麻吹アングルへの挑戦:涼の生い立ち

 涼が麻吹アングルへの挑戦をあきらめた理由は様々にありますが、

「一生かけるなら不老現象の方がイイに決まってる」

 こういう現金な判断もありますし、

「科技研に移らないと食べるのが大変すぎる。子どもだって育てられないじゃない」

 さらに現金な理由もあるにしろ、

「医学分野になるからね」

 門外漢過ぎるのが大きいと考えています。

「門外漢じゃないよ門外美少女よ」

 ツッコミがうるさいぞ。それはともかく西学から科技研に移る間にしばらく休みがあったのですが、そこで涼の新たな側面を見つけました。まったく出来ないと思っていた家事がそれなりに出来るのです。ただし炊事は除くです。あれは酷かった。

「グリーンカレーだよ」

 えらいオシャレな料理だと思いましたが、カレーから漂う魚の生臭さと野菜の青臭さがプンプンと。

「か、かわった香りだね」
「体に良いはずよ」

 無邪気過ぎる涼の笑顔と、せっかく作ってくれたのですから食べたのですが、喉がカレーの通過を拒否します。それでも涼のために死ぬ思いで胃に押し込んだのですが、胃が大反抗しているのがわかったぐらいです。

 翌朝になっても胸焼けに加えて腹痛がヒリヒリと。これが時間と共に強くなり、必死で耐えていましたが気が付くと病院のベッドの上。どうも意識を失ったようで、それに気づいた涼が救急車を呼んでくれたようです。

「ごめんね」

 あのカレーの正体はなんだと聞いたのですが、

「ニンジン、タマネギ、ジャガイモ、牛肉にグリーンカレーのルー・・・」

 ここまでは、普通のカレーです。

「もっとグリーンカレーにしたかったから、ホウレンソウ、ブロッコリー・・・」

 ちょっと待て。グリーンカレーとはタイ料理のゲーンで、グリーンとされるのは緑色のハーブ類を多く使うから、スープの色がやや緑がかるだけのこと、

「それとゴーヤと青汁」

 入れるな! あの野菜の青臭さの理由はわかったけど、

「それと真の体のために、サバとシジミ。サバはDHAが豊富だし、シジミは滋養強壮に良いから夜も頑張って欲しいと思って」

 サバもシジミも単体ならそうでしょうが、あの悪魔合体はなんなんだ。道理で涼が一人暮らしの時にコンビニ弁当と外食にしていたのが良くわかりました。

「涼も前にあったから・・・」

 前科があるなら正直に言え。涼の実家でも台所近辺は立ち入り禁止になってるそうです。

「真なら口に合うかも知れないって思ったんだけど」
「味見はしなかったのか」
「涼の口には無理だったけど」

 自分が食べられないものを人に出すな。かくして涼には炊事禁止を申し渡しました。山姥の時の涼は論外として、素敵なレディの時の涼も普通じゃないところは結構あります。鶴の湯の混浴露天風呂の時は勇気があるなと思っていました。

 あそこは温泉の中から脱衣場が見えるのです。だから女性の場合はとくにですが、そそくさと脱いで、タオルで前を隠しながら風呂に駆け込む感じになります。涼の場合は、

「タオルは」
「上がった時に使うからいらない」

 胸を張って堂々と歩くな、前ぐらい隠せよと思っていました。さらにですけど、老夫婦に記念写真を頼まれたのです。ちなみに老夫婦は既に浴衣に着替えています。露天風呂をバックに一枚ぐらいです。これは男であるボクに頼んだはずですが、アッと思う間もなく涼は風呂からあがって、

「はい、チーズ」

 全裸ですよ、全裸。それに老人とはいえ男ですし、他にも男性の入浴客がいるのにです。撮り終わったら、撮り終わったらで、

「真、どう、涼も捨てたものじゃないでしょう」

 だ か ら、風呂の横でポーズを取るな。そりゃ、涼のプロポーションは素晴らしいものがあります。でもそのお陰で被害も出ていたようです。だって、ボクと涼が入って出るまで、男連中は誰も風呂から上がらなかったのです。ボクだって上がれるような状態じゃなかったのですが、

