麻吹アングルへの挑戦:聖ルチア教会

 黒木の実家は結構な資産家。学生の時からクルマをもってたぐらいだからな。こっちは未だにリサイクル・ショップで買ってきた自転車だけど。その点でも及ばなかったけど、今日は黒木と林さんの結婚式。もちろん涼も招待されています。

「立派な教会ね」
「神戸にもこんなのがあったんだ」

 式場は聖ルチア教会です。正式は聖ルチア大聖堂と言うらしいですが、歴史も感じる風格のある教会です。

「高いんだろうな」
「だいじょうぶよ。二人で科技研に行けば」

 浦崎教授も当然招かれていまして、

「篠田、いつの間に彼女を作ったんだ」
「もちろん研究の合間です」
「ところで誰だ、林君の友人か?」

 そうしたら涼は悪戯っぽく微笑みながら、

「教授、冗談ばっかり。天羽ですよ」

 予想通り泡食ってました。そりゃ、そうでしょう。浦崎教授だって多かれ少なかれ山姥状態の涼しか知らないのですから。教会に入り待っていると教会の扉が開き新婦入場です。さすがはAI研のマドンナの林さんでウェディング・ドレスが良く似合ってます。

「真奈美は黒木君の奥さんだからね」

 涼はかなりヤキモチ焼きなのも学習しています。とにかく少しでも綺麗な女性がいるとボクの心が逃げてしまわないか心配で仕方がないようです。もうちょっと自信を持っても良さそうなものです。

 バージンロードを歩き終えた林さんは、お父さんから黒木に手渡され、そこで誓いの儀式です。

「汝孝夫はこの女真奈美を妻とし、健やかなる時も、病める時も、常にこの者を愛し、慈しみ、守り、助け、この世より召されるまで固く節操を保つ事を誓いますか」
「はい」
「汝真奈美はこの男孝夫を夫とし、健やかなる時も、病める時も、常にこの者に従い、共に歩み、助け、固く節操を保つ事を誓いますか」
「はい」

 牧師さんは白人だけど日本語も上手だな。

「今、この両名は天の父なる神の前に夫婦たる誓いをせり。神の定め給いし者、何人もこれを引き離す事あたわず」

 それから指輪の交換が行われ、新婦のベールがあげられ誓いのキス。羨ましすぎるぞ黒木。そしたら太腿を思いっきりツネられて、

「痛い!」
「だから真奈美は黒木君の奥さんなんだから」

 結婚誓約書にサインをしてボクたちは教会前に待機。やがて出てきた新婦の林さんからブーケトス。すると涼は助走をつけて走り出し大きくジャンプ。ただでも背が高いですから、

「ゲット!」

 でもさすがに林さんで、

「久しぶりの本当の涼ね。次は貴女よ」
「その時は来てね」

 不思議そうな顔する黒木が印象的でした。そこから招待客はバスでホテルの披露宴会場に移動。司会者による開宴の挨拶から新郎新婦の紹介、主賓の浦崎教授の祝辞があり乾杯です。そこからケーキ入刀があり歓談と食事ですが、

「では新郎の友人である篠田真様よりお祝いの言葉を頂きます」

 テンパった、テンパった。なんとかこなして、後はゆったりと言いたいのですが、涼がやらかしてくれました。新婦側の友人代表だったのですが、

「・・・ブーケも頂きましたから、真と一緒に後を追いかけさせて頂きます」

 とにかく涼の存在は会場の注目の的で、

「篠田、あれは本当に天羽か?」
「狸の仕業に決まってる」
「それも山姥大狸だ」
「狸ヶ原伝説をこの目にする日が来ようとは」

 狸ヶ原伝説なら山姥の涼が本物で、今見ている涼が狸の仕業になりますが、

「待てよ。篠田は山姥に惚れたのか」
「それはさすがにないだろう。あの天羽に惚れたはずだが」
「それっておかしいぞ。篠田は両方見ている事になるじゃないか。それなら騙されたことにならないぞ」

 だから涼は狸でも、狸の仕業でもないって。

「これは狸ヶ原伝説に新たなページが加えられた事になる」

 そこまでこだわるか。さらに涼が結婚までぶち上げましたから、

「オレは複雑だ。今の天羽なら悔しくて仕方がないが、山姥の天羽に惚れるかと言われると無理だ」
「そこそこ、どうやってあの天羽を見つけたんだ」
「やっぱり狸に違いない」
「わかったぞ、ジキルとハイドだ」

 涼はあえて言えばジキルとハイドに近いかもしれません。でもどちらの涼も涼なのです。ただ集中しているか、していないかの違いだけで、どちらの涼もボクを愛してくれています。披露宴はキャンドル・サービスから新婦から両親への手紙と続き、お見送りの時に林さんが、

「涼、見つけたね」
「ありがとう、真奈美」

 新婚旅行から帰ってきた黒木が研究室に遊びに来ました。新婚旅行のお土産をもらったり、定番のノロケ話を聞いたりしていました。涼は御手洗に行ってたのですが、山姥中の御手洗は長いことが多いのです。

 出た後は壁一面に数式がビッシリ状態で掃除のおばさんにいつも文句を言われています。もっとも涼はそんなものは耳に入っていないどころか突然御手洗に走り出して、

『消した奴は殺す』

 中に立つボクは大変ってところです。浦崎教授に手をまわしてもらって、消さないようにしてもらったのですが、

『書くところがない』

 御手洗に行く前に色違いのペンを渡すようにしています。もう研究室の壁どころか、御手洗に行くまでの廊下の壁から床までびっしりと涼の書いた数式に埋め尽くされています。とにかくどこであっても思いついたら涼に容赦の二文字はありませんからね。

 もちろん今の同棲中のアパートもそうで、ボクのパンツにまで書かれています。なにか魔よけの呪文にも見えますが、そのくせ自分の服には絶対に書かないのはいつも不思議に思っています。


 そうこうしてるうちに涼が帰ってきましたが、黒木など眼中にもなくデスクに向かいます。黒木の方はギョッとしながら、

「あれが普段の天羽だよな」

 そこには麻吹アングルの解明に血眼になっている大山姥状態の涼がいます。

「どっちも涼だよ」
「あれ見て醒めないか」
「ああなってる姿に先に慣れたから、今じゃ可愛いと思うけど」
「やっぱり、お前を尊敬するわ」

 そこに轟く涼の大絶叫。

「これじゃない、こうなるはずがない!」

 また一歩研究は進んだみたいです。これもわかってきたのですが、あの絶叫は新しいヒントをつかんだ時に出ることが多いのです。黒木は早々に退散しましたが、

「白、冷たいの」

 おっと、オヤツはバニラ・アイスクリームが欲しいみたいだ。涼はわかりやすくて助かります。