麻吹アングルへの挑戦:息抜きトラベル

 科技研への移籍ですが、スカウトに来たのは海外も含めてビックリするほどいました。でもダントツに早かったのが科技研で、条件も破格。他の話も聞いてからにしたいと言っても即答でOKでした。涼の研究が終わってから一緒にの要望も、

『研究者はそうあるべしです。いつまでもお待ちします』

 まさに丸のみでした。遅れてきたスカウトは移籍時期に多くのところが難色を示し、他の研究所との比較も渋々認める感じです。

「それより何よりあの破格の条件」

 比べれば一目瞭然なのですが給与も、研究費も、研究条件も桁違いに近いのです。なにがあっても招聘するの意思をヒシヒシと感じました。なんかプロ野球のFA交渉やってるみたいでしたが、

「それだけ求められる物もシビアの裏返しよ」

 そうエレギオン・グループの信賞必罰は世界中に鳴り響いています。内定と言うか仮契約状態の科技研からですが、

「ささやかですが手付金です。仮契約のお祝いのようなものと思って頂ければ」

 涼の天羽関数も出来上がっていますから移籍できるだけの条件はかなり整っています。麻吹アングルに涼は執念を燃やしていますが、さすがにデータ不足のために、これ以上の進展は尾崎美里との交渉次第になります。

 そこで休みをもらって小旅行に出かけようの計画です。浦崎班の研究はやりがいがありましたが、その代わりに遊びにも殆ど出かけていません。骨休めしてリフレッシュするのも重要だと思ったのです。涼も大喜びで、

「婚前旅行だね」

 まだお互いの親への挨拶はしていませんと言うか、山姥の涼を連れて行きにくいだけです。この辺は涼が、山姥と素敵なレディの切り替えをどうやっているかわからないところもあります。

「ノンビリしたいな」

 ボクも同意見だったのですが、涼のリクエストはかなりディープで、

「ランプの宿に泊まってみたい」
「まさか露店混浴とか」
「夢だったのよ。ミルクみたいな白い温泉がイイな」

 まさか涼にこんな趣味があるとは意外でしたが、愛しの涼の願いですから頑張ってプランを立てました。当日はまずは阪急で蛍池に。そこから涼は大興奮。

「モノレールだ、モノレールだ」

 向かうは伊丹空港ですが、

「飛行機乗るの初めてなの」

 もうテンション上がりまくりで、十時四十分のANAに乗って一路秋田空港へ。一時間半のフライト中も、

「飛ぶよ、飛ぶよ」

 飛ばなきゃ困るけど、

「飛んだぁ」

 それからも、

「見て見て」

 こんな調子で大はしゃぎ。涼にはこんな無邪気な一面があるのを初めて知った気がします。お昼は空港ビルで、

「これがワッパ飯って言うんだ。美味しい美味しい」

 ボクが作った御飯にも一度ぐらいは言って欲しいと一瞬思いましたが、美味しそうに食べる涼の姿に満足していました。食事が済んで空港ビルをブラブラしてから、十三時五十分のエアポートライナーに乗り、

「乳頭号って微妙なネーミングね」
「温泉名がそうだから・・・」

 乗合タクシーなのですが、角館、田沢湖、田沢湖高原を経て乳頭温泉郷に。涼は何を見ても興味津々で一時もボクを休ませてくれません。十六時に今夜の宿の鶴の湯に、

「これこれ、こんなのに泊まりたかったの」

 そういうや、ボクに突然抱き着いて人目も構わずキス。宿は鶴の湯の中でも本陣で、秋田の殿様が湯治に来た時にお付きの侍たちが泊ったとされる由緒あるものだそうで、茅葺の趣のある建物です。

「囲炉裏だよ、囲炉裏。これが自在鉤かな。それと・・・」

 涼はウットリするような眼で、

「ランプだ・・・」

 何を見ても感激の嵐の涼を見て、あの無反応の山姥を耐えて良かったと思います。こんな涼さえ知っていれば、山姥のお世話なんて屁のカッパです。もっとも、ずっとこんな涼でいてれたらもっと良いですけどね。浴衣に着替えて風呂ですが、