「さあ、あがろう」

 無理やり引っ張り出すな。あれほど恥しい思いをしたのは初めてです。ボクが上がった後、しばらくしてから救急車のサイレンが聞こえましたが、下手すればボクも病院送りになるところでした。

 家に帰ったらすぐシャワーの習慣ですが、あれも山姥の時だけかと思っていたら、素敵なレディの時も同じなのは仰天しそうになりましたもの。いくら同棲していて、籍まで入れて夫婦と言っても靴を脱ぐ前からサッサと脱ぎだしますからね。


 涼の御両親にも御挨拶に行ったのですが、涼が席を外した時に真顔で聞かれました、

「篠田君、君は涼の正体を知っているのか」

 どっちが正体かと一瞬悩んだのですが、御両親は素敵な涼に騙されているのじゃないかと真剣に心配されているようでした。ボクが山姥の涼から知り合い、今では山姥の涼さえ可愛くて仕方がないと答えたら、

「悪いことは言わない。一度精神科に行きなさい。そこで異常が無いと診断されたら、結婚を認める」

 自分の娘にそこまで言うかと思いましたが、仕方がないので精神科で診断書をもらって来ると。今度はご両親そろっていきなり土下座。面食らっているボクに。

「あんな出来損ないに育ててしまったのは私たちの責任です。そんな娘をわざわざ嫁にしたいと言うあなたは慈悲の神様です」

 もう泣かれて泣かれて大変でした。ふと、涼にはさらなる本性が未だに隠されてるのじゃないかと心配したほどです。


 世の中に完璧な人なんていないと思います。ボクだって欠点はありますから涼にだってあって当たり前じゃありませんか。そりゃ人よりちょっと、いや相当、いやいや、かなりなんてものじゃく、常人の理解を絶するほどクセはありますが、ボクにとっては可愛い涼です。

「涼はね、小学校の時までバカって言われてたの」

 なんとなく片鱗は残っていそうな気がします。バカと言うより奇矯の方が良さそうです。あんなカレーを発想して作り、それを食べさせる神経が理解不能です。こういうタイプはクラスでも浮きやすく、

「そうなるよね。そんな涼をいつも守ってくれたのが真奈美なんだ」

 林さんは子どもの時から美少女で優等生だったで良さそうです。

「山姥の自覚は?」
「真奈美が親愛学園中を受験すると聞いて・・・」

 林さんは小学校三年ぐらいから私学受験の準備に取り掛かっていたようです。私学を狙うならそんなものでしょうが、

「涼はバカだったから、親は話も聞いてくれなかった」

 と言うか六年生になってからじゃ手遅れでしょう・・・あっ、涼は合格してるんだ。

「絶対に真奈美と一緒になるんだと思って集中したら」
「山姥になって成績があがった」

 中学に進学してからも浮いた存在のままだったようですが、小学校から同じだったので気にしてなかったようです。でも、

『天羽ってなによ』
『あれは化け物ね。鏡を見たことあるのかな』
『見たら自分の顔で卒倒するんじゃない』

 こんな陰口が聞こえてしまったのです。山姥状態の涼ならそう見えるでしょうが、

「その時にわかった。涼は山姥になってるって」
「林さんは?」

 涼は思い出すように、

「真奈美は変わらなかった。だから親友」
「山姥はやめなかったの?」
「真奈美に付いていくためにやめられなかった」

 それでも自分が山姥になっている自覚を持った涼は、出来るだけそれを抑えるようにしてたようです。。だから学園のクイーンにもなれたのでしょう。そりゃ、素敵な涼でさえあればそうなっても不思議ありません。

 林さんは西宮学院大からAI研に進みましたが、これに追いついていくのに山姥が必要になり、

「真奈美に付いていくには山姥になる必要があるとわかった。だから男はあきらめた」
「そんなぁ」

 涼が言うには素の涼では付いていくのはバカだから無理だそう。なんとなくその辺はわかるような、わからないような。

「この能力は涼をここまで来させたけど、涼に幸せをもたらしかたかはずっと疑問だった」
「ボクがいる」

 寂しかったんだろうな。辛かったんだろうな。

「ありがと。感謝してる」

 だからツネるな。