検討会議ではチームSの黒木が、ここのところせっついているのは、
「そろそろ特殊撮影機の製作に入るべきです」
これは撮影目的がはっきりすれば設計しやすいところがあり、やや待ちぼうけ状態になっているところがあります。ここも当初の予定が撮影しながらベスト・アングルを探すはずだったからです。
ところがチームAの審査AIの研究が予想以上に進んだため、浦崎教授は審査AIのさらなる研究の進捗を待ちたいようです。
「篠田、いつになったら目途がつくのだ」
「参考に出来るデータがないから・・・」
「そのためにも特撮機を作って実験を進めるべきだ」
黒木も苛立ちもわかりますが教授は、
「黒木君、もう少し待ってくれ。あれは作り直しが利かないからな」
この研究で一番予算がかかりますから、教授もどうしても慎重になっています。ここのところ、同じような会議の展開になっており、
「篠田君、教師モデルのレベル・アップだが」
天羽君が思い切ったように、
「そのためにはプロの見方、考え方を知る必要あり」
「いや、そうとは限らない」
えっ、まあ聞いても感性の世界だと言われるのがオチかもしれませんが、ではどうやって、
「写真の技術的評価だけでは不十分なのはわかった。まあ写真に限らずだが芸術の評価の最後は人の感性に関わってくる部分が出てくる」
そこで立ち往生中しているのですが、
「ならば感性をAIにさせれば良い」
「そんな無茶な!」
感性をAIにさせようの試みは今までもされていますが、さすがに手強くて実用化レベルにはまだまだとなっています。
「ボクは写真も芸術だが絵画や彫刻とは位置づけが少し異なると見る・・・」
教授の考え方はユニークでした。まずポイントは誰がその芸術性を評価するで良さそうです。ここも、ぶっちゃけの話ですが芸術家も商売です。自分の作品を売って食べていく必要があります。
絵画や彫刻を買う客は、俗にいう目の肥えた客になります。絵画や彫刻の知識を深く持ち、その評価法についての造詣も深いぐらいです。もちろん一般人も買う事はありますが、評価が高まるほど値段が上がるだけでなく、そういうスノブな連中が顧客になり、その評価が重要になります。
ところが写真はそうではありません。写真家でも芸術を中心に食べている者もいますが、顧客は一般大衆です。これは写真は量産できるところがあり、芸術写真集を出しても買うのは一般大衆になるからです。
商業写真はもっとわかりやすくて、あれは商品を買う一般大衆の興味を引かないのと価値がありません。化粧品の広告なら、あの化粧品を使えばあんなに綺麗になるとか、あの服やカバンが欲しくなるとかです。
「大衆芸術という事ですね」
「簡単に言えばそうだろう」
それでも写真にもコンクールがあり、審査員もいます。これはどう解釈すれば、
「ある有名写真家の言葉だそうだが、プロに求められるのは、
『上手い写真より売れる写真』
こうとされるらしい。コンクールは確かに芸術性の評価が高いだろうが、その高さと言うか質は絵画や彫刻とは少し違うのではないか」
陶芸ぐらいがわかりやすいかもしれません。とくに陶器なんて素人には価値は殆どわかりません。価値があると言われれば、そんなものかの世界です。それこそ、わかる人しかわからない世界です。
しかし写真はいくら芸術性が高くとも、その価値が一般人の理解を越えたら意味が無いのかもしれません。もう少し言えば、審査員の評価と一般人の評価はニア・イコールであっても同じである必要がありそうです。
「それだったら、ボクが良いと思う写真が教師モデルでOKになるのでしょうか」
「篠田君が良いと感じる必要はあるが、それだけでは偏りが出る」
ボクの嗜好だけでは問題はあるとし、
「簡単には男と女、、若者と老人でも差がある。究極の写真とは、そういう違いを乗り越えて多くの支持を集める写真として良いだろう。審査員の感性とはそこじゃないかと思う」
なるほど、ボクが審査したのでは、ボク好みの写真しか選びませんが、それでは他の者と意見が同じかどうかは不明です。
「これも見方になるが、写真のコンクールの本当の審査員は客であるかもしれない。審査員は多くの客を満足させる写真を選ぶのが仕事じゃないか」
それがプロの写真家の審査の基準だとしたら、
「あれが使えますね」
「うむ、さっそく取り掛かってくれ」
あれとは表情の変化を読み取るAIです。人間の表情の変化を数値化し、これにより喜怒哀楽を読み取らせる研究はAI研でも取り組んでいます。それを利用しながら、写真に対する反応を数値化しデータとするのは可能なはずです。
「黒木君も、林君も手伝ってやってくれ。学生も動員できるように大山教授に頼んでおく」
研究室には研究員の他に学生も多く出入りしています。まず表情による数値化モデルを決定し、サンプル写真への反応を調べます。これをさらに数値化して黒木にポータブル式の検査機を作ってもらいます。
後はひたすらデータベース作りです。可能な限り広い年齢層のサンプルが必要ですから、学生だけでなく、道行く人、町内会、企業にも協力を求めました。データが増えるごとにプログラムの修正を重ねサンプル数がある程度集まったところでテストをしたのですが、
「手ごたえあり」
「どうやって評価写真を手に入れるかだよな」
次のステップは審査AIがコンクール・クラスの評価を可能かどうかになります。手に入れたいのは過去のコンクールの写真です。これは既に結果が出ていますから、審査AIの能力を評価するのに一番適しているからです。
それも原版の写真が欲しいところです。まあデータベースを作る時には著作権をズルしている部分はありますが、最終テストはその辺の筋を通しておく方が無難です。教授に相談すると、
「フォトワールド誌が協力してくれることになった」
「それって写真大賞!」
提供された写真の研究外への使用を行わないのと、この研究を記事にする許可です。浦崎教授もここまで審査AIが軌道に乗ればの判断で許可しています。
「特異度は」
「六〇%」
浦崎教授は一〇〇%は無理として九〇%以上は欲しいとしています。そのためのサンプルを増やすのと同時にプログラムのさらなる改良を進めています。今の調子なら目標サンプル数に達するまで半年ぐらいと言うところでしょうか。フォトワールド誌の記事の方は、
『写真の審査員もAIで可能に』
こんな感じで紹介されていました。反響もそれなりにあり、審査員までAIになってしまうものから、審査員がAIで可能なら写真だってAIで撮れるなんて話も出ています。それが目的なのですが他社からも取材があり、
『ついに写真もAIの時代に』
こんな感じで記事になっています。研究にも宣伝は大事で、この記事のお蔭でサンプルを増やすのがラクになった部分があります。
「ゴールが近い」
「まだチームSが残ってるよ。あっちが本当は本命だし」