ツーリング日和(第29話)思わぬ関り

 男のキャンプの集大成として作り上げたのは、

 ・スペアリブの甘辛煮込み
 ・小エビのシーザーサラダ
 ・アヒージョ
 ・トマトクリームペンネ

 あとはお肉を炭火でガッツリだ。我ながらこれだけ良く作れたものだ。

「これ、目先を変えてライダーズ飯に出来ないかな」
「無理ありすぎるわ」

 番組の収録も終わり、焚き火を囲んで加藤と談笑。

「謎のバイクやねんけど」

 加藤もこだわってるな。オレもそうだが、

「マツダの技術者に聞いたんやけど・・・」

 技術者と言っても既に退職しているそうだが、マツダでも最後にロータリー・エンジン開発に関わっていた世代になるようで、九十歳に手が届くとか。

「ロータリーは失われた技術やと言うてたわ。そやけど、もしそれを復活させる力があるのはマツダだけやと」

 そうだろうな。

「そやけどマツダでさえ難しいとしてた。もし今でも可能性があるとしたら科技研やとしとった」

 科技研って、あの世界最高峰の研究所か。あそこは基礎から応用まで様々な分野の研究を行っているが、ガソリンエンジンの研究なんて聞いたこと無いぞ。

「そうやねんけど、気になって調べてみたんよ。そしたらな・・・」

 科技研のメインの研究分野にガソリンエンジンはやっぱりなかったそうだ。そりゃ、そうだろう。科技研のレベルは高いが、あくまでも企業の研究所だし、エレギオン・グループが必要とする技術開発が中心になるはずだ。今どき、役にも立たないロータリー開発に資金をかけるとは考えられない。

「その通りやねんけど、やっているらしい」
「変わり者の科学者が密かにやっているとかか」
「近いが違う」

 科技研も一つの企業であり、福利厚生のためにサークル活動があるそうだ。それはあっても不思議無いが、

「キャンプ用品探した時にアコンカグアのやつに驚いたやろ」

 あれは驚いた。あそこまでコンパクトになるのが信じられないぐらいだった。あれがあったこそ、ここまでの男のキャンプが出来たぐらいだ。アコンカグアのキャンプ用品は大ヒットで、キャンプ・ブームをさらに煽ったとか。

「あれも開発したんは科技研や」

 えっ、あんなものを科技研が!

「そう思うやろ。あれは科技研のキャンプ・サークルが作ったもんやそうや。それでやな、科技研にもバイク好きが集まるライダーズ・クラブがある」

 ここも基本は二輪好きが集まってツーリングを楽しむサークルだそうだが、ロータリーと何の関りが、

「まさかライダーズ・クラブが」

 加藤は科技研のライダーズ・クラブの情報を集めていたようだ。活動の中心はツーリングもあるがカスタム化もあり、

「バイク好きの世界はそんなに広くないやんか。科技研のライダーズ・クラブのメンバーと親しいやつが大阪におってんよ」

 科技研は夢洲にあるから、ツーリング先で親しくなってもおかしくないか。

「まさかロータリーを作っていたのか」
「その、まさかや。息抜きの遊びらしいが、メンバーがメンバーやんか。工作機械とか、コンピュターとか、最先端の素材も科技研ならいくらでも転がっとる」

 科学者が研究の合間の遊び心で作りあげたと言うのか。それだったら、

「そういうこっちゃ、マルチ・アクティブ・セッティング・システムかて科技研やったら夢物語やない」
「あの信じられない軽量化もな」

 だがだぞ、それでも作り上げてしまうのにどれほどの資金が必要なんだ。

「それも聞いたそうや。誰からとは言えないそうだが、青天井で良いから作ってくれとの依頼が入ったそうや」

 青天井って・・・

「杉田、あのバイクの謎はこれ以上は追わん方がエエ」
「どういう意味だ」
「わからんか。科技研にそんな事を依頼できる人間なんてこの世にどんだけおるんや」

 たしかに。科技研のセキュリティは厳しくて、一般人どころかマスコミ取材も一切受け付けないのは有名だ。たとえば科技研のライダーズ・クラブのメンバーと知り合いぐらいでは、あんなバイクを作れるように依頼なんて出来るはずもない。

「それと乗ってたんは若い女性やろ」
「チラッと見ただけだが、二十代の前半ぐらいだ」

 加藤が呟くように、

「科技研に謎のバイクの制作を依頼でき、予算は青天井と言える若い女性なんて、一体誰かや」
「そんなのはいない・・・待て、まさか、その若い女性って」

 加藤が何を言いたいのか、やっとわかった。

「オレも謎のバイクの正体がわかったら、メシのタネになると思たんや。杉田も一緒やろ。そやけど相手が悪すぎる」
「女神は逆らう者を決して許さない。逆ら者の末路は悲惨ってやつだな」

 それぐらいはオレだって聞いたことがある。

「それなら、石鎚の時も、小浜の時も振り切られてラッキーだったのか」
「そうかもしれん。下手に関わっとったら、社会的に抹殺喰らったかもしれん」

 たどりついた果てがまさかエレギオンの女神だなんて。彼女らこそ現代に生きるミステリーみたいな存在だ。神戸のアパレル・メーカーであったクレイエールを世界一とも言われるエレギオン・グループに育て上げただけでも驚異なのに、

「そうや、エランの宇宙船が神戸に来たら、エラン語で交渉をまとめ上げ、世界の指導者を尻に敷いてしもたぐらいや」

 それは誰でも知っている。話に聞く限り、女神はひたすら美しく、賢く、

「怖ろしいや」

 これも本当の恐ろしさは誰も知らないとまで言われている。だがオレたちのような末端のジャーナリストでも常識なのは、

『エレギオンには手を出すな』

 これも都市伝説みたいなものだが、エレギオンの女神の謎に迫ろうとしたジャーナリストは、いつしか姿を消してしまうとされているぐらいだ。

「謎のバイクは」
「命が惜しかったら終わりやな」