麻吹アングルへの挑戦:幻の写真小町

 映画は高校写真部を舞台にした青春映画のようです。ちょっと興味を持ったのは映画評論家だけでなく写真評論家も絶賛している点です。青田教授も作中の写真に注目したらしいようです。

 あれだけ勧められたのですから見て損はないと思います。映画一本見るだけで写真の神髄がわかるのなら儲けものともいえます。ですが一つ困った問題が出てきました。

 最近の天羽君は光の変数を天羽関数に組み込むために安達ケ原の山姥状態になっています。青田教授に会いに行ったときも無言で付いて来ましたし、しゃべったのも最初の挨拶だけです。行き帰りの間だって、ひたすらノートに数式を書き連ねていましたもの。青田教授も、

『なんだこいつ』

 こんな雰囲気があり、ハラハラしていました。青田教授の話だって聞いているのかどうか自信がなかったぐらいです。そんな天羽君から、それこそ無表情でジロリと睨まれて、

「一緒」

 怖かった。そのまま取って食われるかと思ったぐらいです。そうそう山姥状態になると天羽君の言葉は極端に短くなります。これだけで映画を一緒に見に行くと読み取らないといけません。

 反射的に遁辞が頭に浮かんだのですが、そんなもの声に出せるわけがありません。もちろん天羽君も青田教授のアドバイスに従ってもなんの不思議もないのですが、ちょっと堪忍してくれの世界です。

 そりゃ、相手がマドンナの林さんならウキウキ出かけますが、天羽君、それも山姥状態の天羽君では許してくれ状態です。ボクが答えに詰まっていると何の抑揚もない冷え冷えした声で、

「土曜日」

 これは今週の土曜日を指します。

「ミント」

 ミント神戸に行くの意味です。

「御飯」

 ちょっと待った。

「夕食もですか!」

 そしたら顔も見ずに、

「時刻、551」

 後は何を聞いても数式と格闘です。山姥状態の天羽君がそうなるのは良く知っていますが、話をつなげると、土曜日の夕方に映画が終わった後に夕食になる時刻で予約を取り、待ち合わせは三ノ宮駅の551の蓬莱の前でになります。

 これは天羽君は土曜日を休みにする意味と取ることにもなります。研究室に出て来ていたら、三ノ宮駅で待ち合わせする必要がないからです。おそらく天羽君は買い物とか、洗濯物、下宿の掃除でもするつもりと見てよいはずです。

 まあ、研究員に日曜も祝日もなく、ボクも部屋もひっくり返ってますから、映画を見るついでに休日にして、その辺の用事も片付ける予定のはずです。というか、これだけで天羽君の言葉を理解しないといけないのは鍛えられています。映画の予約を取り、夕食の店も抑えて、

「四時にお願いします」

 コンチクショウ、返事ぐらいしろ。知っているとは言え、振り向きもされないのは気持ちの良いものではありません。ホントに聞いてるのかな。


 土曜日はボクも休みにして、朝から洗濯物と格闘し、日用品の買い出しに出かけました。しっかし、これって見ようによってはデートですよね。あくまでも形の上ですが、誘ったのは天羽君で行くのは映画。さらに夕食付です。

 ですが高揚感はゼロどころかマイナス。何が悲しくて山姥と映画見て、飯食わないといけないのか。それでも天羽君に恥をかかせたら悪いぐらいの義務感で綺麗目の服を選んだのですが、一体何をやってるんだろうの疑問が頭の中をグルグル。

 夕食にしてもあれだけ一緒に仕事をしながら、外食したのはムジナ庵で教授や黒木たちを交えて数えるほど。天羽君の好き嫌いなんて把握しようがありません。とりあえず、ボクが買ってきたものは何でも食べてましたが、あれだって味を感じているかどうか疑問のところがあります。

 まさにドンヨリ気分で待ち合わせ場所に向かいました。そうですね、何か悪いことをして職員室に呼ばれるとか、いや生徒指導室に呼び出されるとか、いやもっとで校長室に向かうような気分です。


 551前は阪急三宮からマルイ、さんちか、センター街への通り道にもあたります。ひっきりなしの人通りがあり、待ち合わせスポットの一つです。見ただけで待ち合わせらしい若い男女が目に付きます。

