麻吹アングルへの挑戦:特殊撮影機

 チームSの黒木が作った特殊撮影機の原理は少しづつカメラを動かして被写体のすべてのアングルを撮ろうとするものです。これも設計段階では機能をあれこれ盛り込み過ぎたようで浦崎教授がひっくり返っていました。

「黒木、ここの予算がいくらかわかっとるのか!」

 年間予算を遥かに超えていたって話です。そこからボクのチームAの研究が進み、特殊撮影機に必要な機能が減っていき、

「この特撮機で調べるのはアングルに限定しようとなったからな」
「それにしてもビデオとはな」

 当然カメラと考えていましたが、これも予算節約の一環らしく、

「動画の精度も悪くないし、連続撮影しているようなものだから漏れが少しでも減る」

 少しづつ動かして撮ると言っても、その動かした分の隙間がどうしてもできます。そこの精度も問題になり、これまた黒木が初期に出していたアイデアは、

「教授に睨まれた、睨まれた」

 だ か ら、誰が研究の総予算で設計するというのですか。黒木は理想家肌のところがあり、凝りだすと暴走するのは昔からです。そこが良いところですが、欠点でもあります。そこから衝撃の話を聞く羽目になります。

「よくお前がビデオに妥協したな」
「真奈美のアイデアだ」

 ちょっと待て。名前呼びするって、

「固いこと言うな。これだけペアで仕事をすれば仲も良くなるよ」

 ウソだろう。林さんはAI研のマドンナ。ボクを若手研究者の憧れなのです。知的で、清楚で、それでいて明るい性格ですし、優しさが傍に居るだけで伝わってきます。それに親切で、誰にもさりげなく心配りが出来る人なのです。そのマドンナを黒木の野郎がゲットしただと。

「天羽とはどうなんだ」
「冗談はやめてくれ」

 天羽君は研究者として申し分がないぐらい優秀です。それはコンビを組んだボクも痛感しています。天羽関数を導き出しただけでも証明として十分ですが、審査AI開発にも実に献身的でした。天羽君がいなければ、あそこまで開発できたか自信がないぐらいです。

 しかし恋愛対象として見るには難があります。まず背が高い。余裕で一七〇センチを超えているはずで、ボクと肩を並べてしまいます。そこまで高いとまるで見下ろされてるように男の感覚ではなってしまいます。

 研究室に綺麗に装って来る必要はありませんが、服装もダボダボ、髪もボサボサ。化粧っ気もなくて、表情もどちらかと言わなくとも暗め。性格は生真面目で、これだけ一緒にいて仕事以外の話をしたのが思い出せないぐらいです。いつも張りつめた顔をしていて、笑顔すら思い起こすが難しいぐらいなのです。とくに天羽関数に取り組んでいる時は壮絶で、黒木になると、

「ありゃ、安達ケ原の山姥だ」

 こんな陰口を叩いていたぐらいです。いくらなんでも失礼とたしなめはしましたが、内心では否定しきれなかった自分がいます。

 簡単に言うと地味子の典型。この辺はAI研のマドンナである林さんがチームが違うとはいえ研究室に一緒にいますから、二人が並ぶと満開の咲き誇る花が林君なら、天羽君は背後の壁みたいは言い過ぎかな。

 もちろん善人なのは良く分かっています。でもですよ天羽君に異性としてのときめきを感じるのはボクには無理です。ボクじゃなくとも難しい気がします。その辺は蓼食う虫も好き好きなんて言葉もありますから、この世にゼロとは言いませんけどね。

 チーム分けの時に適性から文句は付けられないのはわかっていますが、黒木が羨ましくて、羨ましくて。それをあの野郎、とことん利用しやがって。

「やったのか」
「男と女だからな」

 今日は帰ろうかな。頭の中に浮かんで、浮かんで、止めようがありません。かなり根詰めてやってますから、尾籠な話ですがボクだって溜まってるのです。それでも無理やりその話は置いといて、

「来週ぐらいか」
「まだ親への挨拶は早いかと思って」
「その話じゃない!」

 ボクも今年で三十三歳です。研究者なら問題ないとは言うものの、ちょっと焦ってる部分もあります。やっぱり結婚したいし、子ども欲しいのです。だけど、そのためには研究者として自立する必要があります。

 研究者、とくに大学の研究室で生き残るのは容易じゃありません。研究者に求められるものは成果。成果を挙げて評価されてこそ研究費が付きます。研究費も一度もらえれば定年まででなく、次の研究の間だけです。そう次々と成果を挙げ続けるのが研究員の生きる道です。

 大きな成果を挙げれば大きな研究室を与えられて、さらに大きな研究から次の成果を期待できます。成果によっては、その成果で企業の研究所への招聘もあります。たとえば科技研です。科技研への就職は研究者の一つの夢です。

 だから浦崎班に加えられると知って大喜びしました。浦崎教授なら成功する可能性が高いからです。研究には運不運があり、才能だけは及ばない部分があります。どれだけ予算を注ぎ込んだ研究でもダメな時はダメなのです。そんなことを考えているところに天羽君が、

「来週には動く」
「しばらくはテストと調整だろうけど」

 黒木の作った特撮機は見た目で言えばクレーンゲーム機のようなものです。天井からアームがぶら下がり、アームの先にビデオが付けられています。天井部分が二次元の動きをし、アームが三次元目と見れば良いと思います。

「これも真奈美のアイデアでな」

 真奈美、真奈美ってウルサイわ。アームの先が可動性になっていて、撮影位置からあらゆる角度を撮影できます。汎用品を巧みに取り込んで費用をかなり節約出来たようです。

「発展的には自走式にして・・・」

 現在の装置を反転する様なものを黒木は考えているようです。自走式にすれば二次元の移動は自由になりますし、アームの高さも自由に設定できます。

「未来のAIカメラマンの原型がこんな感じや」

 自走式にしなかったのは、撮影精度の問題とアームの重量を支える台車が必要で、

「教授に予算オーバーもエエ加減にせいって怒鳴られた」
「ヒト型ロボットに組み込むのは?」
「それも論外として却下された」

 マドンナを奪われたのは悔しいけど、黒木もタダ者じゃない。