麻吹アングルへの挑戦:魔女の存在

 涼は天羽関数の麻吹アングル以外の分は完成させています。その分だけ研究がラクになったようで、家に帰れば素敵な涼の日が増えてくれています。その代わりにヤキモチ攻撃が増えるのが涼です。

「それが麻吹アングルの謎と関係するの」
「直接は関係ない気もするけど、どうしても気になって」

 涼は写真をテーブルに並べて、

「誰の写真?」
「加納志織」

 ほぅ、こりゃ綺麗だ。美人フォトグラファーと呼ばれていたみたいだけど、

「とにかく生きている間は、

『撮られる女優やアイドルより、撮る加納志織の方が綺麗』

こうまで言われそうよ」

 かもな。これ以上の美人がこの世にそうそういるとは、

「だから痛いって。もう亡くなってる人だよ」
「だって」

 だってじゃない。とにかく麻吹アングルの研究が続く間は、麻吹つばさにしろ、尾崎美里にしろ話題に出るだけで涼が嫉妬の鬼になります。そういう意味でもこの研究を早く終わらせないと情け容赦のない涼のツネりに見舞われます。

「だいたいだな。麻吹つばさは既婚者で子どもだっているんだぞ」
「それでも不倫する女はいくらでもいるし、あんなに綺麗じゃない。人妻に男は弱いって聞くし」

 研究室での一分の無駄なく真理を追究する山姥の涼とは違い、素敵な涼は脱線が多くて困ります。やっとこさ落ち着かせて、

「その並べてる写真がどうしたんだ」
「魔女がいる」

 魔女?

「これが三十歳ぐらい、こっちが三十五歳ぐらい、次が四十歳・・・・最後のは八十歳で現役復帰したときの写真」
「なんだって! 冗談だろ」

 最初の写真でも二十台半ば過ぎに見えますが、

「最後の八十歳の写真なんてありえるものか」
「でも、これはマスコミ記事になった写真だよ」

 現在のレタッチ技術は進んでいますが、マスコミの取材写真、それも記者会見の写真にそんなに手を加えているとは考えられません。

「生きている間も異常に若く見えるのは有名だったみたいだけど」

 そんなレベルじゃありません。そりゃ歳より若く見える人はこの世にたくさんいますが、せいぜい十歳か二十歳ぐらいまでです。三十歳も若く見えたらそれこそ魔女扱いです。

「これは若く見えると言うレベルじゃなくて」
「そう不老にしか見えない。だから魔女」

 いくら事実とは言え、

「麻吹つばさもそうよ。真はさっき結婚して子どももいると言ってたけど、今年で五十二歳で子どもは高校生なのよ。涼も間近で見たけど、シワ一つ、シミ一つ見つけられなかった。どう見たって涼より若いんだよ」

 まずい、またジェラシーの爆発が、

「二人の不老と麻吹アングル、いや加納アングルとの関連性は?」
「わからない。わからないけど、加納アングルを会得した人数の少なさ、不老なんてありえるはずのない人が重なるのは不自然よ」

 たしかに、

「たとえば加納アングルを会得すれば不老になるとか」
「それが証明できれば」

 証明できれば、

「麻吹つばさに弟子入りして加納アングルを会得し不老になる」

 そうじゃないでしょうが! ま、オフィス加納に入門希望者が殺到するのは間違いありんせんけど。

「不老不死は人類の夢よ」
「でも不死じゃない。加納志織は亡くなっている」
「涼が不老になれば真に捨てられる蓋然性が低くなる可能性が出てくる」

 怒るぞ、誰が涼を捨てるものか!

「だって真だって涼が若いままの方が良いに決まってるし」

 どうにも話が進みにくいのですが、

「尾崎美里も不老だとか」
「こればっかりは歳月しか証明できない」

 そりゃそうだ。

「麻吹つばさが魔女ならば、麻吹アングルが可能になる」
「おいおい魔法で説明する気か」
「そうじゃない」

 涼が何かの可能性を追っているのだけは、わかります。それが麻吹つばさの不老と何か関連していると感じてるのもわかります。

「麻吹アングル自体は、ほぼ解き明かしてるのよ」
「浦崎教授には八〇%ぐらいって言ったじゃないか」
「そういう言い方なら五〇%かもしれないし、一〇%以下かもしれない」

 これじゃ禅問答だ。

「人が地球上に立って見渡せるのは約四キロぐらい。人の目で見える範囲は説明出来ても、水平線の向こう、地平線の彼方は行ってみないと、どうなってるかはわからない」
「それって!」
「そういうこと。今わかってる麻吹アングルを解明するところまでは出来る。でも見えないところは解明しようがないってこと」

 さらに涼は、

「それでも地球なら有限。もし広がりが宇宙クラスなら、ほとんど見えてないに等しいのよ」
「そんな可能性もあるというのか」
「ないとは言えない」

 じっと遠くを見つめるような眼をした涼でしたが、ボクを見ると微笑み、

「不老と加納アングルにもし関係が無かったら」
「無かったら」
「科技研行って解明してやる。それで真のいつまでも若い奥さんになる」

 真面目なのか不真面目なのか。

「ところで涼、相談なんだけど」
「やったぁ。愛してる」
「でも割り勘だよ」