麻吹アングルへの挑戦:研究の壁

 天羽君と相変わらず光を変えながら麻吹アングルを捜索中です。パラパラと見つかりはするのですが、そこで足踏み状態。天羽君は紫外可視分光光度計まで持ち込んでデータを探っています。

 それでも進展はあって、天羽君は一つずつ条件を変えながらの光による天羽関数の変化を数式化しています。もちろん角度とか、輝度による変化にもです。

「また一つ増えた」
「まとめられそうか?」

 ボクも協力していますが、どうにもバラバラでこれに法則性を見出して統一出来るかは疑問符が付きます。

「こことここは相関性」
「それなら・・・」

 まさに千里の道を歩ている感じがします。今使っているのは人工光。これなら一定ですが、自然光相手になると目が眩む思いがします。

「それが研究」

 地道な作業の末に解き明かしたのが光の角度と天羽関数との統一。まだ完全とは言えませんが、この式で角度の変化にかなり対応できるようになっています。天羽君が熱中しているのは可視光の成分による波長の違いによる差です。

「やはりありそうか」
「ウシがネック」

 研究進展に立ち塞がっているのが特殊撮影機。とにかく五時間もかかるのがネックです。あまりの遅さに天羽君が思わず、

「このノロマなウシが・・・」

 珍しくボヤいたので、今ではウシと呼んでいます。とにかくどう頑張っても一日に三実験。午前中と午後、さらに夜間にセットして帰ります。さらにチョコチョコとトラブります。

 実用機ではないのでかなりデリケートな部分が多いのです。ですから、今は二実験にしています。少し休ませてメインテナンスをやらないと、どうにも調子が悪いのです。黒木にも相談しましたが、

「あれはデモ機に近いから、本格的に使うとなると無理が出る。実用レベルの耐久設計じゃないからな。文句を言うなら予算に言え」

 新しく作り直さないと無理という事です。そんな予算はあるはずもなくウシを宥めすかせながら苦闘中です。


 天羽君と悪戦苦闘しながら思い返しているのは、麻吹アングルの不思議さです。実在は確実ですが、どうやって人間の目でとらえてるのだろうかです。それもファインダー越しのはずです。

 なんらかの特殊カメラや特殊レンズの可能性もありますが、そんなものが売っていれば誰も苦労しません。特注の可能性も、

「理論なしで作れない」

 ですよね。作れるのなら大喜びで販売してるはずだからです。

「専門家の意見を聞くべきだ」

 浦崎教授は良い顔しないだろうな。

「たとえば誰の?」
「青田教授」

 青田教授は学芸学部メディア創造学科。ここは写真学科としてスタートして、今は映像と音響はもちろん、それのプロデュースに重点を置いているところです。

「こんな写真家の敵みたいなAI開発に協力してくれるかな」
「あそこは大問題を抱えている」

 大問題とはツバサ杯。これはメディア創造学科出身のフォトグラファーである麻吹つばさが寄贈した銀杯です。これを巡ってのコンクールが行われるのですが、一昨年から学外にも門戸を広げるオープン化が行われています。

 これが大問題になったのは山川学長の存在。山川学長は麻吹つばさの熱狂的ファンで、ツバサ杯の学外流出阻止を青田教授に厳命したそうです。

「事実上の学長命令」
「それ以上って噂もある」

 ツバサ杯は学内に留まりましたが、

「メデイア創造学科の学生は一度もツバサ杯を獲得していない」

 ツバサ杯はグランプリ、準グランプリ、特選、入選、佳作とありますが、メディア創造学科は準グランプリどころか入選止まり。ツバサ杯を獲得したのは三年連続で写真サークルの学生なのです。そのために、

『趣味でやっているサークルの連中に、メディア創造学科の学生が歯が立たないって大笑いだな』

 こういう悪評が立ってしまっています。単純には写真のプロも養成しているはずの学科が、アマチュアの写真サークルにも及ばないとはぐらいです。この辺はメディア創造学科の重点がプロデュース能力の育成にあるらしいので同情しますが、

「とはいえ、あれだけ歴然たる差が付けば陰口は生まれるよな」
「だから協力してくれるはず」

 この辺はメディア創造学科の前身は写真学科なのもあるようで、今も伝統的に写真の技量は重視されていると言うか、重視されていると思われてるぐらいで良さそうです。だから、学内の写真サークルだけでなく、他大学の写真関係学科にも後れを取っているのが問題視されてるいるのですが

「ボクも噂で聞いたことがあるけど、ツバサ杯の季節が来るたびに顔色が悪いなんてものじゃないらしいよ」

 それにしても写真サークルのツバサ杯を獲った学生は何者なんだろう。ツバサ杯はオープン化されてから、

『学生日本一決定戦』

 こう呼ばれるぐらいの人気になっていると聞いたことがあります。なにしろ副賞がハワイ旅行ですから、学生なら張り切るでしょう。学生じゃなくとも張り切るか。ここで天羽君が、

「ツバサ杯のあの写真は麻吹アングルのはず」
「それは前に確かめたが」
「青田教授なら何か知っておられるはず」

 天羽君が言うには、あえてこの研究に専門家を入れずに理論で押したのは結果として悪くなかったとしています。その代償に写真や写真界の話にあまりにも知識が乏しすぎるとしています。その一つが麻吹アングルさえ知らなかったのです。

「何が聞きたいんだ」
「もちろん麻吹アングル。青田教授なら、その秘密の一端ぐらいは知っているはず」

 研究には壁に当たることは常識ですが、今はまさにその状態です。それを突破するる一定の方法はありません。ひたすら暗中模索を続けた末に乗り越えられるものは乗り越えますし、ダメなものはダメです。とにかく手段を選んではいけないのが鉄則です。

「わかった。一緒に浦崎教授に頼もう」
「それが良い」

 天羽君のこの研究に懸ける執念を見た気がします。