「女性用露天風呂もあるけど」
「混浴に入らなければ価値ないよ。心配ないよ涼の魅力で男どもを風呂から上がれなくしてやるわ」

 おいおい、それはそれで困ると思いながら本陣から出て、橋を渡って混浴露天風呂へ。涼は恥ずかしがる素振りもなく、さっさと裸になって露天風呂に。

「気持ちイイ。これぞ温泉って感じよね」

 温泉で温まって上気している涼の顔が本当に輝いています。こんな顔見たらAI研の連中は気を失うんじゃないのかな。部屋に戻ってしばらくすると食事です。

「見て見てお膳だよ。それにあれはキリタンポ鍋かなぁ。ああやってイワナを串に刺して焼いて食べてみたかったんだ」

 お酒はどうしようと思ってましたが、

「秋田に来て日本酒飲まなきゃ意味がない」

 飲んで食べて涼はひたすら御満悦です。酔いも回ってきて少し落ち着いてから、急に涼は改まって、

「真、涼を選んでくれてありがとう」
「ボクが選ばれた気がするけど」

 そしたらキュッとお酒を飲み干してから、

「悪いと思ってる。涼だって全部見えてるし、聞こえてる。どれだけ真が良くしてくれたか。でもこんな性格でしょ。真がイヤになって逃げてしまわないかずっと心配してた。今だってそうなんだ」

 わかってるよ。山姥も含めて涼なんだから、

「嫉妬深いって思ってるだろうけど、涼は怖いの。あの姿の涼を見せてるのが怖いのよ。あれを認めてもらえる男なんて一生出会えないと思ってた。だから一生独身のつもりだった。でも、真ならヒョッとしてって思ったんだ」

 涼は辛かったと思います。誰だってあんな姿になるのは見せたくないと思います。

「涼はやっと出会えたんだよ。涼のや・・・」

 まずい。

「山姥でしょ。とっくに知ってるよ」
「涼が大山姥状態になっても今なら可愛いと思えるもの」
「ありがと。信じてイイよね、真と一緒にいてイイよね」

 もうたまりません。そっと抱き寄せて、

「フィアンセだぞ、涼のすべてを認めて愛することを誓ったフィアンセの言葉を信じなさい」

 涼は僕の胸に顔を埋めて静かに泣いていました。食事が終わった後にまたお風呂。鶴の湯には四種類もの温泉が湧いていて、涼は黒湯に、ボクは白湯に。

「逆じゃないのか」
「黒湯はね、子宝の湯とも呼ばれてるの。だから涼はこっち」

 子宝と言った瞬間に照れる涼の顔が本当に可愛く感じます。夜はしっかり愛し合ったのですが、これまでの涼と違います。あれだけ一緒にいて涼を抱いたのはまだ両手に足りないほどですが、今までにない反応の後に涼は、

「うっ」

 痛い。その瞬間に背中に思いっきり爪を立てられました。翌日は角館に、たっぷり観光してから花葉館に。

「昨日の鶴の湯も良かったけど、こっちも涼は好きよ」

 たった二泊三日の旅行でしたが、ボクと涼の心は、これまでよりしっかりと結びつきました。ひたすら無邪気に笑う涼の笑顔がしっかりと刻まれています。

「また来ようね」
「これから死ぬまで一緒じゃないか」

 そう涼がどんなに泣き虫なのかも。

「そうだ帰ったら、夫婦になろう」
「でもご挨拶もまだだし・・・」
「そんなものなくても、国家公認の夫婦になろう」

 また泣かせてしまいました。赤い紙に涼は震えながらサインして、

「ホントにイイの、涼だよ、山姥の涼だよ」
「世界一素敵なレディだよ」

 市役所からの帰り道。

「イイ奥様にはなれないけど、真を世界一愛することなら誰にも負けません」
「ボクは涼を支える世界一の夫になる」