 待ち人が来ると嬉しそうに連れ立って去っていきます。きっとこれから始まる楽しい時間に胸を躍らせているはずです。どうしてわざわざ映画館なんだよ、見たいならビデオを見れば用事は済むじゃないかと心の中でボヤキが止まりません。

 すると阪急三宮の方に、まさに目の覚めるような素敵なレディが現れました。少し大柄ですが、そこにいるだけで周囲が華やいで見えるぐらいです。あんな素敵なレディと今からデートなんて羨ましすぎます。こっちは山姥なんだぞ。

 せめて目の保養にしていましたが、ジロジロ見続けるのは失礼ですから適当なところで視線を外したのですが、

「お待たせ!」

 弾むような声です。この近くに待ち合わせしてる男がいるんだろうな。ウットリしそうな香りもします。そしたら肩をトントンと叩かれました。このタイミングで山姥が来るとは最悪と思いながら振り向いたら、さっきの美人。

「どうしたの。何か考え事してたの」

 誰だ? 誰と勘違いしてるんだろう。

「さあ、行こうか」

 いきなり腕を組んできたので、

「ちょっと待ってください。誰かと勘違いしてませんか」
「どうしたの? 今日の篠田君は変よ」

 どうして名前を、

「やだ忘れちゃったの。涼だよ」

 涼って・・・天羽君の名前は涼だけど、

「ま、ま、ま、まさか天羽君・・・」
「何言ってるのよ。やっぱり今日の篠田君は変よ」

 変なのはそっちだろう。顔も、髪形も、表情も、声の調子も、話し方もまさに別人。地味子が煮詰まった上に山姥状態の天羽君なんてどこにもいません。頭に稲妻のように閃いたのは山姥大狸。まさか、まさか、このボクがお狸伝説に直接遭遇するなんて。

「さ、行きましょう」

 これは狸の仕業だ。ボクは騙されようとしている。お狸伝説なら、この素敵なレディに見えている天羽君と恋に落ち、ふと気が付くと山姥になっているはずだけど、とりあえずどうしよう。

 でも考えようによっては好都合かも。今だけとはいえ天羽君は素敵なレディだ。これほどの女性と一緒なら見せびらかしたいぐらいです。どうせ映画は一緒に見に行く必要があるのですから山姥より素敵なレディであって悪いわけはありません。


 映画はボクでもウルウルするぐらいの感動物で、天羽君なんて完全に泣いていました。映画が終わってから食事にしましたが、ひたすら映画の話題で盛り上がり、

「追い出し会で泣き崩れてたのが、パッと祝賀会場に変わって」
「そうそう、あそこにみんな集まって来て・・・」

 滝川映画は見る者を映像世界に引きずり込むされますが、ボクも完全に映画の世界の住人になっていました。心の琴線をビンビンと弾き鳴らされた感じです。

「見終わった後にちょっと気になったのよ」
「何に?」
「尾崎美里」

 新人ですが主演でした。そりゃ、もうの美少女で、まさしく実在する妖精としか思えませんでした。あそこまでの美少女がこの世に存在するのに信じられない思いがします。

「見惚れたよ」
「そう言うけど、尾崎美里はうちの学生だよ」

 あれっ、ちょっと待った。パンフレットを確認すると、

「あの写真も尾崎美里が撮っているのか」

 ここで思い出したのですが、

「例のツバサ杯の写真だけど」
「同姓同名の可能性は残るけど、おそらく同一人物だよ」

 青田教授のアドバイスもあって映画に出てくる写真にも注目していたのですが、

「組み写真が出来上がるシーンがあったじゃない・・・」

 映画は写真甲子園を目指す写真部の話ですが、様々な経緯でチームの心がバラバラになってしまいます。それが再び心を一つにして提出作品に取り組むのですが、バラバラになっていた心が、写真を見ているだけで一つになっていくのがわかるのです。

「写真って、あそこまで表現できるものだと思ったもの」
「写真評論家が絶賛したのが良く分かったよ」

 審査AIで外れ値にせざるを得なくなった彼女なら撮れるかもしれません。でも映画の主演までしているとは。

「篠田君は見たことある?」
「ないねぇ。本部だし」

 食事も終わり、

「飲みに行かない?」

 もちろんお供します。狸の仕業でもこれだけのレディの誘いを断れるものですか。