麻吹アングルへの挑戦:科技研

 大学の研究員なんて薄給も良いところです。どこの世界でも同じで地位と給与は連動します。悲しいのは地位が上がっても人もうらやむ給料にならないのと、下っ端はこれで暮らしているのが不思議ぐらいでしょうか。

 だから海外雄飛を狙っている研究員も多いのです。海外は日本以上の実力主義ですが、実力に比例する報酬も大きいぐらいです。日本でも企業の研究所とかで待遇の良いところもありますが、日本で研究者が誰もが憧れるのが科技研です。

 ここはエレギオン・グループの企業研究所ではありますが、科学者の楽園と言われるぐらい自由な研究風土があるとされます。企業研究所では実用につながる応用研究が主体になるものですが、基礎研究も盛んです。

 この科技研の基礎研究の特徴と言うより不思議すぎる点は、必ず後に実用化の道が開かれる点です。ですから科技研が手を付けたと言うだけで、世界の研究所が動くなんて話があるぐらいです。

 科技研への採用は実力主義。能力のある者しか採用しません。これは必ずしも実績主義でもないのです。赫々たる実績を残していても、もう余力がない、伸びしろがないと判断されれば見向きもされません。どうやって判定されてるのかわかりませんが、これもハズレ無しの評判です。

 不思議と言えばエレギオン・グループの経営自体がミステリアスとも言われています。この辺は疎いところが多いのですが、まず成長分野の先行投資の的確さがあります。これだけでも凄すぎるのですが、衰退分野の見切りがまさに神業だそうです。

 将来性も含めてどうしてその分野を手放すのか、その時点では誰にも理解できないのです。そういう状況ですから買い手がいくらでも付きます。しかし十年も経たないうちに誰もが不良債権に苦しむぐらいでしょうか。その頃には売却資金を投資した分野でウハウハぐらいです。

 もっともミステリアスのなのが、エレギオン・グループを統括するエレギオンHDです。そこにはトップ・フォーと呼ばれる経営首脳がいるのですが、これがすべて女性です。女性であるのは問題ではないのですが、その座に就くのは常に女性で、なおかつ社内昇進ではなく外部からの抜擢だそうです。

 ここも注意してほしいのですが招聘ではなく抜擢で、これまでの実績さえ無視です。無視どころか現在のトップ・フォーはすべて無名の学生からの抜擢で、大学一年生でトップ・フォーに就任している例さえあります。

 無茶苦茶も良いところですが、抜擢された人材は前任者とまったく変わらない能力を発揮していると言われます。だからこそエレギオン・グループの繁栄があるのですが、これこそミステリーそのものです。

「真、なに考えてるの?」

 今日はデートです。間違いなくデートです。

「あの話だよ」
「タイミングかな」

 科技研から招聘の話が舞い込んできたのです。それも涼ならわかるのですが、ボクにまでです。この招聘を受けるのだけは決まっていますが、問題は現在のフォトテクノロジー研です。

 研究者の移籍は実力さえあればわりとドライなのですが、後ろ足で砂をかけるような事はしたくありません。言っても狭い世界ですからね。どこかで一区切りを付けて移りたいぐらいです。

「問題は涼ね」

 ボクの方は一区切りついています。今やっているのは涼の天羽関数の助手みたいなものです。そうなると天羽関数の完成が一つの区切りになりますが、これがまだ時間がかかります。

「だいぶ目途は付いてるのだけど。すぐってものじゃないし」

 あれからも涼は山姥で頑張り続け、自然光変数式の完成まで後一歩に近づいています。今日は久しぶりの息抜き。やっと三回目のデートです。あれから色々考えましたが、涼に惚れています。もう涼以外の女性を考えられないぐらいです。

 素敵なレディの涼だけでなく、山姥の涼にも惚れています。もし結ばれて永遠に山姥でもボクは認めます。だから、涼をボクのキチンとした恋人にしないと行けないのですが、ついつい仕事の話に逃げてしまうヘタレがいます。

「先に真が行ってと言いたいけど、ゴメン、真がいないとこの仕事は完成しない」

 それはわかってますし、涼を置いていく気など、どこにもありません。今日はその話も関連してるのですが、

「涼はどうしてボクをパートナーに指名したんだ」
「前も言ったじゃない。そう感じたって」

 怖いけど踏み込んでみる。

「どこまで支えたら良いのかな」

 涼はちょっと困ったような顔になり、

「迷惑?」
「そんな訳ないだろ。涼さえ嫌じゃなければ、ずっと支えたい」
「ありがと」

 まずい。綺麗に納められそうだ。この調子じゃ、次のデートが何か月先になるか分かったものじゃないし、山姥の涼じゃチャンスはなくなる。

「涼、聞いてくれ。ボクはこれからずっと涼と一緒に歩いて行きたい。そして支えて、力になってあげたい。愛してるんだ、ボクの恋人になって欲しい」

 言ったぞ、でも頭に血が昇りきってる。涼は微笑んでるよな。嫌な顔や困った顔はしてないよな。心臓の音ってこんなに聞こえたっけ。

「涼って呼んでくれるのは一人にするって決めてたんだ」

 それって、それって、

「ありがとう。扱いにくいと思うけど、涼も真を愛してます」

 やったぁ。ここまで待った甲斐があった。最高の彼女だ。山姥になる点を除いてだけど。え~い、そんなもの些細な問題だ。山姥の涼だって狸だってボクは愛せるぞ。涼に変わりはないんだから。

「一緒に科技研に行こう」
「早く行けるようにもっと頑張る」

 ということは、さらに凄まじい山姥になってしまうけど、

「ところで提案があるのだけど・・・」
「お互い苦しいものね」

 了解してくれたのは嬉しいけど、そうなると、

「これも一人にしたかった。もちろんOKよ」

 涼が初めてだったのにウソはないと思います。夢のような時間を過ごした後に、それでも狸がと頭をかすめましたが、まず涼は素敵なレディのままです。もうそんなことは、どうでもよくなり、ただ愛おしさばかりで胸が一杯になります。涼の正体が山姥であり、山姥になって二度と戻らなくても涼を手放したくありません。

「涼、恋人じゃ不満だ」
「涼も」

 間違いなくボクの腕枕で答えているのは涼です。

「涼はフィアンセだよ」
「うれしい」

 涼は泣きじゃくりましたが、人生で一番幸せな日になりました。

「それはそうと黒木の結婚式だけど、涼はどの涼で行くの」
「もちろん山姥」
「おいおい」
「冗談よ。真の恋人としてデビューさせてもらう」

 涼は狸じゃない、まちがいなくボクのフィアンセの涼だ。