麻吹アングルへの挑戦:反響

 まずはフォトワールド誌の取材です。記者にデモを見せると、

「こ、この写真はまさしく」

 審査AIもその機能に舌を巻いています。それから理論的な事などの取材もあり出来上がった記事は、

『写真もAIの時代が来た』

 この反響は凄かった。マスコミからの取材依頼が殺到し、研究室の電話は鳴りっぱなしです。そこで段取り通りに記者会見と研究結果発表を兼ねてお狸ホールで浦崎教授の講演です。

 そうそう天羽君の研究もさらに進み、アングル以外の最適撮影条件の計算も可能となっています。写真関係の記者は目も肥えていますから写真だけで十分すぎる説得力があります。嵐のような質問がありましたが、その日のテレビのトップニュースになり、翌日は新聞の一面を飾っています。

 それだけで終わらず特集番組が組まれ、浦崎教授への講演依頼も殺到状態です。一夜にして時の人になるとはこんなものだと初めてわかりました。そうそうAI学会でも注目の的でした。

 寄附講座であった浦崎班も正式の講座に格上げが決まりそうです。この辺は浦崎班の強みがあります。天羽関数と感性AIで特許収入が期待できるからです。どちらも未完成ですから引き続き研究が必要ですし、応用特許の期待もテンコモリぐらいです。企業からの引き合いも次々に舞い込んでいます。

「ボクも特任が取れたからな」

 もちろん初代教授として浦崎教授が就任しています。組織的にはAI研から独立になりフォトテクノロジー研となっています。ボクたちもそのまま所属です。


 そんな浮かれ騒ぎのような忙しい日を過ごしていたのですが、なんとか落ち着いてきました。黒木のあん畜生がマドンナとの結婚話を着々と進めていたのが目ざわりですが、

「式の時は友人代表でよろしくな」

 チーム分けの時の組み合わせが逆だったら、ひょっとしてボクだったのかもしれないと思うとふつふつと悔しさが湧いてきます。あれこそ運命の分かれ目だったかもです。

 マドンナはともかく写真家の反応が気になります。あきらめ口調の者や、まだ静物写真分野だけと強がる者が多いようです。それと実用販売化を疑問視する声も出ています。さらに装置を使う事による撮影場所の限定とかも出ています。

 AIが台頭した時の定番の声です。でも影響が深刻なのは間違いありません。AIが台頭したこれまでの分野は、そのままAIに取って代わられたところ、AIがどうしてもカバーできない分野に縮小したところ、AIと完全に棲み分けているところがあります。

 完全に棲み分けているところで有名なのは囲碁・将棋で、素直にAIの方が上だとして、あくまでも人間のナンバー・ワン決定戦としています。写真はどうなるかと予想すると、AIがカバーするのが難しいところに縮小すると思います。

 たとえば険しい山岳写真とか、珍しい野花を探すとか、野生の動物写真とかです。つまり人の手でカメラを運んで撮るしかない分野です。一方で記念写真系は全滅でしょう。フォトグラファーの生命線とも言える風景写真や、人物写真、商品広告も生き残るのは容易とは思えません。そんな時に浦崎教授に呼ばれました。

「これをどう思う」

 雑誌記事ですが、

「教授、麻吹アングルってなんですか」

 記事で白熱した討論になっているのが、

『AIで麻吹アングルを撮れるか?』

 なんらかの写真のアングルでしょうが、

「我々は素人が理詰めで写真を追及したが、写真界の事は疎いところがある。だから篠田君と天羽君に調べてもらいたい」
「しかし教授、すでにアングルは調べ尽くしました。我々が見落としているアングルがあるとは思えません」

 黒木の特撮機は1ミリ単位の精度です。これも黒木は0・1ミリ単位を提案していましたが、予算の問題で却下されています。それでも、その中で最高の一枚が天羽関数に従ったものであるのは、検証実験を何度も行い確かめています。

「そういう目的で我々は研究を行い結果を出している。私も漏れている可能性は低いと信じたい」
「麻吹アングルなんて名前だけで実態はないのでは」

 浦崎教授はコーヒーを飲み。

「麻吹アングルを使うとされるのは麻吹つばさ。世界一とされるフォトグラファーだ」

 若くしてブレークし、瞬く間に世界の頂点に昇り詰め、そのままトップの座を譲る気配もない世界の巨匠だそうです。どこかで聞いたことがありますが、

「もしかしてツバサ杯の寄贈者」
「そうだ。それに関連して奇妙な事もある」

 奇妙? えっ、もしかして、

「あの外れ値ですか」
「そうだ。あれをどう思う」

 ツバサ杯の一昨年の優勝者の写真を審査AIにかけたのですが、妙な結果が出てきたのです。審査AIの評価は基本は二本立てで、一つは技術的評価、もう一つは感性評価です。ところがその写真は技術評価について分析不能としたのです。

 これも研究中にわかったことですが、世界の写真は三大メソドの影響を受けています。三大メソド以外にもメソドはありますが、あれも三大メソドから分岐したものと見なせます。ですから技術評価はまず写真がどのメソドの流れを汲むかを判別して技術評価を行う仕組みです。これは複数のメソドの流れを汲んでいても判別可能です。

 さらに三大メソドは構図の捉え方に明らかな特徴があります。ですので審査AIは、まず構図を分析し、そこからパーツごとの技術評価に入るぐらいと思ってもらえれば良いと思います。

 そこで技術評価が分析不能と出るのは構図がどのパターンにも当てはまらない時になります。たとえばボクのようなド素人の写真です。これも面白かったのですが、マニュアルを研究してから撮るとちゃんと判別してくれます。今なら三大メソドの流れを汲む感じです。

「あのAIの感度は高い。それなりに手解きされれば色が付くぐらいだ。ここは単純に技術評価が不能とは、ほんの初心者になる。ところがだ、あの写真の感性評価は驚異的として良い」

 天羽関数の究極であるはずの写真より遥かに感性評価は高いのです。はっきり言えば桁外れです。そんな事はありえないとして、バグを必死に調べましたし、プログラムの点検に長い時間を費やしています。しかし一向に原因は見つかりませんでした。他の写真ではそういう現象は起こらなかったので、

「あの時は外れ値として無視することにした」
「まさか、あの写真が麻吹アングルとか」

 浦崎教授は、

「この研究に穴は無いと確信していた。だがな、科学者は頭で拒否してはならない、見えるものを信じるのも重要だ。麻吹アングルは我々が見落としているピット・ホールの可能性がある」