教授は本部のホールも考えていたようですが、ボクの審査AIはまだしも、黒木の特殊撮影機の運搬問題を懸念したようです。精密機器は動かすと思わぬトラブルを起こすからです。

「黒木君、例のプログラムも出来たよな」

 これはデモ時の撮影時間短縮プログラムです。まともにやれば五時間は余裕でかかりますから、二十分程度に短縮させるものです。

「では発表の準備にかかろう」