麻吹アングルへの挑戦:共感覚

 涼と夕食を食べながら、

「あそこまで話してくれるとはな」

 涼の顔がやばいかも、

「あれは自信だよ。どれだけ話しても誰も追いつけるはずがないと思っているはず」

 そうかもしれません。具体的に話してはくれましたが、すべては見えない世界だからです。それにしてもアングルが光線のように見えるってどういうことでしょう。

「最後のところはまだわからないけど・・・」

 まず通常では見えないのは間違いありません。ボクも涼も被写体からの光の反射の可能性を調べ尽くしましたが、まったく関係が無いと結論する以外はありませんでした。

「見えないものを見るなんて不可能のはずだけど」
「人は時に見えることもある」

 涼が言うには、そういう線状のものが人は見えることがあるとしています。たとえばあるプロ野球の強打者は絶好調時に、

『ボールが止まって見える』

 こう言ったとされています。そこまで行かなくても、好調時の打者は投手が投げた瞬間にキャッチャーまでの軌道が瞬時に目に浮かぶともされています。サッカーでもゴール前の混戦時とかで、瞬間的にゴールまでのルートが見えることがあるとされています。

「それって本当に見えてるの」
「わからない。単なる経験則による幻影に近いものかもしれない」

 プロの一流選手だけでなく、なんらかの瞬間に見えたという経験もつ者はいるはずだと涼はしています。言われてみればボクにもそんな経験があるような気がします。尾崎美里たちもそんな感じで見ているとか、

「違う気がする。あの話しぶりからすると、撮影中は常に何本もの線が見えているとしか思えない。それもクルクルと変わる撮影条件の中で、万華鏡のように変わるアングル・ラインを選びながらよ」

 たしかにそんな感じです。尾崎美里はともかく、麻吹つばさは毎日のように仕事をしているはずです。麻吹アングルは絶好調時のみに使えるものではなく、どう見ても常時普通に使えているはずです。尾崎美里の話しぶりもラインが見えるのが当然で話していたとしか思えません。

「とりあえず、あるとしたら共感覚」
「なんだそれ」

 涼は資料を渡してくれたのですが、

「これってオカルトじゃない」
「医学では精神疾患の一つにしているで良さそう。もっとも治療が必要とか、社会的に困ると言うものじゃなく、精神に起因するある種の現象ぐらいかな」

 一番多いのは文字や数字に色を感じる事だそうです。そのために文字の並びが虹色に見えたり、円周率が見惚れるような色模様に見えたりするそうです。

「音もそうだよ」
「黄色い悲鳴とか?」

 音にも色が付くそうです。これについては絶対音感との相関性も考えられているそうで色聴とも呼ばれています。

「人間には五感があるとされるけど」

 視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚ですが、人間の感覚は他にもあり、

「体性感覚、内臓感覚、特殊感覚ってあってね、視覚、聴覚、味覚、嗅覚は特殊感覚で、触覚は体性感覚に分類されるの。他にも平衡感覚、固有感覚もあって・・・」

 共感覚とは通常なら一つの感覚で終わるものが、他の感覚も連動して発生する現象として良さそうです。音がわかりやすいですが、聴覚で音を感じると同時に視覚が色を感じてしまうぐらいです。

「とりあえず原因と考えられているのは、乳児段階の脳はまだ未熟で感覚の分化が十分でないとされてる。それが成長と共に分化して分離するのだけど、それが残ってしまったからないじゃいかとしてる」

 なるほど。音が色で見えるのなら、通常の視覚では見えない麻吹アングルが見えても構わないわけか。

「話はそれほど単純じゃないのよ・・・」

 共感覚は通常では刺激に対し一つの感覚で終わるものが複数の感覚が反応するものとして良いでしょう。色聴がわかりやすいのですが、音による刺激には聴覚が反応します。これを仮に第一感覚としますが、これに第二感覚である視覚も反応してしまう現象です。

 麻吹アングルを共感覚で考えると視覚は第二感覚になるしかありません。人の目どころか機械の目にも捉えられないからです。そうなると問題になるのは、

「そういうこと。麻吹つばさは視覚以外のもので麻吹アングルを感じていることになる。でもね、そんな感覚はどこにもないのよ。共感覚はあくまでも人が感じるもの」
「なんらかの特異体質の可能性は?」

 涼は噛みしめるように、

「加納志織と麻吹つばさだけなら、そう考えるのもありだった。青田教授も言ってたけど、写真界でもそう扱われた時期が長かったみたいだもの。でも、麻吹つばさはそうではない事を示してしまった」

 それだけでなく加納アングルなど基礎技術と言い切り、多くのものが会得可能とまでしています。現実に短期間で加納アングルを駆使できる学生を三人も養成しています。これだけいれば、特異体質で片付けるのが困難になります。

「共感覚を後天性に獲得したと考えるのは?」
「共感覚が後天的に獲得できるかどうかもハッキリしないところがある。なにしろ本人だけしか感じる事の出来ないものだからね。でもね、たとえ後天的に獲得できるとしても問題は元に戻るだけ。どんな感覚に視覚が連動したかだよ」

 麻吹つばさは確実に麻吹アングルが見えています。しかし人間の目でとらえた情報にそれが含まれていないとして良いはずです。

「現在知られている人間の感覚では不可能のはず。不可能なはずなのに麻吹つばさには見えている。これは事実として否定できない」

 なんか逃げ出したくなる気分です。だいたい共感覚もオカルトみたいなものじゃないですか。こんなもので説明しようとするのは科学者としてどうかと思います。

「共感覚は医学の精神科領域で存在が認められているから科学の中に入るだろうけど、真の言いたいことはわかる。少なくともAIでなんとかなる範囲は越えているからね」

 その時にやっと涼が考えているものが見えてきた気がします。でもそれは、

「踏み込みたくない領域よ。踏み込んだって答えなんか出ないよ」

 そうまさに禁断の領域。

「踏み込んだら麻吹アングルの追及は終わりだよ。だから麻吹つばさは・・・」

 だから麻吹つばさの名前を出したのは涼だろ。自分で口に出しておいて太腿ツネるな。

「痛~い」
「痛くない」

 痛いのはボクだって。

「加納志織も麻吹つばさも何故か踏み込めた。それだけでなく麻吹つばさは余人も連れ込む手段を見つけている」
「そんなものは」
「そう、麻吹つばさの言う通りAIでは追いつくのも難しい」