麻吹アングルへの挑戦:天羽関数

 三大メソドのマニュアルの研究をしながら気が付いたことがあります。マニュアルは写真上達のためのテクニックとか、構図の考え方を上達段階に応じて教えているのですが天羽君は、

「一つ一つのパートは単純作業だ」

 それだけでなく被写体は様々とは言え、

「テクニックは写真の可能性を絞っている」

 ボクもそう感じだしています。ある技術は写真を効果的に撮るのに役立ってはいますが、それ以外のものを除去していると言えば良いのでしょうか。そうやって様々なテクニックで写真を絞り抜くと、

「写真は一つに収束」

 この言葉は故西川大蔵のものですが、西川メソドを基にした試算モデルを作ってみるとある点と言うかゾーンに写真が向かうと考えて良さそうです。

 これも写真を研究してきてわかって来たことですが、様々な写真を決める要素、焦点距離、絞り、露出、シャッター速度、ISO感度、ホワイト・バランスなどより、やはりアングルから産み出される構図が最後のキモと考え出しています。

「主はアングルであり、その他の撮影条件はアングルが決まった上での従の条件」

 究極の写真とは究極のアングルから産み出され、それを完璧にするのがその他の撮影条件だということです。その究極のアングルの答えが、

「メソドが目指す収束するゾーン」

 そこで試算モデルの精度を高める研究に没頭しました。そうするとゾーンが小さくなっていきます。そこに浦崎教授が顔を出されので、ここまでの研究の概略を話すと。

「面白いね。実に興味深い。だったら、この試算モデルの変数設定だが・・・」
「いや、そうすると・・・」
「それだったら、こうすれば」

 その時に天羽君が、

「数式化は可能」
「直感的にはそうだが、出来るかな」

 そこから天羽君は西川メソドの収束ゾーンを導き出す計算式の作成に没頭しました。浦崎教授の言う通り、出来そうな感じはあるにはありますが、かなりどころでない手強い代物にしか見えません。

 天羽君は一心不乱に打ち込みます。何度も数式を立てては崩し、立てては崩し、また組み直し・・・常にノートを持ち歩き、どこであっても思いついたら数式を書き始めます。ノートもどんどん溜まっていき、ノートが埋め尽くされたら、机であろうが、壁であろうが、床であろうが書き連ねていきます。

「違う、そうじゃない、ここが・・・」

 まさに鬼気迫るとはこの事です。話しかけても何も耳に入っていないようにしか見えません。その間にボクは審査AIの完成を目指します。浦崎教授の目標は九〇%以上ですが、八〇%台後半で頭打ちのところがあります。

「教授、これは人とAIの差と見て良いのではないですか」
「篠田君の言う通りかもしれん」

 コンクールの順位付けは特選、入選、佳作ぐらいの振り分けです。最初の頃は特選が佳作になったり、佳作が特選になったりが出ていましたが、サンプル数が充実して来ると、入選と佳作の一部が入れ替わるぐらいになってきています。

「審査員の好みが反映する部分はあるはずで、AIの方が正しいと見て良いかと思います」
「コンクールは審査員の目から見て同点でも順位付けが必要になるだろうからな。篠田君、よくやった。これで審査AIはとりあえず完成として良いだろう」

 天羽君は相変わらずです。しかし傍目で見ているだけですが、なにか解決への糸口をつかみかけてる気がします。だって、

「もう少し、もう少しのはず・・・」

 その時点から三ヶ月。

「教授、確認お願いします」

 ボクも一緒に確認しましたが、

「被写体との距離とイメージセンサーへの投影から・・・」

 天羽君が割り出したアングルから映し出されるはずの写真は、

「西川メソドの究極のアングル」

 教授もボクも何度も検算を行い確認しましたが、試算モデルの収束ゾーンのど真ん中にあたります。ここまででも大成果なのですが、天羽君はさらにロイド・メソド、ミュラー・メソドの解明に挑みます。西川メソドの解明の経験が活きたのか、ずっと短期間で出来上がったのですが浦崎教授は、

「この三つの数式は統一出来ないだろうか」

 教授、いくらなんでもそれは無理が、

「できます」

 それこそ寝食を忘れてそうな勢いで天羽君は取り組みます。あまりの凄まじさに天羽君の体が心配になり、

「少しは休んだ方が良いよ・・・」

 まったく耳に入っていないようなので、せめてという事で、食事だとか、おやつだとかを差し入れしました。しかし、天羽君はそれさえ気づかないようで、目に付いたから口に突っ込んでいるようにしか見えません。そして半年後、

「教授、出来ました」

 教授もボクも何度も確認しましたが完璧です。

「すべてはこの変数の変動内」
「天羽君、ついにやったな。写真のすべてをこの数式が解き明かしたのだ」

 浦崎教授は感に堪えないように、

「ここまで来れるとは。これを天羽関数と呼ぶ。ペーパーに取り掛かってくれ。それと、篠田君。実証実験が必要だな」
「必要ですか?」

 ここまで理論で説明しきっていれば、

「そう思うか。だがな、他人にアピールする時は理論と実験の一致が一番インパクトがある。それと実証に使う特殊撮影機が未来の写真機の原型になる。これを作り上げるのも重要だよ」

 浦崎教授も研究成果の発表の仕方をよく心得ておられます。研究成果は理論の発表もありますが、その成果の追認もあります。さらに実証機の開発もあります。それを一度に出来れば大成果です。

「最初からそれを狙って」
「成り行きも多いのが研究だ。想定以上の成果が出て満足している」