麻吹アングルへの挑戦:AIの脅威

「マドカ、あれ読んだか」
「はい、読ませて頂きました」

 AIは、はっきり言うと脅威だ。とにかく決められた事は絶対にミスをしないからな。将棋や囲碁がAIの軍門に下ったのは加納志織時代だが、ついに写真に手をかけて来たか、

「絵画より手を付けやすいのは正直なところあります」
「まあな、人がやっているのはアングルぐらいだ」
「そこまで極端ではありませんが、他の調整はAIとの親和性が高いと言えます」

 しっかし審査員に目を付けるとは、なかなか知恵者がいるものだ。

「ツバサ先生の雑用が減るのじゃないですか」
「マドカもだろうが」

 はっきり言うとコンクールの審査ぐらいならAIでも出来るだろう。コンクールクラスの写真の審査のやり方は、詰まるところ過去の写真との比較だ。あのクラスの写真なら数さえ見ればランク付けはさほど難しくない。数を覚えるのはAIのもっとも得意とするところだ。

「辰巳先生がお困りになられてるかと」
「ロイドもミュラーもな。青い顔してるだろう」

 あいつらは手広く写真教室をやっているが、収入の柱の一つが級位認定料と試験料だ。これにAI審査員が加わると事態が変わる。ネットぐらいで手軽にやられたら、試験料なしで級位相当の実力判定が出来てしまう。

「実力判定専用サイトは必ず出てくると存じます」
「ああ、後は権威付けだけだからな」

 まあ、うちは関係ないが。西学の研究はあれで終わりとは思えないところがある。

「それはマドカも思います。そちらが本命かと」
「あははは、いよいよ辰巳の顔が青くなるぞ」

 辰巳だけでなくロイドやミュラーもそうだろう。

「二年前からかなり改良されていますが、どうしても根本がそうですから残ると見れば良いかと存じます」
「どうしても小手先では限界がある」

 あれも仕方が無いと見ている。あれだけの生徒を抱えているからな。どうしても一律化の部分が必要だし、改良するにしても従来のマニュアルとの整合性が重視されるだろう。経営者としては混乱を避けながら徐々に軌道修正にする判断はわかる。

「やはり取り入れているとお考えですか」
「やっていないと考える方が不思議だろう」

 あいつらのマニュアルは容易に手に入る。あれを詳細に分析すれば、どんな写真を理想にしているのか、わかるやつにはわかる。わかればAIとの親和性が高いからな。

「ツバサ先生は怖くありませんか」
「マドカは怖いのか」

 西学の連中は目指すはずだ。言ったら悪いがAI審査員だけでは成果としてイマイチで辰巳たちの懐を脅かす程度だ。

「マドカ、AIの限界を知っているか」
「はい、たしかAI以上の能力を判断できないかと」

 そうだ。AIの強みは単純作業だ。かなり複雑そうなことをやってそうに見えるが、しょせんは単純作業の集積に過ぎん。コンクールの審査員などそのレベルのものだ。

「西川流は飲まれるな」
「ロイド先生もミュラー先生も同様です」

 あいつらの写真も単純作業の集積ということだ。

「そう言えばツバサ先生も御協力を」
「中退したとはいえ母校だからな」

 ツバサ杯の写真の提供の同意を求められた。もちろん認めたよ。別に断る理由もない。

「母校の後輩にアドバイスは為されないのですか」
「アドバイスをしたぐらいじゃ、諦めないだろう。むしろ焦っていると笑われるだけだ。ひょっとしたらブレーク・スルーする可能性もあるじゃないか」
「お手並み拝見ですね」

 お手並み拝見か。

「もし追いつかれたらどうする」
「突き放せば済む話です」

 さすがはマドカだ。そういうことだ。AIは追いつく事は出来ても抜き去る事は出来ない。もちろん追いつく能力は凄まじい。例えば職人が技術の粋を尽くして作り上げた製品であっても、AIはそれを完璧に模倣してしまう。模倣するだけでなく永遠に忘れず、他のAIに容易に移植できる。

「でもツバサ先生、そもそも追いつけないのでは。あれは数値化するのは不可能だと思いますが」
「そうだな。わたしもあの領域がどうなっているのか説明できないからな」

 前にユッキーに相談したことがあるが、

『説明は可能だけど、仮説だし、さすがにあそこの分野は科学では極められないと思う』

 極められない理由は単純で、対象が人であるからだ。でもさすがはユッキーだったな、あの仮説で神の発生まで説明出来る可能性まであるじゃないか。

『これでも木村由紀恵の時は医者だったし、五千年も考える時間があればこれぐらいは当然よ。シオリも生きてみたらわかるよ』

 そうかもな。わたしに与えられた時間は無限だ。この時間をフルに使っていつか、写真の行き着く先を極めること。それが出来れば、もう思い残すことはない。

「行き着く先まで行かれれば」
「勝手にAIが追いつけば良い。極めたものに興味はない。その時は別のジャンルに挑戦するよ」
「マドカもお供します」

 この問題もいつかは答えを出さなければならない。アカネとマドカは必要だ、出来れば尾崎も連れて行ってやりたい。だがユッキーもコトリちゃんも頭から大反対だから、どうやって説得したものか。ユッキーは、

『時の放浪者は増やすものじゃない。これがどれだけ辛いものか。シオリを道連れにしたのを今でも後悔してるんだから』

 ここまで言われてるからな。