麻吹アングルへの挑戦:麻吹アングルを求めて

 浦崎教授の写真の素人の科学者が写真のすべてを暴く計画は発想として悪くなかったと思います。下手に知識があると先入観となって、あれほどドライに研究を進められなかったはずです。

 一方であまりに写真界について無知過ぎた面があります。言ったら悪いですが麻吹つばさの名前すら知らなかったのです。もちろん麻吹アングルもそうです。麻吹アングルが実在する傍証があの外れ値の写真です。

 さっそくですが麻吹つばさの写真集を買ってきました。審査AIに掛けてみると、ツバサ杯優勝者と同じ反応が現れます。感性評価となるとツバサ杯優勝者以上です。

「麻吹アングルは実在する」
「他に答えを求めようがないか」

 さらに天羽君は、

「あきらかに写真が違う」

 ボクたちがつかんだはずの究極の写真より確実に上を行っています。もちろんその結果が審査AIに出ています。なにが違うかを調べるには・・・

「この写真なら似た撮影条件を作れるのじゃないか」

 それは卓上の盛花の静物写真。そこから花屋に行って花を買い、あれこれと出来るだけ近い状態をセッテイングします。

「天羽君、アングルを割り出せたか」

 まったく同じではありませんが、これで近い状態の写真が撮れているはずです。

「全然違う」
「撮影条件だろうか」

 それから、あれこれ手を加えましたが、まったく近づく様子もありません。まったく同じ撮影条件ではないので撮れないのは仕方ないとしても、

「それにしてもだな」
「意外」

 再現は出来ませんでしたが、逆に麻吹アングルの実在の可能性がより高まったとしか言いようがありません。これが浦崎教授の言うピットフォールなのでしょうか。

「でも無かったぞ」

 黒木の全アングル撮影で最高の評価が天羽関数に従った写真なのです。どこで見落としたのか。天羽君も考えこんでいましたが、

「可能性があるとしたら特撮機の精度」

 特撮機は全アングルを撮影すると言っても、カメラを動かして行く必要上、移動距離があります。さらにその位置からのカメラを傾ける角度の問題があります。黒木はコンマ1ミリ、コンマ1度を提案していましたが、そこまでの精度となると予算オーバーも良いところで浦崎教授は、

『1ミリ、1度とする。それ以上は無理だ』

 林さんが提案したビデオは、その隙間を少しでも埋めるためのものです。

「それは無いとは言えないが、あれだけ検証テストを行って一枚もないのは統計上ありえないだろう」
「それでも隙間はある」

 う~ん。それは完全には否定はできません。否定はできませんが、そんな微細な隙間にピット・フォールがあるのでしょうか。

「もう一つは撮影条件。光の要素は大きい。光は揺れる、揺れれば撮影条件は拡大する」
「それは、あれだけのっぺりした撮影条件では麻吹アングル自体が発生しなかったとか」

 写真家は被写体を撮る時に光に工夫を重ねると聞きます。照明の当て方、屋外ならレフ板とかです。そうやって自分の欲しい撮影条件を作っていくのですが、

「麻吹アングルとは光を使って産み出された新たなアングルか」

 そこから泥縄で麻吹アングルについて調べてみましたが、とにかく写真界の超高難度テクニックであり、麻吹つばさの代名詞になっているぐらいしか情報がないのです。

「理論書にも載っていないわけだ」
「三大メソドのマニュアルにもない」

 調査を進めるにも天羽君の仮説通りなら、この研究室には存在しない可能性もあります。存在しないものを見つけるのは無理としか言いようがありません。そこで一つ閃きました、

「光を変えたらどうだろう」
「それは良い」

 天羽君の意見として自然光の方が良いのじゃないかになり、レフ板を買い込み。特撮機で撮影です。ここで五時間待ちです。審査AIにかけると、奇妙な結果が出てきます。

「なんだこれは」

 評価値の高い写真が何枚も。さらに人工固定光の時のアングルとは異なっています。これはもう、なにが何やら、

「予想されてた」

 どういう事かと聞くと天羽関数に光の条件を挿入しようとすると、最適アングルが一定しないそうなんです。

「五時間のうちに光は変わる」

 今日も五時間撮影しています。その間に陽の傾きは変わりますし、雲が遮った時間帯もあったはずです。光って、ここまで撮影条件を変化させるとは、

「でもこの中に麻吹アングルがあるはず」
「ない。評価値がそれを示す」

 天羽君が言うには、ある光の時に生じる麻吹アングルの位置にカメラがいないと、捕まえられないのじゃないかとしています。カメラは光に関係なく撮影を進めますから、それこそ偶然の一致でも起こらないと撮れないだろうと。

「こりゃ、お手上げだね」
「いや」

 天羽君は自然光の方が麻吹アングルは発生しやすいとしながらも、人工光でも可能と考えてます。そうでないとスタジオ撮影では麻吹アングルが使えないからです。そこから光のアングルを変えて特撮機を動かしてみました。これも待ち時間が長くてウンザリしましたが、

「これってそうじゃないか」
「可能性あり」

 かなり高い評価値を写真をついに発見したのです。さっそく再現撮影。

「あれっ、なんか違うぞ」

 それでもやっと見つけた手がかりですから、さらに光の条件を変えて実験です。これも麻吹アングルらしいものが見つかる時もあり、そうでない時もあります。それと相変わらず同じアングルで撮り直しても再現は出来ません。まるで幽霊か何かを追いかけている気分です。天羽君の方は得られたデータの数式化に懸命ですが、

「何かまとまりそう」
「わからない」

 ここまでの実験で確実に言えるのは、天羽関数で見つけ出した最適アングルと性質がかなり違いそうです。ある撮影条件の時に発生するのは間違いありませんが、非常に現れ方が不安定なのです。ですから捕まえたと思っても、時間が経てば消えてしまうぐらいです。

「本当の麻吹アングルをまだ捕まえていない」

 これについての理由は単純で、麻吹つばさの評価値とは程遠いからです。

「これって感覚的な言い方になってしまうけど、麻吹アングルに強弱ってあるのだろうか」
「あるはず」

 このあたりで浦崎教授に報告に行ったのですが、

「やはり存在するのか」
「まず間違いありません」

 教授も麻吹アングルの再現性の無さに首を傾げ、アングルの強弱説に呻っていました。

「教授。これは出来てるとしか言いようが無いのですが、麻吹つばさはこの微妙過ぎるアングルをどうやって見つけ出しているのでしょう。写真集をチェックしましたが、ほぼ完璧に捕えているとしか言いようがありません」

 ここで天羽君が、

「麻吹アングルが発生した条件ですが、被写体がこうなっており、光源がこの角度で当てられています。私の関数からすると・・・」
「そうなるはずだが、現実はこうか。でもそれは・・・」

 天羽君が試算したモデルから推測図をあれこれ検討しても議論は堂々巡り。ここで浦崎教授が苦笑しながら、

「写真も奥が深いよ。こんな芸当が出来るカメラマンがいるとはな。だからこそ世界一とされているのだろうが・・・」

 同感です。あんな繊細なアングルを見つけ出し確実にものにするのですから。